地球上にいるかぎりは、もちろん重力から逃げられるわけがありません。立っていても、座っていても、寝ていても、誰もが自分の重さを支え続けているのです。 ・・・とすると、もうおわかりですよね?日中ほとんどの時間私たちの体重を支えているのは足、立っているとき、歩いているとき、走っているとき、私たちの2本の足には体重という負荷が掛かりつづけているわけです。 それじゃ座り続けていれば・・・、寝続けていればいいのか?というと、そんなことはなくて、人間はやっぱり立って歩くことで健康を維持しているのです。

  それでは歩行でどれくらいの負荷が足にかかっているのか?たとえば体重50kgの人で考えます。1日の日本人の平均歩数は、2014年の厚生労働省の調査で約7,000歩。 1歩あたりの衝撃は歩行時で体重の約1.2倍と言われますので、この方の場合1歩あたり60kg、つまり1日に合計420トンほどの衝撃が足に加わることになります。420トン・・・アフリカ象50頭分・・・スゴイです。

  地球では人間だけが直立2足歩行。ちなみに鳥類は2足歩行ですが直立ではありません。確かに人間の足への負担は他の動物に比べ増えましたが、だからこそ器用な手を別の用途に使え、これだけ文明が発展したわけです。 つまりこう言い換えれませんか?「人類が発展したのは、2本の足が重力の負担を請け負ってくれたから。」そして、進化の過程でどんどん重くなっていく脳みその重さも全部引き受けてくれました。

  重力の影響は歩行の衝撃だけではありません。重力のせいで人間の足の大きさは朝と夜で違うのですが、それは体内の血液が徐々に落ちて足側に溜まり浮腫んでしまうから。 これを防ぐには十分な量の歩行をすることが必要です。一日中座り続けていても、寝続けていても駄目で、代謝を上げるためにも歩くのが一番なのです。たとえば宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士だって、無重力の中で歩行エクササイズしてますよね。



  「歩く」ことが健康にはとても大事!歩くことで足はもちろん疲れるんですが、同時に足は解放されているのです。
  そして歩くことで体全体の代謝量を上げ、筋力をつけることで基礎代謝(呼吸や脈拍などで自然に体内の脂肪を燃やしエネルギーを消費すること)も上げることができます。 日常生活で一番かんたんに取り組める運動が「歩く」ことです。でも、誰でも知っているはずの「歩く」という行為、これが正しい歩き方でないと逆効果になることもあるんです。



  「最近土の上を歩きましたか?」 朝起きて夜寝るまで一度も土の上を歩いていない・・・なんて、もはや普通です。でも、無自覚に過ごしていますよね。 「それっていけないことなの?」・・・いえいえ、そういうわけではありませんが、ちょっと固すぎるのが難点なんです。例えばコンクリート舗装の強度は21(N/mm2)程度、アスファルト舗装では3(N/mm2)なのでコンクリートはアスファルトの7倍固いことになります。 そしてアスファルトだって、土や芝生と比べたらとても固いのです。

  路面の固さが影響するスポーツといえば長距離を走るマラソン。ただし競技ではスピードが求められるので、グリップの良いアスファルトが好まれるようです。対してコンクリートは足への衝撃が非常に大きく、 走り方によっては足を痛める危険が高いそうです。  スピードを求める必要がないウォーキングでは、当然足への衝撃が少ない土や芝生の上が一番ですが、現在日本の道路の舗装率は一般国道で99%、どうしても舗装路の上を歩かざるをえません。

  アスファルトのもう一つの難点が熱。比熱が大きく太陽熱をため込みやすいためアスファルト舗装は夏場で50℃から60℃くらいまで温度が上がります。 逆に冬場は外気温に合わせて5℃程度まで下がり、シューズの中にこの温度変化が伝わることで足にダメージを与えます。



