Homero Ortega(オメロ オルテガ)

Homero Ortega (オメロ オルテガ)

パナマハットの原産地・エクアドルの中でも、高級パナマハットの代名詞として世界に名を轟かせるHomero Ortega(オメロ オルテガ)。ここでは、Homero Ortega(オメロ オルテガ)のブランドヒストリーやミッション、パナマハットについて詳しくをご紹介いたします。

目次


Homero Ortega (オメロ オルテガ)ブランド紹介

Homero Ortega (オメロ オルテガ) とは

Homero Ortega (オメロ オルテガ) の歴史

創設者 Homero Ortega(オメロ オルテガ)氏

創設者 Homero Ortega(オメロ オルテガ)氏。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)社は、パナマハットの原産地・エクアドルにあり、パナマハットの普及と地位向上に世界的に貢献し続けているパナマハットメーカーです。

創設者であるHomero Ortega(オメロ オルテガ)氏は、5世代に渡ってパナマハット制作に従事しているオルテガ一族に生まれ、幼い頃より父から技術の手ほどきを受けていました。

エル・カヤスの山岳地方を越えグアヤキル港へ――徒歩での外商からはじまったHomero Ortega(オメロ オルテガ)社は、現在では5大陸へパナマハットを輸出し続けて40年、世界的にその名を轟かせるパナマハットの高級ブランドとして発展を遂げるに至りました。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のブランドロゴマーク

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のブランドロゴマーク。

そして、パナマハット業界でのリーダーシップを発揮し、最も要求の厳しい国際市場の中、高品質の製品を提供し続けています。

長い歴史に培われた高い技術と豊かな自然に育まれた高品質な素材が融合するHomero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットは、エクアドルの人々の文化的財産としても、国内外で高い評価を得ています。

世界中のセレブ達に愛されるHomero Ortega(オメロ オルテガ)

Homero Ortegaを被った著名人たちの写真が並ぶ

Homero Ortegaを被った著名人たちの写真が並ぶ。

エクアドルを訪れた数々の著名人、ハリウッドスター達が、Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットに魅了されています。
エクアドルのショールームでは、Homero Ortegaを被った著名人たちの写真をご覧いただく事ができます。

Homero Ortega (オメロ オルテガ) の使命

現地職人によるパナマハット制作の様子

現地職人によるパナマハット制作の様子。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)社は、パナマハットの製造を通じ、エクアドルの社会経済発展と職人技術の向上を目指しています。
また、環境保全を心がけ、制作には非生分解性のものは使用しておりません。

THE MAGIC OF THE HAT(帽子の魔法)博物館

THE MAGIC OF THE HAT(帽子の魔法)博物館
THE MAGIC OF THE HAT博物館 館内展示

THE MAGIC OF THE HAT博物館 館内展示。

70年代、Homero Ortega(オメロ オルテガ)社は、パナマハットに込められた文化的価値と、その文化を伝承し普及させる重要性を感じました。

そのミッションの元、2008年、Homero Ortega(オメロ オルテガ)社は「THE MAGIC OF THE HAT(帽子の魔法)」博物館プロジェクトを発足。

館内でパナマハットの制作過程や歴史の展示を開始し、訪れる国内外の人々に、パナマハットを通じてエクアドルの文化を伝え続けています。

パナマハットを通じてエクアドルの文化を学ぶ事ができる

パナマハットを通じてエクアドルの文化を学ぶ事ができる。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)社は、エクアドルの人々と海外の人々がパナマハットの“魔法”を共有することで、グローバル化が加速する世界情勢においても、エクアドル固有の文化と誇りが輝き続ける事を願っています。

その為、パナマハットの技術を通じて文化や祖先の知識を伝承し、将来世代に託していく活動を遂行しています。

エクアドルの人々が持つアイデンティティは、パナマハットに秘められた文化――「THE MAGIC OF THE HAT(帽子の魔法)」が継承される限り、続いてゆく事でしょう。

「THE MAGIC OF THE HAT(帽子の魔法)」博物館は、ICOM(※)エクアドルおよびICOMパリのメンバーです。
※ICOM…ユネスコと協力関係をもつ国際博物館会議。


Homero Ortega (オメロ オルテガ)のグレード・クオリティについて

Homero Ortega (オメロ オルテガ)のグレード・クオリティについて

パナマハットのグレードとは

パナマハット

1インチ(2.54cm)四方の計測器

パナマハットのグレードとは、編み目の細かさを数値で表したものです。

パナマハットのグレードに統一した基準はありませんが、グレードの表記は一般的に数字で表され、1インチ四方の中でどれだけ繊維数があるかで決定します。基本的には、編み目が細く均一になってゆくにつれ、グレードが高くなると言えます。

