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家具工房芽生 > 職人の想い 松永四郎

職人の想い

90過ぎまで現役で生涯を家具作りに掛けた父親の後ろ姿を見ながら
当たり前のように家具作りの道に入りました。

20代~30代(昭和40年~昭和50年)にかけて量産家具の全盛時代。
とにかく作れば売れるのが当たり前。
貴重な材木も次から次へと伐採され、ベニヤや突板へと変わり大量の合成ボンドによるホルマリン臭漂う家具が当たり前のようにお客様の元へと届けられました。

私自身もそのことを何も疑問に思わず、
工場の歯車の一つとなり家具を作り続けていました。

そんな中、転機はやってきました。
些細なことで同僚と口論になり、その時の相手の言葉がどうしても頭から離れなくなったのです。
それが私の中で無垢の家具への強い思いに変わっていきました。

やがて毎日がひどくあじけなく感じ、職人のはずが引かれたレールの中で何も考えず 動く自分自身に嫌気が差し、等々会社を飛び出す決意をさせました。

初めは小さな工場を借り、曲がりなりにも自分の好きな家具を少しずつ作り始めました。

世はまだまだバブルの全盛期。他の家具は飛ぶように売れるのにどうしたわけか私の作る家具は 全く売れません。それでも諦めること無く新製品を作り様々な展示会に出品しました。

ですがそれでも中々売れず、ある日藁をもつかむ思いで東京の有名な家具店に見学に行った時のこと。

私の中で衝撃が走ったのです。
さる有名なメーカーのアンティーク家具を見たのです。

家具に惚れるとはこのことだと思いました。
とるものもとりあえず工場に帰り自分でも何とかあの味を出したいと思いますが
何回試作をしても自然な雰囲気には程遠いものでした。

自分が塗装の一人前の職人だなんてとても言えません。 自尊心は地に落ちました。何もする気になれずいたある日、町の輸入雑貨の店にぶらっと入った時 『あっ!あった』小さな一面鏡のドレッサーがアンティークの本場イギリスからの輸入でお店に飾ってあったのです。

すぐそのドレッサーを買い求め、工場で試作を始めました。
最初に売れ始めたものは、ペルポックという比較的安価な材料で作った『オールドシリーズ』です。

忘れもしません、今思えば笑ってしまうような家具ですがその当時の私は満足感でいっぱいでした。 その後も、「エボックシリーズ」「ハイブリッドシリーズ」と新製品を出し、お客様から少しずつ評価して頂けるまでに成長していきました。

デザイナーとチームを組み作った『上海浪漫』というシリーズは、それまででも最高に良い製品でした。東京や大阪のデパートにも展示されました。

自身で家具作り初めて20年程経った頃、ある一つの塗料が、私の家具に対する考えを一変させます。 それまでは、化学塗料(ウレタンシーラー、ウレタンフラット)オンリーで家具の塗装をしていたのですが無垢の家具に塗膜をつけ、無垢の木が呼吸出来ないことにずっと違和感を感じていたのです。

そんな中自然塗料との出会いが、私の中にある違和感を解消してくれたのです。
環境にやさしいドイツ製のオスモ社のオイル塗料が、無垢の家具の製作に光を与えてくれました。

ウレタンのような木に膜を貼る塗装ではなく、無垢の木に塗料を浸透させ無垢の木が呼吸することを妨げないオイル塗装は仕上がり感にもケバケバしさがなく、落ち着いた風合いの艶が出せます。
まさしく、無垢、アンティーク、オイル、と三拍子が揃った家具塗装職人としての自信作が完成しました。

民芸シリーズ、水屋シリーズ、久遠シリーズと重厚な家具を次々と作り、様々なお店で扱ってくれるようにまでなり毎日フル生産の日々が続きました。

しかし「好事魔多し」のことわざ通り、またまた試練の時を迎えました。
それまで幾つもの高級家具が売れていたのが、バブル崩壊と共に全く売れなくなったのです。

バブルがはじけた後、家具業界は生き残りをかけた、厳しい冬の時代を迎えることになります。

そんな厳しい毎日の中ある日、若い職人から提案がありました。
ホームページを立ち上げてみては?と。
今から10年以上前ですから、その当時は『インターネットで家具を売る』なんて高い壁をまたぐような話でしたがそれが私にとっては、天の導きのようでした。

すぐにパソコンを購入し、インターネットに詳しい人材を探しホームページの開設に急ぎました。
しかし、世の中そんなに甘くありません。
インターネットで大型家具を売るなんて、簡単ではありません。
ホームページの来客数を増やすことすら、分からない素人でしたから当然そう簡単に注文は入りません。

そんな苦しい日々から5年ほど経った頃、転機が訪れます。
今まで、高級家具(水屋箪笥や久遠)を売ることに四苦八苦していた私は『ちゃぶ台』をインターネットで売ることに行き着いたのです。

もちろん、それまでにも無垢のちゃぶ台を製作することは何度もありますから、まさにちゃぶ台は得意分野でした。
インターネットで物を売るのが難しい時代から、インターネットで物を買うのが当たり前の時代になり
芽生のちゃぶ台も少しずつラインナップを増やし、小さな工場ですが、自社工場、自社生産だからこそできるお客様への気配り、一つ一つのちゃぶ台を職人の目で見て、手で触れながら仕上げていくこと。それを忘れずに日々、ちゃぶ台づくりに取り組んでいます。

 

思えば、家具工房芽生ができるまでに30年余り、今までがむしゃらに家具一筋に生きてきました。 気がつけば、60代もあと僅か。幸い若い後継者も育ちつつあります。

あと数年でバトンを渡す時が来ると思います。
その日が来るまで、家具の塗装職人として人生を全うしていこうと思います。

最後に、ここにたどり着くまでに本当に沢山の方々に助けていただき、ただただ『感謝』

松永四郎
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