時計企画室。といっても時計メーカーの一部署ではない。こんな時計はどうだろう、あんな時計なら面白そうだ、といったことから始めて、時計のデザイン、設計、そして製作も行っている小さな会社のことだ。コスタンテというのが会社の正式名前で、本社は長野県岡谷市にあり、時計企画室は八ヶ岳山麓にある。東洋のスイスともいわれる長野県諏訪地方がホームグランドというわけである。しかも、そのスタッフネットワークはイタリアやイギリスにも広がっている。まさに世界レベルの時計企画室だ。 代表は清水新六さん。現在はセイコーエプソンとなっている諏訪精工舎に入社し、イタリアのジェノバやミラノなどにも駐在。ミラノではSt. Ambrogio d’roroという、功績のあった建築家や芸術家、文化人などにミラノ市から与えられる市民賞の金賞を受賞している。この賞は喜劇俳優のチャップリンも受賞したことがある権威のあるもので、清水氏の活躍ぶりをうかがうことができる。 その後、セイコーエプソンのウオッチ商品企画などで活躍したのち、7年前にコスタンテを設立した。SPQR(スポール)というブランド名で販売した腕時計やナースウオッチが好評で、メディアにもしばしば取り上げられているが、そのほかにも一澤信三郎帆布や、日本唯一の馬具メーカーであり高品質な革製品メーカーでもあるソメスサドルとコラボレーションしたモデルなども企画し商品化している。 「コスタンテというのはイタリア語で、英語のコンスタントと同じです。長年にわたり培ってきたノウハウを活かして、また国内や海外で得られた人脈をつないで、自分が納得できるいいものを、じっくり作っていきたいと思っています」
モノづくりは自分だけでできるものではないという清水さんの時計作りへのアプローチは、まず情報収集から始まる。時計に関する情報だけでなく、国内外で作られる質の高い製品全般、さらには日本の伝統工芸など、幅広い分野にわたっている。 「情報は集めればいいというものではありません。それをどのようにして自分のものにできるか。いってみれば情報編集が重要になります」 時計といえばデザインや機能、あるいはムーヴメントなど、それぞれに関するバラバラな情報が多い。時計雑誌などでよく見られることだが、そのような情報は読者や時計愛好家には喜ばれても、清水さんにとっては一部に過ぎず、それほど新鮮なものでもない。今何が求められているのか、何が足りないのか、どうすればいいモノづくりができるのか。清水さんは集めた膨大な情報のなかから取捨選択を行い、再構築をしていく。一澤信三郎帆布やソメスサドルなども、そのような情報編集を経て選択されたものだが、それは製品情報だけにとどまらない。人との交流をもたらし、そこからさらに新しい時計企画が生まれてきている。
「藤原和博さんをご存知ですか。東京都初の民間人校長として、杉並区立和田中学校の校長を務め、現在は大阪府の特別顧問などをなさっている方です。『つなげる力』という著書には私も刺激を受けました。実はその藤原さんとのコラボレーションで、今年の2月から藤原和博プロデュースのオリジナルモデル『japan』の製作に取り組んでいます」 清水さんと藤原氏の交流は、雑誌の記事を読んでソメスサドル製の革ベルトを装着している腕時計(スポール)に興味を持った藤原氏が、清水さんに電話をかけてきたことから始まった。清水さんのモノづくりの姿勢に共鳴した藤原氏が、「世直しプロジェクト」第一弾として日本人のための新しい腕時計の開発を提案。さっそく藤原和博氏のイメージを清水さんがデザインすることになった。日本製にこだわり、ムーヴメントはオリエントに特注。文字盤はジャパンブルーを象徴する藍色漆で悠久の宇宙を演出し、12時位置には日本人ならではの感性が映し出されたおぼろ月夜をイメージ。ケース、針、ベルトなどにも徹底的にこだわり、仕上げは清水さんが納得できるまでやり直しを重ねてきている。japanが持つ繊細な美しさは、清水さんが目指しているモノづくりのひとつの答ともいえるだろう。
「諏訪地方はかつて日本の時計作りの中心でした。japanは、その伝統を活かした世界に誇れる腕時計になると確信しています」 コスタンテのある岡谷の近くにはセイコーの時計製作の一翼を担うセイコーエプソン塩尻事業所があるなど、諏訪地方を見渡してみると、ほかにも精密機器メーカーが多数存在している。また下諏訪には中国の宋の時代に、より正確な天体観測と時間の管理を行うために建設された、水力で動く天文観測時計塔を忠実に復元した水運儀象台を持つ「諏訪湖時の科学館」儀象堂がある。清水さんは儀象堂のアドバイザーも務めるなど、諏訪地方の時計産業と日本、さらには世界をつなぐネットワークの中心ともいえる、いわばキーマン的な存在といっていいかもしれない。 時計というと、どうしてもスイスの有名ブランドや国内大手メーカーの製品、あるいは独立時計師の作品が目立ってしまう。けれどもjapanは、世界に向けて発信できるすばらしい時計を企画し、製作している時計企画室が日本にあることを知らしめてくれるに違いない。 SPQR ウォッチラインナップはこちらから |