森岡書店 店主
森岡 督行
──「小粋屋東京」は、東京都の伝統工芸品を扱うオンラインショップです。私たちは、伝統工芸品をもっと多くの人に日常生活の中で使っていただきたいと思っています。まだまだ敷居の高さを感じている方もいらっしゃって・・・・・。 そこで、ご自身のお店で工芸作家の作品や書籍を紹介したり、資生堂ギャラリーで行われた「そばにいる工芸」といった展示の企画もしている、森岡さんに話を聞いてみようと思いました。森岡さんが工芸品に惹かれる理由について、お話を聞かせてください。今日はどうぞよろしくお願いします。
森岡 はい。こちらこそ、よろしくお願いします。
──取材を依頼するメッセージのやり取りの中で、森岡さんが最近、「工芸品を使う意味が増している」と言っていたので、今日はまずそのことからお話を聞かせてください。
森岡 その話をする前に、ちょっとこれを見てもらえますか。いま僕が使っているバッグなんですが・・・・・
──ラグジュアリーブランドのナイロン製のバッグですよね。正直に申し上げて、ちょっと意外です。
森岡 はい(笑)。僕も47歳にしてはじめて手にしました。でもこれ、海洋プラスチックゴミのリサイクル繊維で作っているんです。
──そのブランドは、使用する全てのナイロンをリサイクルナイロンにすると発表して、話題になっていましたよね。
森岡 そのアクションに共感して、このバッグを使うことにしたんです。いま消費者も企業もサステナブルを意識することって、とても重要じゃないですか。
──コロナ禍で、サステナブルな意識は、より加速しましたよね。消費者も何かを買うときに、それがサステナブルかどうかを気にする人が増えたような気がします。
森岡 僕もそういう視点を持って、購入するものを選ぶようになりました。そう考えたときに、工芸品もサステナブルなものだと気づいたんです。工芸品は、確かに価格は高いかもしれません。でも修理しながら長く使うことだってできる。
──確かに、工芸品は壊れても修理ができるものが多いですよね。とはいえ、これだけ手軽にいろいろなものが手に入る時代だと、工芸品の価格は高いと感じられてしまうのかもしれません。
森岡 実は僕、コロナ禍に入って銀座のテーラーでスーツを作ったんですよ。
──高そうですね。
森岡 高いです(笑)。こんなにするのかってびっくりしました。でも作りがいいし、お直しをしながら着れば50年だって着ることができる。もしかしたら自分の子や孫に、譲ることだってできるかもしれない。日割りで計算したら割安とも言えるんです。たとえば、小粋屋東京で売っているハサミがあるじゃないですか。あれ、すごくいいですよね。でも、ハサミにしては値段が高い。
──39,600円です。刀鍛冶の技術を受け継ぐ工房が1932年から作り始めたハサミです。
森岡 小粋屋東京の商品紹介にハサミを作っているときの動画があって、それを見てすごい面白いなと。ハンマーで真っ赤に焼けた鋼を打っていて、こんな工程で作られているんだって驚きました。ハサミだけでも100年近い技術の積み重ねがあるけれど、そこに至る前に刀鍛冶の技術の積み重ねがある。そうすると1000年くらいの歴史がある技術になるわけじゃないですか。これは凄まじい。いくつもの手間をかけて作られた、継承されてきた人間の技術の結晶と考えると、断然安い。
──伝統工芸品は、その背景にある物語を知る楽しみがありますよね。しかも、森岡さんのスーツのように、子孫や誰かの手に渡る未来も想像する楽しみもあります。
森岡 作りのいいものを使えるという喜びもありますよね。
──はい。伝統工芸品は、過去、現在、未来にわたって楽しめるんです。ハサミ以外で気になる商品はありましたか?
森岡 料理用の刷毛ですね。この佇まいがとても好きです。これは何の毛ですか?
──たれ用が馬の毛で、卵バター用が山羊の毛ですね。もともとは、絵師が使うような刷毛を作る技術で料理用の刷毛を作っています。手植えした毛は抜けにくく機能性も高くて、海外でも好評です。同じ工房で、卓上ブラシも作っています。こちらは馬の毛です。
森岡 昔、神田の古書店で働いていたとき、こんな毛のブラシを使って本の埃を落としていました。そのブラシは作られたのが大正時代だけれど、毛を植え直しながらずっと使い続けていたものです。このブラシを見て、そのことを思い出しました。
──森岡さんは、工芸品を初めて購入した時のことを覚えていますか?
森岡 確か20年くらい前だったと思います。当時は工芸品というものが雑誌なんかでも取り上げられるようになっていて、陶器のビールマグを自分でも買って使ってみたんです。生活するということは、道具を使うという行為の連続でもあります。その連続する行為ひとつひとつが、喜びのある時間になると生活全般が豊かになるのではないかなと思って買ってみました。そしたらやっぱり良かったんですよ。
──どう良かったんですか?
森岡 置いておくだけで空間が変わった気がしました。床にそのマグを置いておくだけで、その部屋が豊かに感じられるというか。それまで使っていた器は、食器棚に隠れて見えないものだったけれど、工芸品であれば空間を彩るオブジェにもなるんだって。あとはやっぱり、人を招いて食事をする時間も豊かになりますよね。いま聞かれてそのことを思い出しました。
──長く使えるということは、それだけ記憶にも残りやすいし、思い出にもなりやすいですよね。
森岡 さっきの刷毛であれば、母親が料理に使っていたなという思い出が生まれるかも知れませんよね。工芸品は、ものに記憶が付随していく。だからこそ、使い続けていくうちに特別な存在になっていくものなのかもしれません。
──サステナブルであり、物語が生まれ愛着が増していくもの。それが伝統工芸品の一面であると言えますよね。小粋屋東京では、そんな伝統工芸品をこれからもどんどん紹介していきたいと思っています。森岡さん、今日はありがとうございました。
森岡書店 店主
森岡 督行
1974年、山形県生まれ。“1冊の本だけを売る”をコンセプトにした東京・銀座にある森岡書店の代表。著書に『荒野の古本屋』(晶文社)、『BOOKS ON JAPAN 1931-1972』(ビー・エヌ・エヌ新社)などがある。企画協力した展覧会に「そばにいる工芸」(資生堂ギャラリー)、「畏敬と工芸」(山形ビエンナーレ)などがあり、近年は洋服などのプロデュースを手がけることも多い。資生堂が運営するウェブマガジン『ウェブ花椿』にて、「現代銀座考」を連載中。