ブラックトーン1892年の作品
モリスの好んだブラックトーン(リンボク類)の花やスミレがデザインされています。
自然の樹木や草木をモチーフとしたテキスタイルデザインが多くのファンを魅了しています。
ワイルドローズ1883年のの作品
ワイルドローズ1883年の作品(サンプル原画)
イギリス国花であるバラをモリスは数多く描いています。                 
英国人デザイナー、思想家、詩人であり、近代デザイン史上に大きな影響を与えたウィリアムモリス。クラシカル・テキスタイル、壁紙デザインの第一人者です。
「芸術と仕事、日常生活の統合」という理念を掲げ、仲間と起こしたモリス・マーシャル・フォークナー商会。その後モリス商会を設立して、インテリア生地や壁紙、書籍を数多く作り出しました。後の1888年には彼らのこれらの運動を「アーツ&クラフツ運動」と呼ばれるようになりました。
モリスの活動の中でひときわ目を引くのが、バラ・ユリ・チューリップ・柳などの植物をモチーフにした壁紙デザインや、
ウィリアム・モリス
William Morris
(1834〜1896)
カーテン、シェード、クッションなどの生地デザインです。一世紀以上たった今日でも根強い人気を保ち続けています。
またモリスの娘、メイ・モリスは「ハニーサックル」というテキスタイルデザインを、モリスの後継者となるディールも多数のテキスタイルデザイン、壁紙を残しています。
“If I can(もし私にできるなら)”をモットーに身の回りにあるもの、自分でデザインできるものは全てデザインしたモリス。素晴らしい才能の裏には癇癪(かんしゃく)持ちでお酒好きの大食漢という素顔がありました。世界中の多くのファンを魅了してやまないモリスの描いた芸術的絵画のようなファブリック&壁紙デザインをご紹介していきます。

クレイ : 1884年の作品
人気のアーツ&クラフツの古典柄。生地をシェードに縫製加工しています。
トレリス1864年の作品
モリスの最初の壁紙デザイン。新婚の家レッドハウスのバラの格子垣からインスピレーションされた作品です。
アンカサススクロール1874年の作品
モリスによるデザイン原画。
ブラックトーン1892年の作品
モリスの好んだブラックトーン(リンボク類)の花やスミレがデザインされている。
自然の樹木や草木をモチーフとしたテキスタイルデザインが多くのファンを魅了しています。
※モリス作品が発表年ごとに商品ページにリンクされていますのでご覧ください。
1834年3月24日、富裕な家庭の長男としてロンドン郊外ウォルサムストウ、クレイヒルのエルム・ハウスにてウィリアムモリス生誕。
1848年ウォルサムストウのウォーターハウスへ転居。この家は現在、ウィリアムモリス・ギャラリーとなっています。モリスは、モールブラ私立校の寄宿舎へ送られるが、学内騒動が起こり自主退学。
1852年聖職者を志し、オックスフォード大学に入学する。ここで、生涯の友となるエドワード・バーンジョーンズに出会う。
1855年バーンジョーンズとベルギー、フランスなどの海外旅行。ジョン・ラスキンの影響を受け共に芸術家になることを志す。
1856年大学を去り、オックスフォードの建築家に弟子入り。この時、建築事務所で弟子頭をしていたフィリップ・ウェッブと出会う。先にロンドンへ出ていたバーン・ジョーンズはダンテ・ガブリエル・ロセッティに弟子入り。モリスもここでロセッティに出会い、画家を志す。
1857年モリスは、ロセッティの呼びかけによりオックスフォードの学生会館のフレスコ画『アーサー王の死』の製作に参加。この時ロセッティがモデルとして連れていたジェーン・バーデンと出会う。
1859年その後モリスは、ジェーン・バーデンと結婚。
1860年フィリップ・ウェップ設計、モリスの内装によるモリスの家を新築。赤レンガを使った“世界で最も美しい家”レッドハウスと呼ばれた。
1861年レッドハウス製作をきっかけにモリス・マーシャル・フォークナー商会を設立。長女ジェニイ誕生。
1862年次女メイ誕生。第二回ロンドン万博に出展し、“If I can(もし私にできるなら)”の刺繍の壁掛けがアルバート公の目にとまり、金賞受賞。
1864年モリス・マーシャル・フォークナー商会がうまくいかず通勤の疲れもあり、リューマチ熱になる。最初のファブリック&壁紙<『Trellis トレリス』を発表。
続いて『Daisy デイジー』『Fruit フルーツ』を発表。
1865年レッドハウスを売却。
1867年ヴィクトリア&アルバート美術館(当時は博物館)の一級食堂グリーンダイニングルームを任される。
1868年物語詩「地上の楽園」第一巻出版。
1870年「地上の楽園」最終巻により、モリスの詩人の評価が不動のものとなる。
1871年別荘となるケルムスコット・マナーを画家のロセッティと共同で借りる。
1872年モリス一家はロンドン西部のホリントン・ハウスへ転居。
1873年ファブリック&壁紙『Vine ヴァイン』を発表。
1874年ファブリック&壁紙『Acanthus scroll アカンサススクロール』を発表。
ロセッティがケルムスコット・マナーの共同借家権を放棄。
1875年モリス・マーシャル・フォークナー商会を解散、単独のモリス商会設立。
染色職人につき染色の研究を始める。
1876年ファブリック&壁紙『Honeysuckle&Tulip ハニーサックル&チューリップ』などを発表。
1877年モリス商会のショールームをオックスフォードストリートに開店。
ファブリック&壁紙『Chrysanthemum クリサンテイマム』を発表。
1878年ロンドン西部ハマースミスのテムズ川沿いに転居。
ケルムスコット・マナーにちなみケルムスコット・ハウスと命名。寝室に織機を置き、タペストリーを織り始める。
1879年ファブリック&壁紙『Acorn エーコン』を発表。
1882年ロセッティ54歳で死去。
ファブリック&壁紙『Brer Rabbitブレアラビット』『Bird&Anemone バード&アネモネ』などを発表。
1883年ファブリック&壁紙『Windrush ウインドラッシュ』『Corncockle コーンコクル』、『Wild Rose ワイルドローズ』を発表。
ファブリック『Honeysuckle ハニーサックル』モリスの下の娘(メイ・モリス)がデザイン、発表。
1884年社会民主連盟の機関誌ジャスティス創刊。執筆と資金援助を行い、自ら街頭でこれを販売。 ファブリック&壁紙『Cray クレイ』を発表。
1885年社会主義同盟を結成、モリスを編集長として同盟の機関誌コモンウィールを発行。
次女メイ・モリス、商会の刺繍部門の監督となる。
1887年ファブリック&壁紙『Willow Boughs ウイローボウ』を発表。
1888年ファブリック&壁紙『Iris アイリス』をディール(モリスの後継者)がデザイン、発表。
1890年ケルムスコット・プレス設立準備の為、活字デザインに熱中。
1891年ケルムスコット・プレスを発足。モリスは糖尿病になる。
1892年ファブリック&壁紙『Blackthorn ブラックトーン』をディール(モリスの後継者)がデザイン、発表。
1895年ファブリック『Compton コンプトン』をディール(モリスの後継者)がデザイン、発表。
1896年10月3日ケルムスコット・ハウスにてウィリアムモリス没。
1912年ファブリック&壁紙『Michaelmas Daisy ミカエルマスデイジー』をディール(モリスの後継者)がデザイン、発表。
1913年ファブリック&壁紙『Arbutus アービュータス』をカーズィー(モリス商会のデザインスタジオの一員)がデザイン、発表。