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5月のシカゴはまだ少し肌寒かった。目を見張るほど巨大なオヘア国際空港に降り立つ。ブルッと体が震えたのは気候のせいだけではない。これから始まる旅に気持ちが高ぶっていた。
「ドライエイジングの話なんですけど、シカゴにすごい会社があるんですよ」
と、商社の担当から聞いたのは2018年の春先。聞けばそのDAB(ドライエージドビーフ)を輸入するのだという。
「現地のDABを輸入する? おいおいマジか、すごいじゃないか!」 「これはすぐ行かねば」と確信した。 そして5月、スケジュールをやりくりしてなんとか日程を確保し、2泊4日の弾丸ツアーに飛び出したのである。
 シカゴは大都会である。しかし車で走ると、じきに緑豊かな風景が広がる。目的のリンツ社は中心部から車で40分ほどの郊外の街にあった。  50年ほど前に初代マーチン・リンツが開いた小さな精肉店。 「旨いビーフを届けたい」という信念を守り続け、半世紀を経た今、リンツはとびきり旨いDABの生産者として全米にその名をとどろかせている。

骨付きのヒレ肉と対面
骨付きのヒレ肉と対面
ドライエイジングとは、温度と湿度を一定に保ったエイジングルーム(冷蔵庫)で空気に触れさせながら熟成をかける方法だ。 早速エイジングルームに入った。Tボーン用のショートロイン、リブアイ、ヒレと、高級部位が、天井高く所狭しと並ぶ様は圧巻である。エイジングの期間は様々だが、長いものは半年にも及ぶというのだから驚かされる。


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続くカッティングルームでは、レストランの注文に応じてさまざまな肉がカットされていた。10人ほどのワーカーが手慣れた手付きで、肉を次々とほとんどブレなく同じ大きさにカットしていく。
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骨付きのヒレ肉と対面
説明を聞きながらふと奥を見ると見慣れない肉があった。近づいて確認してみる。
「なんてことだ。骨付きのヒレじゃないか・・・」 これは衝撃であった。
実を言うと、出かけるひと月ほど前に「骨付きのヒレ肉がほしい」という引き合いがあったのだが、「骨付きのヒレなんてありませんよ。聞いたこともないです。」と答えていたのである。 ドライエイジングをするためにヒレの原木に骨を付けておくのなら分かる。しかし目の前にあるヒレは、すでに個食にカットされているのだ。

「どうしてヒレに骨を付けておくのか?」と尋ねた。
「骨まわりは火が通りにくいだろ。だからこれを焼くと、骨のないこっちの端から骨に向かって、火の通り方がグラデーションになるんだ。一枚のヒレステーキでいろんな焼き加減が楽しめるってわけさ」。
その答えに、目からうろこが落ちた。そういうことか!アメリカのステーキ文化の奥深さに触れた思いがした。
骨付きのヒレ肉と対面

育てる」ことからこだわる
育てる」ことからこだわる
リンツ社のこだわりは加工技術だけではない。彼らには「生産者」というもう一つの顔がある。それを知るべく、次はリンツが経営する牧場へと向かった。 車窓から見えるのは、山一つないアメリカ中西部の地平線。どこまでも続くそれに、アメリカという国のスケールの大きさをあらためて思う。緑が目にまぶしい5月の牧場では、放牧された牛たちが気持ちよさそうに草をはんでいた。

育てる」ことからこだわる
育てる」ことからこだわる

育てる」ことからこだわる
育てる」ことからこだわる
アメリカの牛にはいろんな血統がある。その中でもリンツ社はアンガス、それも100%アンガスにこだわり、品種改良から種付けまで自分たちで行っている。
草だけを食べさせてある程度大きくなった子牛は、イリノイ州をはじめアイオワ州、ネブラスカ州の契約農家に託され、厳密に定められたプログラムに沿って、より大きく肥育されていく。 リンツがこれらの州に限って農家と契約をしているのは、この一帯が「コーンベルト」と呼ばれるとうもろこしの大産地であるからだ。とうもろこしを多く食べて育った牛の肉は、「コーンフェッドビーフ」と呼ばれ、脂の味と香りがよくなると言われている。 美味しいビーフを産み出すために、あらゆる条件にこだわる。それがリンツのやり方なのだ。

ドライエイジングという魔法
育てる」ことからこだわる
肉を劇的に旨くする魔法“ドライエイジング”その仕組みはこうだ。
肉とはつまり筋肉である。その筋肉を構成するタンパク質が時間とともに自己分解し、筋肉組織が崩れていくことで肉が柔らかくなる。そしてタンパク質は分解されると何種類ものアミノ酸に変わる。 アミノ酸とは旨味成分なのだから、当然肉の旨味が増し、味わいが複雑になるのである。
さらにドライエイジングでは、肉から水分が徐々に蒸発するため、肉の中で旨味成分が濃縮され、さらに肉が旨くなるという仕組みなのだ。 そこにドライエイジング独特の香気が加わり、重層的で奥の深い味わいを呈するのである。
すべての視察終了の後は、いよいよリンツ自慢のビーフの試食である。
 ついにDABサーロインが焼き上がる。大ぶりにカットしてもらい口に含む。 「うお!・・・」香りと旨味に衝撃が走り、口いっぱいに頬張った肉を噛み締め、「ん~!」という声にならない声を鼻から出して感動するばかりである。 強烈な赤身の旨味に加え、DAB独特の香りが加わるのだから、旨くないわけはない。だが、それは想像をはるかに超えるものであった。
育てる」ことからこだわる

プロフェッショナルとしての使命
プロフェッショナルとしての使命
「リンツのミッションは、旨いビーフを供給し続けること。それは精肉店から出発して今に至るまで全く変わっていない。」
とジョンさんは胸を張る。 「旨いビーフを追い求め続けた結果、100%アンガスのDABに行き着いたのさ。だから我々は、すべてをそこに集中しているんだ。」

旨い肉を生む優れた遺伝子で、いい仔牛を作ること。

出来た肉をドライエイジングでさらに旨くすること。

それ以外のこと -肥育、屠殺、解体- は、厳密なルールを作って外部に委託する。


これがリンツのいう、旨いビーフを産み出すための集中なのだ。
そのビジネスの集中の仕方にも深い感銘を受けた。
旅の最後に、シカゴ市内で行われた大規模なフードショーに足を運んだ。アメリカの食肉産業はやはり巨大である。日本はまだこれほどの状況ではないが、肉のニーズは着実に高まってきている。これまで多くの日本人が知らなかったドライエイジングも、少しずつ知名度を上げているように思う。しかし一口に熟成肉と言ってもいろいろあり、その中から間違いのない本物を提供していくことが、私たちプロの務めだろう。そのことをつくづくと感じた、本場の旅だった。
LINZ
プロフェッショナルとしての使命
この旅には後日談がある。リンツ社を訪ねた翌6月、ジョンさんが来日し、広島にもやってきた。宮島を案内した際、ずっと気になっていたことを聞いてみた。 それは工場での試食のこと。ああいう場合、アメリカではリブロースが出てくるのが常だ。しかし、リンツではサーロインであった。 「ジョンさんが試食でサーロインを焼いてくれたのは、リンツはサーロインが一番旨いってことかい?」
「That’s right!」
本物を知る男は、よく分かったなと言わんばかりに、ニヤリとしながら胸を張った。

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