長崎市は、九州の西端、長崎県の南部に位置する、人口約43万人のまちです。西側、南側、東側は海に面していて、美しい景色が広がっています。商業施設やオフィスが集まる平坦なエリアと長崎港を中心としたすり鉢状の斜面市街地とが合わさって、とても魅力的な都市景観が形成されています。

  • 出島
  • 出島

    鎖国時代の約200年間、日本で唯一ヨーロッパに開かれていた窓口。出島内にはオランダ商館員の住居や料理部屋、蔵、番所などの建物がありました。開国された明治期に出島はその役割を終え、陸地の中に埋もれてしまいました。人々の記憶からも消えかけていましたが、長崎市が出島の復元に着手し、19世紀初頭の出島を復元させるための事業が進んでいます。
    現在、16棟の復元が完了し、さらに2017年には出島表門橋が整備され、当時と同じように「橋」を渡って出島に入ることができるようになっています。

  • 軍艦島

    小さな海底炭坑の島は、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、島内には小中学校や病院など生活は全て島内で賄えるようになり、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろっていました。隣接する高島炭坑とともに日本の近代化を支えましたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより1974年に閉山、島は無人となりました。
    2009年には一般の方の上陸が可能となり、たくさんの方が訪れています。2015年に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として正式登録されました。

  • 軍艦島
軍艦島
  • 大浦天主堂
  • 大浦天主堂

    幕末の開国にともなって造成された長崎居留地の中に、在留外国人のために建設された国内現存最古の教会。聖堂内を飾るステンドグラスには、約100年前のものもあります。直前に列聖されたばかりの日本二十六聖人に捧げられた教会で、正面は殉教の地である西坂に向けて建てられています。1864年末に竣工しました。この直後の3月に、浦上の潜伏キリシタンが訪れ、信仰を告白したことにより、世界の宗教史上にも類を見ない「信徒発見」の舞台となりました。
    1953年、日本最古の現存教会建築として国宝に指定されました。2018年には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の構成資産」として世界文化遺産に登録されました。

  • 軍艦島

    小さな海底炭坑の島は、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。最盛期の1960年には約5300人もの人が住み、島内には小中学校や病院など生活は全て島内で賄えるようになり、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろっていました。隣接する高島炭坑とともに日本の近代化を支えましたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより1974年に閉山、島は無人となりました。
    2009年には一般の方の上陸が可能となり、たくさんの方が訪れています。2015年に世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として正式登録されました。

  • 夜景
夜景

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「長崎くんち」は、380年の伝統を持つ、長崎市民の氏神・鎮西大社諏訪神社の祭礼行事です。奉納踊は国指定重要無形民俗文化財に指定されています。毎年10月7日から10月9日までの3日間、町を挙げて催され、県内外からたくさんの観光客が見物に訪れ、長崎を代表する秋の大祭となっています。 中国の旧正月を祝う行事「春節祭」を起源とする、長崎の冬の一大風物詩「長崎ランタンフェスティバル」長崎新地中華街をはじめ、湊公園、中央公園、眼鏡橋周辺、浜市・観光通りアーケードなど長崎市内の中心部に約15,000個にも及ぶ極彩色のランタン(中国提灯)や、大型オブジェが幻想的に飾られ、街を彩ります。 毎年8月15日に行われる精霊流しは、盆前に死去した人の遺族が故人の霊を弔うために手作りの船を造り、船を曳きながら街中を練り歩き極楽浄土へ送り出すという長崎の伝統行事です。

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