  フットウェアの歴史はたかだか5,000年程度、人類の進化で言ったらつい最近の話です。人類が直立2足歩行を始めたのが200〜400万年前ですから、言ってみればついこの間まで裸足で草原を走っていたのです。それから靴を履くようになって、急激に道路の舗装率が上がったのがつい最近のこと。 日本では20世紀に入ってから舗装を始めて100年ほどで一般国道の99%(一般道路全体の80%ほど)を舗装してしまいました。つまり人間の足はまだ固い地面に全然慣れていないんです。



  それはもちろん人間ですから、皆さん常識やルールに囲まれて生活しています。履きたくない窮屈な靴を履かなければならない時もあります。 疲れて座りたくても、立ち続けなければならない時もあります。逆に立ち上がって気分転換に出たくても、PCの前で座り続けていなければならない時もあります。 ずっと正座で座り続けなければならない時だって、日本人ならきっとあると思います。社会生活を営んでいれば当然掛かるストレス、私たちの足もそのストレスと戦っているのです。

  販売や看護など立ち仕事を長く続けて、足にトラブルを抱えてしまう方は多いと思います。よく「立ち仕事は慣れだ」・・・なんて言います。 たしかに慣れればつらくはなくなってきますが、だからと言って足に負荷が掛からなくなったわけではありません。常に重力に逆らって体重を支え続けているのですから、精神的につらさに慣れてしまうだけで、確実に足はダメージを負っているのです。

  そして座りっぱなしの仕事が決して楽なわけではありません。立ち仕事に比べて疲労は減りますが、今度は動かないことがストレスになっていきます。人間の体は特に歩くことで凝り固まった筋肉や血流を解放しているのです。 それに座りっぱなしでは代謝が不足して、エネルギー消費量が少なくなってしまいます。つまり体重が増加しがちになり、さらに足への負担を増やす可能性があります。



  足のことだけ考えれば正しい靴を正しく履いて、正しい運動を適量おこなえればそれが良いのですが、毎日そんなこと出来るわけがありません。特に立ち仕事の女性の場合、ヒールのある窮屈な靴を長時間履く必要がありますし、男性に比べて筋力が少ないぶんさらに深いダメージを負うこともあります。仕事を終えて自宅でハイヒールを脱いだら頭痛に襲われたなんて、「ヒールストライク」の症状に心当たりがある方はいるんじゃないでしょうか? 生活の中で加わる足へのストレスは生活環境を変えない限り簡単に減らせません。そして、だからこそオフタイムの足への労わり方が重要になってくるのです。



  ハイヒールの歴史は17世紀ごろヨーロッパから。最初は衛生環境の悪かった都市部で、道に落ちている汚物を踏まないように接地面積の狭いハイヒールが開発されたようです。 つまり男女問わずに履く機能性シューズ。その後主に女性用の履物となり、20世紀に入って女性のファッションの変化に応じてその形を変えていきます。 それまで足元まで覆っていたドレスの裾が短くなって、足が良く見えるようになります。そこで足元を美しく見せるため、ハイヒールはよりエレガントな形を目ざして変わっていったのです。

  ちなみにハイヒールと言えば思い出す「シンデレラ」のガラスの靴。実は世界各地の原版「灰かぶり」の話ではこれが木靴だったり、サンダルだったりします。 日本で人気のシンデレラ、シャルル・ペロー版「サンドリヨン」でガラスの靴がはじめて登場しますが、ペローはちょうど17世紀に活躍したフランスの詩人。そのころパリに登場した流行りのハイヒールを、すぐ物語に使ってみた…ということでしょうか。

  ハイヒールの造形は曲線を基調とし、女性の足と一体となってさらに美しく見せる絶妙なカーブと華奢なヒールで作られます。20世紀以降は鋼など細くて丈夫な素材が生まれたことで、ピンヒールなどさらに華奢さとヒールの高さがエスカレートしました。 つまり、すべては美しさのためにデザインされた靴で、履く人の健康などは設計思想に入っていないのです。(中国の纏足はその極端な例です。西洋でもバレエシューズなど小さく見える足を「良し」とする歴史が長く続きました。)



