■直接この手でベルギービールを輸入してみたい
自分が大好きなベルギービールを取り扱い始めて13年。
その間何度かベルギーの醸造所に足を運ぶうち、いつかは自分で直接輸入してみたい、という夢をもつようになりました。
既存のお客様からも、「なぜ輸入はしないの?」「木屋さんが輸入したベルギービールを飲んでみたい」といったご要望も以前からたくさんいただいていたのです。
これまでは決められた銘柄を仕入れて販売するだけでしたが、もし直接輸入ということになれば、自分で美味しいベルギービールを探し出し、直接交渉し、品質を損なわないような方法で日本まで輸送し、直接自信を持ってお客様にご紹介できる、という自分だけの素晴らしい流通ルートを実現できるのです。
しかしまったく貿易に関する知識などありませんので、「いったいどうやって交渉するのか」「どうやって船の手配をするのか」「どうやってお金を払うのか」「どうやって通関するのか」、、できない理由を挙げればいくらでも出てきました。
ましてや普段の仕事をしながらですから、夢ではあるけれど、絶対に実現しないだろう、と心のどこかでは思っていました。
ところが運命が変わったのが2005年10月のある日。
この日私は仲の良い友人と一緒に話をしていました。
そのなかでベルギービール輸入の話が出たのです。
実現しないと思っている私は、
「まあ来年くらいにはやりたいと思ってるんだけど。」
などと話していましたが、心の中ではまったくやる気がありませんでした。
それを見透かした友人から次々に意見が出ました。
中には異業種ですが、すでに直接貿易をしている人もいました。
「なぜ来年でないといけないのか」
「なぜ交渉できないのか」
「なぜ船の手配ができないのか」
「なぜ通関ができないのか」
「結局なぜやりたいのにやらないのか」
できない理由は次々に潰されていきました。
この日、結局自分自身でできない理由を考えて壁を作っていたことを大いに反省し、心の中で、「絶対にベルギービールを輸入しよう!」と宣言しました。
そうとなれば翌日からすぐに行動開始です。
自分でも今までなにをやっていたんだろう、と思うくらい行動的に動きました。
輸入について、いや関係ないと思われるところからでもありとあらゆるつてを辿り、現地のエージェントの方を見つけ出し、国内のあらゆる業者さんを紹介してもらうことに奔走したのです。
■絶対うまく行かないよ!
ところがやはりそう簡単にはいきません。業者さんといっても、輸入のどのプロセスでどんな事が必要で、どんな業者さんが存在するのかもわからないのです。
仕方なく、失礼を承知で既存の輸入ビールの業者さんに相談してみたところ、本当に親切に色々なことを教えてもらうことができました。
さっそく数社の輸入関連の業者さんのところに出かけ、「ベルギービールを直接輸入したいんです」と相談してみました。
とても親身に相談に乗ってくださる業者さんもありましたが、悔しい思いをすることも何度もありました。
ある業者さんでは、 訪問後あまりに返事が遅いので電話してみると「おたくのような小さな商売を請け負うつもりは最初から無いんだよ」といって一方的に切られてしまったり、、、結局は最初から相手にされないことが多かったのです。
また輸入についての相談を友人や知り合いにしてみると、3人のうち2人が、「そんな面倒なことは専門家に任せておけば良い、やめておいたほうがいい」「絶対うまく行かないよ!」といった意見でした。
そんなことがあるたびに気持ちが折れそうになりましたが、「せっかく始めたこと。ここであきらめたら今までと同じ。」と自分に言い聞かせていました。
■取引メーカー、輸入方法の選定
輸入に関する手続きも大切ですが、同時にもっと大切なことを進めていかなくてはなりませんでした。中でも最も重要なのが取引メーカーの選定です。
ここで私は3つの決め事を作ってから選定に入ることにしました。
1.「身の丈にあった商売」
ベルギーには130を超える醸造所があると言われています。中には日本のビールメーカーよりも大きいな巨大なメーカーもあれば、たった一人でこじんまりとビールを造っているような小さなメーカーもあります。
