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Profile

黒木隆一郎

1988年入社。ソフトウエア技術者として、デジタルギターアンプDGシリーズやストンプシリーズ、ベースアンプBBT シリーズのソフトウエアの開発に携わった。2007年よりエレクトリックアコースティックギター関係の要素技術開発に携わり、SRT技術の開発へとつながる。

——最初にSRTのコンセプトを簡単に説明してもらえますか。

「SRT」とはStudio Response Technologyの略で、レコーディングスタジオで録音したアコースティックギターの音を、エレクトリックアコースティックギターで実現するピックアップ+プリアンプのシステムです。アコースティックギターの音は、弦が振動→胴が振動→空気が振動と広がっていきますが、通常のエレアコでは弦が振動→ピックアップで電気信号に変換し電気で増幅、という仕組みになっていて、本来のアコースティックギターの音と比べると胴鳴りの部分やギターから人の耳に音が届くまでの空気を震わせる響き、「空気感」が少ないという問題がありました。その空気感をエレクトリックアコースティックギターで再現するための生まれたのがSRTです。仕組みや機能の詳しい紹介はSRTのホームページで紹介していますので、ぜひご覧ください。

——どんなきっかけでこの技術が生まれたのですか?

社内の研究所の人と全く別の「ハウリングキャンセラー」という技術について話していて、たまたま思いついてしまったんですね(笑)。これって、逆に考えればこういうことができるんじゃないか、っていう話になって。で、やってみたらできました(笑)。 具体的に言うと、通常ハウリングを除去するための技術を逆に使うんです。その技術を用いて空間の特性を推定して、ピックアップからの音に推定した空間の響きの成分を加えて出力する、というものです。SRTではこの空間はレコーディングスタジオとマイキング、イコライジングまでを含むものになります。具体的にどうやったか、というとレコーディングスタジオでアコースティックギターをレコーディングエンジニアに録音してもらいます。その時、別のトラックにギターのピックアップからのダイレクト音も録音しておき、その二つの波形を比較解析する事で録音された音を再現しています。

——ということは、ギターをいい音でレコーディングすることが重要になりますね。

そうなんですよ!最初は自分たちでマイクを立てて録音してみたんですが、モコモコしたりで、なかなかCDで聴くアコースティックギターの音にならないんです。そこで「餅は餅屋」ということで、まず東京のレコーディングスタジオでエンジニアに録音してもらった。そうしたらシャラーンといい音なんです。さすがだと。じゃあ次はナッシュビル、そしてロサンゼルスと海外にもレコーディングに行って。どのスタジオでもいいギターの音が録れ、しかもそれぞれの音の個性がありました。楽器作りにも匠があるなら、レコーディングにも匠があるんだなと。これには本当に感心しましたね。その後は録音したデータの解析作業になりました。これがまた大変で、最初は1つのデータのプロセッシングにパワフルなパソコンで計算させて2ヶ月位かかったりしました。今はノウハウが蓄積したのでもっと短時間で行えるようになりましたが、最初の頃は力業でしたね。

——レコーディングエンジニアのマイキングの技術は凄いですか?

もの凄い技術です。マイクそのものだけとっても、保管状態のいいヴィンテージマイクや、独自の改良を重ねたマイクがスタジオごとにあるし、そのマイクの個性を良く知っていて適材適所で使い分ける。録音の時にギターを弾く位置も、エンジニアがスタジオ内を歩き、空中を見つめながら探っていきます。ギタリストが弾きはじめてからもマイクをほんの数ミリ動かす、ほんのわずか角度を変える、そんな微調整でガラリと音が変わる。まさに職人芸ですね。楽器にも匠があるけど、同じようにCDを録音するのにも匠があるんですよ。おかげで最近CDでアコースティックギターの音を聴くと「これはラインを混ぜてるな」とかそういうことばかり気になってしまいます。職業病でしょうか(笑)

——SRTのギターを演奏したギタリストの感想はいかがですか。

音があまりに生っぽいので、たいていみんなひっくり返って驚きます。ナッシュビルで評価した時は、自分が一番気に入っているギターを持ってきてもらってまず弾いてもらいました。「このギターは何年もので、ピックアップが何々で…」と、ギタリストにもそれぞれこだわりがあって、滔々と話すわけです。でもその後SRT を弾くと、もう持ってきたギターは弾かなくなっちゃうんですよね(笑)。やっぱりSRT はエレアコでなく生ギターの音がするんです。日本人ギタリストでは、小倉博和さんには、かなり初期の段階から弾いてもらっていました。小倉さんはDGアンプの頃からお付き合いがあって、新しいものを開発していると言うと、いつも「早く弾かせろ!」って急かされて、試作品もすぐに本番でも使ってくれたり、そのたびに宿題ももらったり(笑)。今回のSRTも何度も試奏してもらって、最終的には「新しい窓が開いた」というお褒めをいただきました。それからDIMENSIONの増崎孝司さんにも弾いてもらって「楽器の生音とラインの音があまりにも違う楽器が多いアコギの世界で、革新的な存在」という感想をもらいました。日本国内だけでなく、海外の有名アーティストでもSRTの音を気に入って実際に使ってくれている方がかなりいると聞いています。

——ところで黒木さんは、どんなギター遍歴を?

