ミガキイチゴニュース

大切に育てられたみがきいちごがお酒になりました!ミガキイチゴムスー、ミガキイチゴカネット、大好評発売中です!


/ 私たちが作っています \

ミガキイチゴストアにお越し頂きありがとうございます!

農業生産法人 株式会社GRA 農業メンバーのご紹介

私たちが作っています!

橋元 洋平

宮城県山元町生まれ
栽培部門責任者

橋元 洋平

YOHEI HASHIMOTO

橋元 洋平

イチゴで町を元気にしたい。

震災後、私が町の社会福祉協議会でボランティアセンターの受け入れ窓口をしていたとき、熱心に活動し、イチゴについても考えてくれていたのが、山元町出身の岩佐大輝でした。すぐに意気投合し、一緒にイチゴの支援をしようと決断しました。
山元町はイチゴの町です。イチゴが復活しないと、町も元気にならない。イチゴで町のみんなを元気にしたい。イチゴでみんなの笑顔を取り戻したい。そんな思いで10年間突っ走ってきました。

山元町から新しい農業を。

イチゴの支援活動を始めて間もなく、山元町では農家同士が連携し、技術向上や栽培方法の研究に熱心に取り組んでいることが分かりました。
さんさんと降り注ぐ太陽と温暖な気候、地域と人のつながりによって、山元町のイチゴは作られている。それを知った時、山元町の栽培の歴史を踏まえた未来の農業を、この地で新たに創造してたいと強く思いました。

ITと山元町の技を融合。

熟度にこだわったイチゴを作るため、GRAではITを使って温度・湿度・日射・CO2・養液(窒素・リン・カリ)などの管理を行なっています。しかし、それだけではおいしいイチゴは出来ません。手入れ、収穫、選果を行うのは「人」だからです。
目指しているのは、山元町で育まれた技を大切にしながら、ITを融合させた栽培方法を確立すること。それは、GRAならではのイチゴを作るだけでなく、新規就農の裾野を広げることにもつながると考えています。

GRAの仲間と走り続ける。

岩佐大輝が目指すゴールに共感して集まってきた様々なキャリアを持つ人間たちが、試行錯誤しながら営農しているちょっと変わった会社、それがGRAです。
そんな仲間と山元町の人々をつなぐのが、私の仕事だと思っています。同じゴールを目指す人々と一緒に走れるのは、とても幸せなことです。この仲間と一緒に、GRAならではのイチゴをたくさんの方々に届けてゆきたいと思っています。

勝部 達也

鳥取県出身
ミガキイチゴラボリーダー

勝部 達也

KATSUBE TATSUYA

勝部 達也

長期に渡る収穫期間実現のために。

イチゴの旬は、本来は初夏のみです。本来の旬から大幅に前倒しをして収穫しなければならないイチゴ栽培は、イチゴの身になって考えてみると、負担が大きいと言わざるを得ません。
私たちは、イチゴに無理をさせながら、半年以上の長期に渡る収穫時期を実現しているということになります。
そんなイチゴをケアしてあげるのが、私の主な仕事です。

環境を制御してイチゴをケア。

イチゴのケアで重要なのは、環境制御です。
植物は光合成をして育ちますので、GRAでは、イチゴの光合成の能力を高めるため、日中に二酸化炭素の濃度を最適化しています。
また、冬、クリスマスケーキの上にのせるイチゴを収穫するためには、イチゴに季節を誤認してもらわなければなりません。
そのために、苗の時期に日の長さを調整する取り組みも行っています。

イチゴは笑顔を引き出すコンテンツ。

現在、イチゴの可能性を引き出す仕事をしている私ですが、以前は〝自ら動くことがない〟植物には興味がありませんでした。しかし、イチゴ生産に関わるようになって、「植物には動かないなりの戦略があり、その実はダイナミックな内部変化を繰り返している」と知ってから、俄然興味が湧いてきました。
農作物の中でも、イチゴは特に栽培が難しいと言われています。その難しさに、やりがいを感じています。何よりイチゴは食べる人だけでなく、働く人からも笑顔を引き出すコンテンツであると思っています。
奇しくも、私の誕生日は1月15日、イチゴの日です。
この日に生まれて、イチゴ生産に関わているのは、もはや運命だと思っています。

松本 英之

大阪府出身
栽培圃場総括責任者

松本 英之

HIDEYUKI MATSUMOTO

松本 英之

震災直後、大阪から亘理郡へ。

震災当時は大阪の古本屋で働いていました。東北の被害を知り、居ても立ってもいられず、ボランティアをするために車を走らせたことを覚えています。
たどり着いたのは、山元町と同じイチゴの生産地として知られていた亘理郡亘理町でした。
都会のビルのスキマから見える小さな空しか知らなかった私は、広い空と海面に映る大きな月に感動。亘理郡の風景に魅了されました。
一生縁がないと思っていた東北との、まさに運命の出会いでした。

イチゴを通してこの土地を支えたい。

ボランティアをしていたとき、「本当の意味での復興は、地場の産業を支えること」だと気づきました。
それなら、イチゴしかない。イチゴでこの土地の未来を支えよう。そう心に決めました。
GRAに入社を決めたのは、10年で100社10,000人の雇用創出を目指していると知り、「なんて夢があるんや!」と感動したから。
現在は、イチゴの栽培管理を担当しています。

農業の楽しさにハマっています。

美しく、おいしいイチゴを作るには、様々な条件をクリアしなければなりません。条件が複雑に絡んでくるイチゴ栽培には、ゲームを攻略するのに似た楽しさがあります。
お客様が喜んでくださる顔を想像しながら、工夫を重ねる日々。
ーー農業の楽しさにハマています。
夢は、復興前の山元町に戻すのではなく、それ以上の町に発展させること。
ミガキイチゴの生産を通じて、いつか成し遂げたいと思っています。