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文・著作権 鈴木勝好(洋傘タイムズ)

Y O U G A S A * T I M E S * O N L I N E
◆◆◆「まえだれかづき」ってナニ?◆◆◆




 (1)傘の「振売り(ふりうり)」と「古傘買い」

 ニューヨーク生まれで横浜市在住の米国人バーリット・セービン氏が、朝日新聞の
神奈川版(4/28)に寄せた文章で、「私はアメリカで傘をさした覚えがない。」「ア
メリカ人は(中略)、雨が降っているときはよくレインコートを着る。」と述べてい
る。日本では、日本人のほとんど(概ね100%)が、雨の日に傘を差している。

 日本で傘が広く普及した時期は、大略して欧米よりは一世紀ほども早いと見てよい
のではないか。蛇の目傘が各地で盛んに生産されたのが元禄年間(1688〜1703年)か
らであり、正徳年間(1711〜16年)には大黒傘(番傘)が出て、丈夫で値も安いこと
から大いに需要層を拡大した。


 片や雨傘を使用した先駆者といわれるジョナス・ハンウェイ氏が、ロンドン市街で
嘲笑の的になっていたのは1750年代以降である(1786年没)。1764年にロンドンを訪
れたあるフランス人は「ロンドンの人々は傘を使わない」と記録し、同じ年にパリに
滞在したイギリス人は「彼らは雨の日に傘を持ち歩く者がいる」として、英仏の違い
を述べている。こうした証言からもハンウェイ氏の孤軍奮闘ぶりが窺える。

 傘の普及が早かった日本(江戸)では、正徳・享保(1716年〜35年)の頃から、傘
売りの姿が見られるようになる。いわゆる「振り売り」スタイルで「棒手振り(ぼて
ふり)」ともいわれ、天秤の両端に傘を下げて肩に担いで町中を売り歩いた。寛政5
年(1793年)に出た『軽筆鳥羽車』には、雨に降られた傘売りが、傘を差さずに売り
出している姿が滑稽に描かれており既に享保5年版にも同じ絵柄が見られる。


 また「古傘買い」や「傘直し」の商売も現れている。古傘買いは、古傘を買い集め
て骨屋に納める。骨屋は古傘を洗い直して骨組を傘屋に売る。傘屋が紙を張り上げて
「張替傘」として売り出すというもの。つまり、リサイクルである。かねて物資不足
時代には、洋傘でも同じことが行われた。

 なお、京阪地区では古傘を日用品(土瓶や鍋など)と物々交換したが、江戸ではも
っぱら現金買い取りされたようである。
 さて前出のセービン氏だが、「日本で私はよく傘をさす。」そうである。郷に入っ
ては郷に従え、というところであろうか。


 
 (2)3月と9月に降る雨の呼び名は?

 恐らく現在では死語になっているのだろうが、陰暦の3月、9月に降る雨を「前垂
れ被(まえだれかずき)」と呼んだ。江戸時代、3月5日からと9月5日からの半年間を
区切って商店などに奉公する制度が(半季といった)あった。そうした奉公人や下働
き者などは、雨の時も傘は差さず、前垂れを被って雨を凌いだことから出た呼び名と
される。そんな奉公人たちでも、やがて各々に傘が差せるようになる。弘化(1844〜
46年)の頃に成った『曲肱漫筆』には、その間の事情が以下のように語られている―
――。


 「70〜80年前(明和〜安永年間・1764〜80年)までは、半季居の奉公人下男下人は
、雨降りに傘をさす習慣がなく、小者などの類はみな竹の皮の法性寺笠というのを被
って歩いた。京都などでは、陰暦の3月と9月に降る雨を前垂れ被(まえだれかづき)
というが、これは奉公人の出替わるのが3月と9月に多く、彼らは傘無しで前垂れを被
って雨を凌ぐことからきている。

今では女の半季居なども、少しよいところの奉公人はめいめいの青天上の紅葉傘を所
持しており、小者下人でも竹の皮など被らない・・・・・」。



 (3)傘に関する俗信・迷信・・・・・

 10余年ほど前になるが、かつてアダルト女性間に絶大な人気のあったフランスの映
画俳優アラン・ドロン氏が来日した折り、ある会場のコーナーで、「傘を差した姿を
写真に撮らせてほしい」と通訳と介して申し入れると、ドロン氏は「フランス(欧州
)では、家の内で傘を開くのは縁起が悪いとされているので、応じかねる」との返答
を得たことがあった。そういえば、子供の頃、母に「家の内で傘を開いてはいけませ
ん」と注意されたような気もするが・・・・・。

 「家の内で傘をさせば鼠(ねずみ)が荒れる」とか「傘を燃やすと狂人になる」
(播州赤穂地方)とかの俗説や俚諺もあったようである。

 洋傘の本家(?)イギリスでは、「出掛ける前に家の中で傘を開くと不幸(運)を
招く」が広く知られ、更に「室内で開いた傘は確実な死の前兆」「ベッドの上に傘を
置いた人に不幸が来る」「テーブルの上に傘を置くと悪いことが起こる」などとも言
われるそうである。そして最も一般的なのが「傘を持たずに出かけると、雨に合う」。


 東南アジアのある種族では、「頭の上に掲げられた傘が、その所有者を悪魔から護
る」とされ、またある地方では、子供を産んだ女性がある期間、傘で日射を防ぐよう
にしないと「親類の男の一人が死ぬ」と信じられたといわれる。

 アフリカのある種族では、若い女性を70日間かそれ以上、人里離れた山小屋に閉じ
込めた後、婚約者(夫となる)である男が傘の下で待つ家へ彼女を導き入れる。この
儀式を執り行わないと、その女性は不妊となり、また収穫(作物)が不首尾になると
信じられていたという。

 インドでは、傘がブッダと強い関連性があり、「手に傘の形を印した女性は良い将
来(未来)を保証されている」とい考えられている。
 日本でも傘は「末広がり」の縁起物とされる。









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