最初はGS。ジュリー最高と思ってました。その後、中学生になってヤマハのFG251を買ってもらって南こうせつさんにハマって、高校に入ったらサイモン&ガーファンクルに行って。ここからは洋楽ですけど、いつもリアルタイムの音楽じゃなくて、わりと回顧系なんですよね。時代を追いかけるタイプでした(笑)。その後はビートルズ。『レボリューション』のファズの音に憧れましたね。
そしてこれまた古くてザ・フー。風車ギターですよ。その後はプログレに行ってしまいました。で、ヤマハに入ったらギターを弾く人は多いわ、みんな上手いわってことで、ベースに走りました。
ベーシストのほうが需要が多いのでバンドを組みやすいかなって。それでイエスやラッシュ、さらにドリーム・シアターなんかを演ってました。ドリーム・シアターは4弦ベースじゃできないので6弦ベースへ移行。現在はヤマハのTRBの6弦を愛用してます。あと最近はTOTOをやりました。TOTOのベースって難しくないけど難しいんですよね。なぜかそれでも6弦ベース。あとは家で僕がギター弾いて、中学生の娘がピアノと歌で、いきものがかりごっこをしたりとか。そういう時にギターを長時間弾いていても指が痛くならないので、ああ、この仕事やっていてよかったなと(笑)。

——音楽以外にはどんなご趣味をお持ちですか?

基本的に多趣味人間です。いろんな事に手を出しては続いたり続かなかったり。今のところ続いてるのがテニスだったりバイクだったり。でもやっぱり一番は音楽ですね。

——最後に、楽器作りで目指していることを教えてください。

「プレーヤーの人に喜んでもらって気持ちよく弾いてもらう」ということです。これはギターアンプの基礎研究をしている頃に、いっしょにアーティストの人のところをまわってくれた先輩が言った言葉なんですけど。プレーヤーというのはプロのアーティストだけではなくヤマハの楽器を弾いてくれる全ての人という意味として、今では僕の座右の銘になっています。

Artist's Comment

小倉博和

ヤマハエレクトリックアコースティックギターに搭載されている新システム「SRT(スタジオ・レスポンス・テクノロジー)」は、スパッと言っちゃうと、新しい窓が開いたよう。「ブレンド」という機能でピックアップワイプにしていくと、ギターのサウンドホール前に置いたマイクで音を拾っているサウンドになっていく。このサウンドは良いギターを良いマイクで良いエンジニアが良いスタジオで録った音ですね。(笑)
そもそも基本の楽器の音がバランスとれていないと、いい良い結果が出ないわけで、「まずは楽器ありき」ということですね。そこがまた面白い。これまでも、弦振動をピエゾピックアップで拾い、モデリングなどでアコースティックの音を出す発想はありましたが、SRT新システムは、「ちゃんとした良いギター」という基本形があったうえで、それをひとつの答えに導こう、ということなんです。このギターの生音は、エンジニアの評判もすごく良い。一番言われるのがいい意味で「クセがない」。どんなサウンドの中でも居場所が自然。そういう意味で、基本がちゃんとしているんですね。
開発時、(ヤマハ担当者と)話している時に「『AG-Stomp』がギターに入ってたらいいな」と話をしていたんですが、出て来たアイデアはそれ所じゃなく、いろんな新しい発想が入っていたんです。だからもう興味津々で、電話しては「まだ出来ないの?」と催促していたら(笑)、『LJX26CP』『CPX1200』『APX1200』の3本の試作完成品を弾かせてくれました。APX1200は、小ぶりなボディなのにふくよかなアンビエンスがありスタジオのサウンド、レゾナンス、響き…空気感ですね。空気っていうのがちゃん入っている。スタジオで鳴らすとローがふくよかになるんですね。あのボディの個性、それプラス、スタジオの鳴りも加わって、ラウドに。その新しい質感が好きですね。
あと、モデリングとかシミュレーションのものって、弱く弾いた小さな音が弱点だったりするんですけど、このギターはそこも、とても自然ですね。これからライブなどでも使っていけば、この楽器でプレイの幅が広がっていきそうです。

増崎孝司

SRT は革新的。強弱のニュアンスも完璧につけられます。
このアコースティックの最大の魅力は手にしたイメージとアウトプットされた音のイメージが同じであること。楽器本体の生の音とライン出力の音があまりにも違う楽器が多いアコギの世界で、革新的な存在ですね。安心して弾けるし強弱のニュアンスも完璧につけられる・・・今までのアコギに対するストレスが見事に払拭されています! SRT は僕にとってサウンドプリセット。使う場所(スタジオやコンサート会場、自宅でのデモ作り・・)によって楽器の特性を犠牲にする事なくそれぞれにマッチしたトーンを得られる素晴らしいツールですね! それこそ独奏、デュオでの伴奏、バンドetcとどこでも「ナチュラルなアコースティック・サウンド」を手に入れる事が出来ます!アコギを手にする機会が今まで以上に多くなりそうな予感・・そんな素晴らしい楽器です。