ただしトキヤ草(パナマ草)の繊維は、人によって選別されるため、グレードにばらつきがあることもございます。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットは高品質ですので、グレードの低いもの(2-3)でも、土産物屋等で販売しているパナマハットより品質が良く、4-5で既に高級感のある仕上がりに見えます。10-11を超えると、紙のように薄くて軽く、且つ革のようにしっかりとした高級パナマハットとなります。

カジュアルなパナマハットや入門編としてのパナマハットをお探しならグレードが2〜5、高級感・上品さ・格調等をご希望なら6以上のパナマハットをお選びいただくと良いかと思われます。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハット、グレード例
2-3 4-5 5-6 6-7 7-8 8-9 9-10 10-11

パナマハットのクオリティとは

パナマハット

一見「品質」の順位を表すような言葉ですが、Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットにおいては、どちらかと言うと「編み方の種類」を表しています。

(※厳密に言えば、グレードが19以上のものでなければExtrafinoを名乗れない…等の規定があり、品質と全く無関係という訳ではありませんが、基本的にグレードの数値が高いものほど高品質となりますので、グレードを目安にご判断いただいた方が品質は分かりやすいかと思われます。)

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハット、クオリティ(編み方)例

Liano(リャノ):網代編み
Liano(リャノ):網代編み

ヨコ材を、2本づつタテ材を越えさせたり、滑らせたりして編み上げる手法。目が詰まった美しい光沢と、しなやかな感触が魅力。エクアドルで最高級とされるパナマハットは、この網代編みで作られています。

Brisa(ブリーサ):石目編み
Brisa(ブリーサ):石目編み

素材を1本ずつ交差させる編み方。網代編みのパナマハットと比較して、やや編み目が大きく、質感豊かな外観。目の詰まりがそれほどきつくないので、風通しがよく軽快な被り心地が特徴です。

Medio Punto(メディオプント):かぎ針編み
Medio Punto(メディオプント):かぎ針編み

太めの素材をかぎ針で編み上げる手法。夏の帽子らしい表情豊かな質感が特徴です。ざっくりとした編み目なので、カジュアルな雰囲気に仕上がります。ずっしりとした重量感があります。

Torcido(トルスィド):より合わせ編み
Torcido(トルスィド):より合わせ編み

素材をより合わせながら石目編みを施す手法。石目編みよりもざっくりと編みこまれ、涼しげな雰囲気に仕上がります。素材をよっているため、ハリのある手触りで重量感があるのが特徴です。


Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットができるまで

パナマハットができるまで

伝統的であり本格的なパナマハットは、熟練の職人により数々の工程を経て完成に至ります。ここでは、パナマハットができるまでをご紹介いたします。

パナマハットの歴史

エクアドルの街中

エクアドルの街中では現地の人々がパナマハットを日常的に被っている。

パナマハットは、パナマと名が付きますが、エクアドルが起源の帽子です。

パナマハットの歴史は数世紀前までに遡り、赤道付近に住むエクアドルの人々が被っていた、トキヤ草によって編まれた帽子に端を発します。

16世紀に入ると、スペイン人が現在のエクアドルに上陸。やがてスペイン支配下の元、現地の帽子とスペイン文化が融合し、現在のような形のパナマハットに進化していきます。

パナマハットの販売店

街中にはパナマハットの販売店もよく見かける。

赤道の日差しを避けるため、入植者たちの間でパナマハットの需要は伸び続け、大規模生産が行われるようになっていきました。

20世紀に入り、アメリカのセオドア・ルーズベルト大統領がパナマ運河訪問時にこの帽子を着用。以来「パナマハット」の名で世界中に知れ渡る事となりました。

1900年にはパリの展覧会にてデビューを飾り、いよいよパナマハットは夏のファッションアイテムとして、本格的に世界中で愛用される事となります。

パナマハットの原料

トキヤ草の栽培・採取風景

パナマハットの素材となるトキヤ草の栽培・採取風景。

パナマハットは、トキヤ草の葉を細く裂いた紐で編んで作られます。
トキヤ草が用いられた伝統的なパナマハットは「本パナマ」と呼ばれ、他の草とは別格として区別されています。

トキヤ草はエクアドル発祥の植物であり、扇形に開いたユニークな葉をしています。800m級の山に開墾された農場で大切に栽培され、柔らかい草の内側のみが原料として使用されます。