あたりまえのことですが、自分の会社の規模とそれほど違わないメーカーを選んで、身の丈にあった商売から始めて行こう、と考えました。お互いの規模があまりに違ってしまっていては、結局良い取引関係が続かなくなると思ったからです。
2.「自分が美味しいと思ったビールの直接貿易(日本未正規輸入品)」
今回の最大の目的でもあります。
これまで日本に正規輸入されていない銘柄で、自分が飲んで美味しいと思ったビールがあれば、直接醸造所に行って交渉し、分けてもらい、明確な輸入方法、輸入経路で輸入し、輸入後はメーカーと一体となって日本でその商品を育てていきたい、と考えました。またそのような考えを持ったメーカーとだけ取引しようと思いました。
3.「リーファーコンテナでの輸送」
日本への輸送は普通船便になりますが、その場合大きく分けて2種類の輸送方法があります。ドライコンテナか、リーファーコンテナかの違いです。(コンテナの種類は他にもあります)
ドライコンテナは現在最も多く流通しているコンテナですが温度調整ができません。一方リーファーコンテナは断熱材を使ったコンテナの壁部分に冷蔵機を内蔵しており、ベルギービールの温度を一定に保つことができるのです。
今でこそベルギービールもリーファーコンテナによる輸入が増えてきましたが、かつてはドライコンテナのものも多く、赤道を通って高温にさらされたあと倉庫などで保管されたビールを普通に皆が飲んでいました。
(※ドライコンテナ輸送の商品が必ずしも悪いということではありません。長期熟成には向きませんが、輸入後の商品の回転が速く、比較的早く飲むタイプの商品であれば問題はないようです。)
最近では実際に現地を訪れて本場のビールの味わいを知る方が増えたり、リーファーコンテナで輸送された商品が多く輸入されるようになったため、ドライコンテナによるベルギービールの輸入は減る傾向にあります。
実はこのドライコンテナとリーファーコンテナには驚くほどの価格の差があります。
リーファーコンテナを選択するのは最初勇気の要ることですが、なるべく現地で飲むのと近い状態で輸入したほうが良いので、当然リーファーコンテナでの輸送を選ぶことになります。
■出発は10月18日
いろいろなつてを辿っていくうちに今回の輸入に際して最適な人物を紹介してもらうことができました。
元日本の大手商社でベルギー勤務、退職後ベルギーの銀行、日本の銀行といずれもブリュッセルでご活躍され、今は現役を引退されている堀越さんという男性です。
もちろんベルギー在住で、英語、フランス語ともにご堪能ということで、さっそくご協力をお願いすることになりました。
実はこのときすでにベルギー行きの航空券を予約してしまっていました。なんと出発は10月18日。
あの日「絶対にベルギービールを輸入しよう!」と心の中で宣言したときに、退路を絶つためにもすぐに航空券を予約していたのです。
堀越さんに連絡を取り始めたのが10月4日。出発まであと2週間しかない中で、醸造所へのアポイント、旅程の検討など慎重にやるべき膨大な仕事が残っていました。
醸造所についてはある程度頭の中でイメージはあったものの、調査するのにもある程度の時間を要しました。
この間通常業務はスタッフに任せ、ほぼこの仕事に専念できたおかげで、ようやく全部で10件の醸造所をリストアップすることができました。
さっそく堀越さんにリストを送り、各醸造所に連絡を取ってもらいました。
あとは堀越さんのスピードにかかって来る、という状況でしたが、今回の私のスピードに負けないくらい早いやり取りで醸造所のアポイントは次々に決まって行きました。
といっても全部の醸造所がOKだったわけではありません。中には輸出の意思が無い醸造所も当然ありましたので、結局10件のうち5件のアポイントを取ることに成功しました。
そしてその日から5日もたたない10月18日には、セントレアからフランクフルト行きの飛行機に飛び乗っていたのです!
このときにはいずれ起こる苦難を知る由もなく・・・。