  ファッションは大事、見た目はもちろんとっても大事。僕はすべてのハイヒールや、ファッション性の高い靴を否定するわけでは決してありません。でも、ファッション重視で設計された靴が、なかなか履く人の健康まで考慮してくれないことも事実です。 特に女性にとってハイヒールはコーディネートに必要不可欠だし、履くことが仕事上絶対な方もいるかと思います。でもだからこそ、そうした靴が足の健康に及ぼす影響を知っておいて頂きたいのです。何も知らないで乱暴に履き続けて、足を痛めてしまうことがないようにしたいのです。 例えば良く知られている外反母趾(がいはんぼし)は軽度ならともかく、進行すると手術なしには治りません。靴との付き合い方を変えることで、そうした悪影響を緩和できるはずです。



  これは自戒の念も込めて…。すべてのシューズメーカーは自社製品がたくさん売れることを願っています。デザイナーはたくさん売れるであろう靴をデザインします。 営業マンは仕上がった在庫をできるだけ短期間に消化しようと頑張ります。そして生産現場では出来るだけ効率的に靴を作ろうと心がけます。  すべて当然の利益追求行為ですが、「この靴を履かれたお客様の足の健康」を意識せずにおこなうと、とても危ういことになります。売りやすさのために、そこを多少犠牲にしても気づかれにくいからです。

  そして販売店でも「お客様の足の健康」を意識せず売上追求すれば、長期的に見てお客様の足に負担を掛けることになります。ファッション的な要素だけで、本来そのお客様の足に向かない靴を売り、履き続ければいずれ様々な形で足に不具合が生じます。 怖いのは販売しているスタッフさんも、買おうとしているお客様も、知らないうちに足の健康を損なうリスクを取っていることです。なぜなら、靴の選び方、サイズの選び方など今まで当然だと思ってきたことの中に間違いがたくさんあるからです。

  正しいサイズの選び方は、実は知っている人は少なくて、お客様はもちろんのこと、販売店のスタッフさんですら間違っていることが多いのです。そして、稀にメーカーが売りやすさを優先してサイズ選びを惑わすような表記をしたりします。 例えばワイズ(足囲)。日本人の足は西洋人と違って甲高盤広…って思っている方が多いのです。だからワイズ3E表記の靴が売りやすい(JIS女性用でワイズはA〜Fまで、3Eは普通より広いサイズ)。だから実際は違っても3E表記にしておくなんてことが…。これではまともに選べません。



  戦後史的に見て靴メーカーは家内制手工業、小さな町工場から始まることがほとんどで、コンプライアンスなんてありません。これまで各メーカーが、我こそは売ろうといろいろな「工夫」を凝らしてしまいました。 その名残りが残っていて、サイズの選び方などは今でも混沌として何が正しいのかわかりづらくなっています。悲しいのはそれを作っているメーカーも、売っている販売店さんも、買っているお客さんもよくわからないまま、それでも靴を履かなければならない…ということです。 もっと皆に足の健康のことを良く知ってもらって、靴との付き合い方を理解してもらえれば、靴から起こるトラブルは減るんじゃないかと思います。



  序章として私たちの足を取り巻く環境が、どれだけ過酷なものかをお伝えしました。私たちの足はこんなに様々なものと戦って耐え続けているのです。 「足の健康だなんて、ちょっと大袈裟なんじゃないの?」と思われる方がいるかもしれません。でも、良く考えて見てください。 私たちの全体重を支えて、地球と繋がっている一点が足なのです。もしあなたに膝や腰の痛み、背中や肩の凝り、頭痛や歯痛があるとしたら、それらもすべてあなたの両足を土台に起こっているトラブルなのです。 バランス(土台)を崩した足の上では、あらゆる箇所で簡単にトラブルが発生します。柱や基礎が崩れて傾いた家と同じことです。 この足を取り巻く環境は簡単には変わらないでしょうから、今こそ私たち自身が足や靴について正しい知識を身につけ、正しく実践をすることが必要だと思います。次章からその実践について詳しく説明していきます。

次回第1章は「間違いだらけのサイズ選び」について!
2015年秋公開予定です。