トキヤ草の葉を細く裂いた紐

トキヤ草の葉を細く裂いた紐がパナマハットの原料になる。

内側のみを裂いて束にしたトキヤ草は、大鍋で茹でられ、吊るされて乾燥を待ちます。
大鍋で茹でる作業は重労働、乾燥も自然の力のみです。

Homero Ortega(オメロ オルテガ)のパナマハットは、全てが職人による手作業であり、加工に非生分解性のものは一切使用されません。

パナマハットの編み込み

パナマハット

パナマハットは一つ一つ丁寧に手作業で編み込んでいく。

トキヤ草の乾燥を待って、編み込みが行われます。

トキヤ草は均等な素材ではない為、機械で編む事ができません。帽子製作は、全て職人の手作業で行われます。
素材が細く、本数が多くなる程グレードも高くなります。密度も細かくなり、耐久性も上がります。

グレードの高いパナマハットは、細いトキヤ草を非常に細かく均一に編み込むため、熟練の職人でなくては作れません。
1つ仕上がるまでに何ヶ月もの時間を要しますが、仕上がりはまるで布や皮のように滑らかで美しいものになります。

パナマハットの漬け込み・成形

液は環境に配慮したものが使用される

液は環境に配慮したものが使用される。

編み上げられたパナマハットは、大鍋で脱色、または染色されます。
ホワイトのパナマハットを作るためには、硫黄を含んだ液で数日かけて脱色されます。
染色は、繊維の段階で行われる場合もあります。

手作業による形の最終調整

手作業による形の最終調整。

脱色・染色の後、天日干しが終わると、最後に成形が行われます。型にはめ、手作業で形を調正していきます。

最後に、ベルトやリボン等の装飾品を付けて完成です。

パナマハットの完成

パナマハット

グレードの高いパナマハットはまさに一生ものの品質。

数々の手作業での工程を経て、ようやくパナマハットの完成です。

エクアドルに伝わる本場の職人技は、まさに芸術品と言っても過言ではないパナマハットを生みだします。ぜひご自身の目で、その品質をお確かめください。


パナマハットの街、クエンカ

パナマハットの街、クエンカ

パナマハットとは、パナマソウ又はトキヤ草とも呼ばれる葉を細かく裂いた紐で作られる帽子です。この帽子の原産地はエクアドル。なかでも中南部のクエンカという都市が有名です。パナマハットの製造はこの町を支える重要な産業のひとつです。

古都、クエンカについて

クエンカ

歴史地区としてユネスコの世界遺産にも登録されているクエンカ。

クエンカは、エクアドル中南部の都市。アンデス山脈中の谷に位置していて、15度前後と涼しく、標高は約2,500m、険しい崖の上にあります。

この地形は二つの川の流れが長い時間をかけて創り出したものです。

中世には天然の地形を生かした上で、城壁をつくり、強固な城塞都市として防御力を誇りました。

丸石で舗装した道路や、塔のある教会など、植民地時代の建造物や街並みが多く残っています。そうした歴史あるものが状態よく保存されているため、クエンカは歴史地区として、ユネスコの世界遺産に登録されています。

エクアドルの歴史

クエンカ

エクアドルとスペインの文化が混じり合う美しい街の風景。

パナマハットの生まれた国、エクアドル。

この国では、15世紀半ばにインカ帝国が急速に拡大しました。同じく15世紀にはスペイン人が上陸。皇位継承権争いなどにゆれていたインカ帝国は、スペインのフランシスコ・ピサロに攻められ、滅びることとなります。

スペインによる征服がはじまると、植民地化による疫病や、ミタ制による酷使により、インディオ人口は大きく減少します。

1810年代からコロンビア共和国と現在のアルゼンチンであるリオ・デ・ラ・プラタ連合州が主体となって、南米大陸各各地の解放が進みました。北のベネスエラ、南のリオ・デ・ラ・プラタ連合州から解放軍がエクアドルに迫り、各都市は独立を宣言します。

クエンカ

歴史を感じさせるクエンカの街並み。

1822年の戦いで、ついにスペイン軍は破られ、現在のエクアドルとなっている地域が解放されました。

解放されたエクアドルは、コロンビアの一部となりますが、1830年にコロンビアからの独立を宣言。こうして、エクアドルは誕生しました。クエンカにはこの時代の建造物が多く残されています。

クエンカの人々とパナマハット

パナマハットをかぶり買い物をする人々

パナマハットをかぶり買い物をする人々。

歴史が残る街、クエンカ。その重要な産業の一つとなっているのが、パナマハットの製造です。

クエンカやその周辺の町では、本業であったり、副収入のためであったりと違いはありますが、多くの人々が帽子づくりに携わっています。

パナマハット作りは、人々の生活の一部となっています。

トキヤ草で編まれたパナマハット

トキヤ草で編まれたパナマハット。

パナマハットは、あらゆる情景のなかで編まれています。

材料となるトキヤ草をもって歩きながら、家族のように話しながら、果物を売りながら・・・。
ゆったりとした生活の中で、楽しみながら仕事をする。そんな人々によってパナマハットは作られています。

こうして編まれたものは、熟練の職人の手に渡り、仕上げられていきます。