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BRAND CONCEPT

「木」と「鉄」と「文化」の継承

日本は古来より木と鉄の密接な関係に基づいて文化を育んできました。砂鉄と木炭をもとに、純度の高い鋼を生産する日本古来の製鉄法「たたら製鉄」、
そしてそれを原料とし、世界最高の鉄刀と呼ばれる「日本刀」を生み出した刃物文化。

現代においても、刃物は道具として木や竹を切ったり、削ったり、生活の中で欠くことのできない存在です。しかし、最近では便利で安全な道具にとってかわられ、
私たちの生活で刃物を使用する機会が大きく減少してしまいました。

日本には刃物の伝統製法を引き継ぎ深化させる、素晴らしい技術をもった鍛冶師の方々がたくさんいます。
そうした技術を次の世代につなげていく。

そのためには、もう一度、「切ること」「削ること」といったモノづくりの基本となる動作の大切さを見直し、
多くの人に、刃物で物を作ることの楽しみや喜びを感じていただきたい。そして、刃物を身近に親しんでいただきたい。

今のライフスタイルにあわせた形で、刃物のある暮らしを提案する。そして、刃物の需要を喚起し、木と鉄により育まれた刃物文化を次の世代に継承する。

それが私たち"FEDECA"の目指すところです。

KANZAWA HISTORY

120年のプライド。そして『オリジナルであり続けること』
120年のプライド。そして『オリジナルであり続けること』
1895年 神澤大吉が鋸 鍛冶屋として 辰巳屋(現 神沢鉄工 )を設立。
鋸の製造販売を開始
1919年 農業用機械を製造
1921年 工場電力用発動機として石油発動機を導入
1930年 大吉の長男 幹 (2代目) 事業継承
2 代目 神澤 幹
1935年 カンザワツールズとして、神沢製剪定バサミ、鋸、錐等 製造販売
1950年 輸出工具の研究及び製造に着手
1953年 海外向け工具の製造販売、輸出を開始。
1955年 長男 多美男 (3代目)事業継承
1960年 会社組織に変更、有限会社神沢鉄工所と改称する。
1963年 輸出に併せて国内向け各種製品の製造販売を始める。
国内向サークルカッター・エックスパンビット・ポンチ等を販売開始。
日本ツールメーカーで最初にブリスターパッケージを採用。
1965年 アメリカンカッター SUPERNIFEを発売
(USA、ヨーロッパスタンレイ社ヘ販売)
1968年 社業の発展に伴い組織変更し、神沢鉄工株式会社と改称する。
1970年 世界初、替え刃式システマチック鋸
HANDY SAW(ハンディソー)を発売
1980年 アメリカンタイプのイタギリを研究後、
世界初 冷間鍛造製イタギリを発売。(現在、世界定番品)
1988年 USAワーナー社とスクレイパーを共同開発。
世界初、柄の付いたスクレイパーを発売。(世界定番品)
1993年 先端錐・替え刃式・長さ調整可能な引き回し鋸、
自在鋸を発売(DIYSHOW金賞)
1995年 世界初 電動ドライバー用L形ドライバーPRO-75を発売
L形ドライバーアタッチメントが国内・海外で絶賛。(現在、世界定番品)
世界初 電動ドライバー用L形ドライバーPRO-75を発売 L形ドライバーアタッチメントが国内・海外で絶賛。(現在、世界定番品)
2000年 長男 神沢秀和(4代目) 事業継承
2005年 生活に密着した刃物商品の開発・市場調査に着手
2009年 エコツールマーケット株式会社 設立
2014年 刃物ブランド『FEDECA』 スタート。
Nagel knife シリーズを発表。
2015年 FEDECA直営店「The Blossoms」 を神戸市にオープン
世界最大のライフスタイル見本市「 メゾン エ オブジェ」 出展
2016年 FEDECAブランド製品 第2弾としてハンドルを削って作るナイフキット
『 It’s my knife』の販売開始

