カネアの会社案内
人と植物によい土だけを、日々真面目に作り続けています。
土職人 東孝行

プロフィール

1959年香川県高松市生まれ
1981年東京農業大学農学部卒業
1981年香川県農業試験場府中分場勤務
1985年(有)カネア入社
公的取得資格 香川県農業改良普及員(香川県で取得)
一般毒物劇物取扱者(香川県で取得)
教員免許資格(一般)
スポーツ柔道二段
メタボ対策で今、マウンテンバイク(自転車)で通勤してます。無駄な努力だと皆に言われています・・・頑張り・・ます・・

クラフトマンシップ 〜土作りにかける土職人の思い〜

一冊の本との出会いが導いた農業への夢

私は、元々農業とは縁の無い家族で育ちましたが、高校2年の時に、ふといつも行く本屋さんで目にした本、題名も作者も忘れましたが、

内容は・・・
一人の日本人が単身アメリカ・カルフォルニアへ渡り、言葉の壁や異国の人間関係を持ち前のバイタリティー溢れる行動で克服し、小さな農園を努力に努力を重ねてカルフォルニアでも有数の大規模農場の経営者になった・・・

この本を読んだ時、背中に電流が走り「これだ!」と思いました。「将来は俺もアメリカで農業をしたい!」その為には農学部に行こう!っと家が農家でもないのになんで!?っと言う周囲の反対を押し切って進学しました。

実際に体験して知る、植物と農業の奥深さ

大学には入ったもの農業の経験が全く無い私です。でも意外と周りの同級生も家が農家でない者も多く、そこで彼らと誘い合わせて、大学の夏休み、春休みを利用して長野県のレタス農家さんや静岡県の花卉農家さん、沖縄のサトウキビ農家さんの家に1〜2ヶ月泊り込んでは「農業実習」に行ってました。

そこで生まれて初めて農業を体験するのですが、作業は朝は4時に起きて朝一の収穫をして農協に出荷、そしてまた収穫をして出荷、午後からは炎天下の中、収穫した後の畑の整備・・・この作業が夜の7時8時まで続くわけで・・・・
作業の大変さもさることながら、実習先の農家の園主さん誰もが、自分の農業に対して誇りとこだわりを持ってて、特に「土作り」に関しては日々研究してました。「花作りは土作りから」、農業の基本は土にあるとそこで彼らから学びました。
そんな仲間と過ごした日々はキラキラしてて、将来の事やいろんな話をし同じ経験もして、今も大切な友人です。
また実習先の農家さん一家には大変お世話になり、短い期間でしたが、彼らご家族との生活は私にとって一生の宝物です。

そうこうして行くうちに、大学を卒業する頃には、将来はアメリカで農業経営を!・・・っという夢もどこか消え失せて、たまたま受けた農業試験場の試験が受かってなんとなく就職しました。
配属は果樹の「病害虫防除室」
仕事は朝から晩まで、みかんや桃、柿、キウイの剪定と農薬散布。
たくさんの種類の農薬を1つ1つの樹に分けて散布して、どの農薬がどの害虫に効果があるか?とか病気を防げるのか?のデーターを取る仕事でした。あの頃はまだパソコンの無い時代でしたから、全部手作業でした。
今から30年ぐらい前はまだまだ劇毒物の人体に影響のある農薬がたくさん在って、今のように低濃度の農薬はあまり無く、無農薬での農業は夢のまた夢の時代でした。

実家の家業が土に目をつけるキッカケに・・・

私の家の家業は代々「練炭こんろ」「七輪」を製造してました。昔、やかんで湯を沸かせたり、サンマなんかの魚とか餅を焼く時使ってたやつです。
石川県から珪藻土(けいそうど)という土を国鉄(JR)のコンテナ貨車で買って来て、土を練炭こんろの型に固めて作る、ある意味、これも「土職人」かも知れません。
祖父の代からですからかれこれ50年以上続けて来たのですが、ご存知のとおり時代は「ガスコンロ」に変わって行き「練炭こんろ」は斜陽な製品となってしまいました。
そこで私の父が目を付けたのは、今「練炭コンロ」を扱ってくれてる店は荒物屋さんで、そこには植木鉢も置いてて、種や肥料も置いてある。今の工場で直ぐに出来るのは「花や野菜の土」だ!という事で、思い切って業種転換したわけです。
この時1983年(昭和58年)でした。

はじめた頃はまだ私も試験場に勤務してまして、父と母と2人で仕事をしてました。まだ設備も整ってなく人も居ない状態でしたから、日曜祭日はもちろんの事、仕事が終わったら直ぐに帰って手伝ってました。
あの頃はまだ目先の忙しさで経営理念もありませんでしたが、「とにかく良い物と作ろう」と父と話してました。
もう時効ですから話しますが、実験的に作った土を試験場の実験室で隠れてPH(酸性・アルカリ性測定)を計ったりEC(塩分測定)を計ったりと・・・・(汗)(汗)
今では会社の中に実験室がありますから、コソコソすることが無くなりましたね。
そして2年後、私は試験場を退職しました。

独立してから25年間、ひたすら人と植物に優しい土だけを作り続けています。

そしてあれから25年程たちました。
個人的には結婚もして、子供も18歳の長男と14歳の長女に恵まれ家族が出来ました。
父も今は仕事から離れ、好きな盆栽作りに精を出しています。
そして今、園芸店がガーデンセンターと呼ばれだしました。ホームセンターも増え、最近では農業資材を専門に扱う全国チェーンの店があちらこちらに出店しています。
それと同時にお客さんも25年前から買っていただいてる方々のお子さんも家庭を持ち、私たちの「土」も親から子へと広がりを見せ始めました。
花や野菜の苗も種も品種改良が進み、いろんな種類の色を付ける花や、また近頃では「食の安全性」という観点からか自分の手で「安心・安全」の野菜を作るという事が広がりを見せています。
またベランダで野菜作りをしているお客様も増え、それに応えるべく私たちも皆様に提案していかねばと考えています。

私たち土職人は、本当に植物に良い土を真面目に作ってます。
手間を惜しまず作った土は、強く生きて、無農薬栽培に対応出来うる土です。
小さなお子様やペットが私たちの土の上で遊んでも大丈夫な土をこれからも作り続けて行きます。
学生時代、農業実習で学んだ時、プロの農業家が何年もかけて研究し作り続けてきた「土」は、ふんわりとしてシルクのような手触りの土でした。
あの時見た永遠と広がる緑色の大地は、太陽の恵みをいっぱいに力強く生きてるかのように見えました。

私たち土職人は先人達に少しでも近ずけるよう、日々努力を重ねていきたいと頑張ってます。
よろしくお願いします。

ページのトップへ