◆インクレディブルツアーライナー 特別公開◆

★ミスター・シリウスよ、永遠に! 難波弘之

 「最近、俺、プログレやってんだよ」

 吉田美奈子バンドを辞めた渕やんから近況報告の電話があった。もう6年前の事である。渕やんこと渕野繁雄との付き合いは古く、スペクトラム(懐かしいでしょ!?)が、バンドと別にホーン・スペクトラムというブラス・セクションを組んでスタジオでバリバリ活躍していた頃だから、もうかれこれ30年になる(笑)。渕やんは、吉田美奈子の モンスター・ホーンズや、山下達郎のライブでも、名サックス奏者として吹きまくっていた。

 その渕やんがプログレ? 話を聞くと、何と「大木理紗とライブをやっている」という。結局僕はそのセッションに誘われ、ファンタスティック・ナイトやmoh mohという名前で、何回かライブを行った。一昨年からは、渕やんとヴァイオリンの尾花輝代充を中心に、クラシックのホールで、アコースティックのライブも開いている。

 

 渕やんの斬新すぎるアレンジで、大木理紗がピンク・フロイドやイエスを歌う。どちらかというと、渕野繁雄は”ジャズやR&B系”という印象を与えがちなので、プログレ・ファンはご存知なかったかもしれないが、実にユニークなセッションである。

 ある日、渕やんがしみじみと僕に言った。「大木さんの昔のCDを色々聴かせてもらったんだけど、あのミスター・シリウスっていうバンド、一体何なの?何であんな曲書けるの? いや〜、あんまり素晴らしいんで、音楽やるの嫌になっちゃったよ」

 溜め息まじりで絶賛してくれたので、僕はとても嬉しく思った。そして、他の人の音楽を聴いて羨ましく思ったり、時には嫉妬(Kokan  De Jealousy! 笑)を感じたりする、僕らミュージシャンの心理を正直に表現していると思った。

 

 思えば82~3年頃、僕のSense Of Wonderの大阪バーボンハウスのライブに、茶髪の派手な人たちが見に来てくれた。これがノヴェラのメンバーだった。そして、あっという間に小川文明のブラック・ページやミスター・シリウスなど、関西系プログレの人たちと知り合い、親しくなって行った。やがてヌメロ・ウエノ氏の誘いで、一緒にイベントに出たりするようになった。今でこそ僕は”プログレの父”なんて呼ばれているが(笑)、当時の日本のプログレのリスナーの僕に対する印象は、”金子マリ&バックスバニーからフュージョン/ポップス系に行った人”みたいな感じだったと思う。何しろ、僕がレコーディングやツアーに参加していた山下達郎が「ライド・オン・タイム」でブレイクし、村上”ポンタ”秀一の初ソロ作「トーキョー・フュージョン・ナイト」などに参加していたのだから、無理もない。

 

 ところが、ソロ・アルバムでプログレっぽい事を地道にやっているうちに、プログレ・シーンの方から寄って来てくれるようになった(笑)。そうした中で驚いたのが、KENSOとミスター・シリウスの高い音楽性である。ノン・ミュージシャン(歯医者と傘屋! サエキけんぞうも歯医者だったけど、やめたからね、笑)なのに、素晴らしい楽曲を書き、アレンジも良く、しかもライブでの演奏力もある! 天は二物を与えるのか? 

 

 しかし、冷静になって考えると、かえって音楽業界の汚れ腐った土壌に汚染される事なく、自由に清らかに自分たちの音楽を追究できる。だからクオリティが高いのだ、と気付いた。もちろんそれ以前に、豊かな才能と優れたセンス、そして学習と努力が必要である事は、言うまでもない。

 

 ミスター・シリウスの魅力は、もちろん大木理紗の美しい声と、メンバーの卓越した表現力もさることながら、やはり宮武和広の高い作曲及び編曲の能力にある。スタジオ盤でならいくらでも重ねられるが、このライブを、耳をかっぽじって(死語!)よ〜く聴いて頂きたい。宮武の弾くキーボードの、特にストリング・セクションの美しい響きを! た

だ和音を白玉で押さえているだけでは、あのドラマティックな”シリウス効果”は絶対に現れない。あたかもそこに本物の弦楽器のアンサンブルが参加しているような錯覚を覚える程、完璧な和声進行である。しかもただ完璧なだけでなく、パッションがある。スリルがある。恐らく彼は、大好きなフォーレやドビュッシーのスコアを研究したのだと思う。

 

 こんなに美しい音楽を書く男が、心斎橋の老舗の傘屋の若旦那で、喋ると完璧な商人(あきんど)である、という事実(知った時はもちろんびっくりしましたけど)も好きだ。

 このライブには、僕と大谷令文も参加しているが、完全な”何ちゃって参加”である、さすが気配りの若旦那、いい加減な僕らでも参加できるように、曲中にそれぞれの”放し飼いコーナー”を作ってくれた。今となっては懐かしい思い出である。

 このライブでの宮武氏のMCも(かぶり物も含め)、決して口からでまかせではなく、いかにもプログレの構築美を愛する者らしく、綿密に考えられ準備されたものであろう。決して普遍性のあるネタではないが(当たり前じゃ!)、いかにもプログレ・マニア受けするギャグが連発されている。

 

 ミスター・シリウスは惜しくもその後、音楽活動から遠ざかってしまったが、残されたアルバムはこれからも長く、世界中のプログレ・ファンに愛聴され続けていくだろう。

 その後、大木理紗は東京に居を移し、スタジオやソロで活躍している。何と植木等のツアーにもコーラスで参加して、多くのミュージシャンを羨ましがらせた。宮武和広は、心斎橋の店舗は畳んだものの、初期のネット・ビジネスの世界で成功を収め、高級ブランドを扱うネット傘屋のオーナーとして、各地の講演会から依頼が殺到、忙しい日々を送っている。公演につめかける人々に、この素晴らしい音楽を聴かせたいという悪戯心も起き

るが、今やネットの世界が、彼にとっての”プログレッシヴ・ロック”なのだ、と信ずる。

 

 ミスター・シリウスよ、永遠に!