花街とともに歴史を刻んだ洋傘店
『ヤマダヤ』
JR総武線・飯田橋駅前から北に延びる神楽坂。この坂をちょうど上りきった付近に、
洋傘店「ヤマダヤ」(新宿区神楽坂3‐6TEL:03‐3260‐0750)は店を
構えている。周辺は明治から大正にかけて花街として大いに栄え、尾崎紅葉、泉鏡花
、夏目漱石といった文豪の寵愛も受けた、当時の山の手随一の繁華街。
花街は今では規模こそ小さくなったものの、昼間は路地裏の稽古場から長唄や三味線
が聞こえ、夜は着飾った芸者が迷路の様な石畳を抜けて料亭に入る姿が見られる。そ
んな情緒を伝える街で、ヤマダヤは明治10年創業の老舗として店を営んでいる。
現在店を切り盛りしているのは4代目店主の山田一雄さん。その傍らには3代目(一
雄さんの父)の奥さんである照子さんが控える。照子さんは戦後の花街が華やかりし
頃に嫁ぎ、休みを知らない先代とともに、店を支え続けてきた。
「当時の客筋には花街の料亭に通う旦那衆もいた。夜遅く芸者さんが旦那衆を連れ立
って来店し、傘を買うという光景も日常の一コマだった。芸者さんはここぞとばかり
に高級な傘をねだっていた」と照子さんは往時を懐かしそうに振り返る。
店には5〜6千円の洋傘を中心に、2代目から売り始めたという帽子も扱っているが
、そうした品々を目当てに昔から神楽坂に住む常連客も時折来店。顔馴染みが娘を伴
って訪れることも少なくない。
4代目は、「そうした贔屓にしてくれるお客さんを大事にしていきたい。だから商品
を仕入れるときも、お客さん一人ひとりの方の顔や服装を思い浮かべて選んでいく。
トレンドはチェックするが参考にする程度で決して流されない。あくまでも中心はお
客さん。この部分は崩さないで今後も守り続ける」と話す。
新しい息吹を取り入れつつも、決して根っこの部分は曲げない。この姿勢は、若い世
代の感性を受け入れながらも、古い文化や街並みを残し、ここ数年で客足が急激に伸
びた神楽坂という街の姿にどこか重なる。街も店も本質的な部分を守ること。その大
切さを改めて思い知らされた。
|