創業期

「播州三木( 兵庫県三木市) は鍛冶屋のまち」と昔から知られ、数多い伝説と歴史の中で、我が国で最も古い鍛冶屋のまちとして栄えてきた。
そんなクラフトマンの町で、創業者 神澤大吉によって小さな鋸鍛冶屋がスタートした。

オリジナルであり続ける。大吉も独自のスタイルの鋸を製造していたが、競争が厳しく、業種転換を計り農業用機械関係に活路を見出すことに。

大吉の息子 長男 幹(2代目)は、優秀なアイデアマンで、当時まだ動力用の電気の引かれていない時代に、石油発動機を動力源として、施盤、その他の機械を使用して農機具の製造及び修理業を行い、順調に事業拡大。
ただ、戦時体制に突入する中、この変化についていくことが出来ず事業は苦境に陥ることに。

カンザワツールズのはじまり

幹は再出発を計り、新たな職人を雇い入れ剪定ばさみの製造を始め、どうにか軌道に乗せることができたが、その直後太平洋戦争が始まる。
戦時中は軍事工場として部品の製造を行う。
そして1946年、幹は戦前戦後2度目の再出発として、カンザワツールズの製造販売を再開する。

戦後の混乱期が終わり、日本が再び成長を始める1950年から幹の息子 多美男(3代目)が中心となって、輸出工具の研究及び製造に着手、海外品のサンプル製作業として事業を行い、数々の試作品に挑む。
多美男にとって、「カンザワツールズ」を世界に輸出することで日本の技術又鍛冶のまち播州三木の道具を広めるという夢を持っていた。

ツールメーカーとしての飛躍

1955年、多美男は3 代目を引継ぎ、神沢製品がアメリカから認められ、念願が叶いUSA 最大ツールメーカー、クラフトマンツールズから製造販売の依頼を受ける。

その後も商品開発に力を注ぎ、1950 年代後半には、サークルカッター、エックスパンビット、ポンチの改良を加え、海外でヒット商品となる。
スーパーポンチは世界初の角材を使用して四角ローレットタイプを発表。
(現在は、この仕様が世界定番となる。)
それまでは全て丸形のローレットタイプのみで、世界のクラフトマンからカンザワの製品が知られていくことになる。

1960年には会社組織に変更、有限会社神沢鉄工所と改称。
各種製品を世界各国に輸出し、特にヨーロッパ市場(ドイツ、イギリス、北欧)で商品の質の高さで評価されるようになった。

一方、日本も経済成長に伴い、徐々に住宅も施工技術も欧米スタイルが流行してきた。
同時に大工道具の種類が変わりつつ、国内でも海外スタイルのツールが求められるようになる。
1963年 輸出に併せて国内向け各種製品の製造販売を始める。
国内向サークルカッター・エックスパンビット・ポンチ・スーパーナイフ等を販売開始。
同時に紙箱が主流であった当時、日本ツールメーカーで最初に欧米スタイルのブリスターパッケージを採用、話題となる。
国内販売及び海外販売の拡大を目指し、1968 年に社業の発展に伴い組織変更し、神沢鉄工株式会社と改称する。
その後も、ハンディソーシリーズ、イタギリ、スクレイパー、L形ドライバーなど様々なカンザワオリジナル商品が認められ、数多くの世界定番品を生み出し続けてきた。

ライフスタイルブランドへの進化

“カンザワオリジナル ” が世界に広まっていく一方で、安価な類似品も増えてくる。いくら性能に自信があっても、このまま価格競争を続けるのは厳しいという現実。

2005年当時、事業は順調であったが、そんな将来を想定し今までのマーケットとは違う、生活に寄り添う新製品の研究に着手した。

長きにわたる紆余曲折を経て、2014年についに刃物ブランド「FEDECA」を立ち上げ、木と鉄により育まれた日本の刃物文化を次世代に継承することをコンセプトとし、現代の生活に寄り添う新しい刃物製品の製造を開始した。

4世代にわたるその長い歴史のなかで、代々受け継がれてきたバトン。
それは『オリジナルであり続けること』。

今後も、ユーザーの方々自身の感性を刺激するような、創造性に富んだ刃物製品の開発を目指している。