今日のおやじ

今日のおやじメイン看板 導入文

ep17
ep17
店長
店長

お父さんのエピソードと聞きまして。
そういえば20年くらい食事も一緒にしたことないなぁとか、同じ神戸に住んでるのに全く関わりがないなぁとか、あまり父親エピソードがないことに気づきました。

ちっちゃい時は超がつくほどお父さんっ子だったのに、今は能動的に会いにいくことも連絡が来ることもない。ケンカしたわけでもなんにもないのに。

見た感じも、喋った感じもお父さん感ゼロなわたしのお父さん。街でばったり会うと『こんにちは、元気?少し大人っぽくなったね』などと飲み屋のお姉さんにでも会ったかのように話します。

先日大きな手術をするというので家族でお見舞いに行けば、3人目の孫をみて『この子は誰だ?』と真顔で聞いてきました。わたしも3人目が産まれたことを報告してなかったし、仕方ないと思いました。
こんなお父さんとわたし。

でもなぜかファッションやインテリアはお父さんと同じものが好きな大人になりました。
自分の話しかしないお父さんが中学生の頃『はじめは真似でもいいよ。そのうち自分流になっていくと思うよ。僕は大好きな浅井慎平さん(カメラマン)の真似ばかりしてたなぁ』と、珍しくアドバイスみたいなことを言ったことがありました。あの時、自分のファッションに自信がなかったわたしを変えたひとことです。今でも忘れません。

わたしのルーツを辿ると、結局お父さん。
なぜかお母さんではなく、お父さんなのです。

ああ、せっかくお父さんのことを思い出したので、ご飯でも誘ってみようかと本気で思ってます。ありがとう、父の日(笑)

↓いつぞやの海水浴にて。秘蔵の水着写真です。いろいろ時代だな~。

店長

お父さんのエピソードと聞きまして。
そういえば20年くらい食事も一緒にしたことないなぁとか、同じ神戸に住んでるのに全く関わりがないなぁとか、あまり父親エピソードがないことに気づきました。

ちっちゃい時は超がつくほどお父さんっ子だったのに、今は能動的に会いにいくことも連絡が来ることもない。ケンカしたわけでもなんにもないのに。

見た感じも、喋った感じもお父さん感ゼロなわたしのお父さん。街でばったり会うと『こんにちは、元気?少し大人っぽくなったね』などと飲み屋のお姉さんにでも会ったかのように話します。

先日大きな手術をするというので家族でお見舞いに行けば、3人目の孫をみて『この子は誰だ?』と真顔で聞いてきました。わたしも3人目が産まれたことを報告してなかったし、仕方ないと思いました。
こんなお父さんとわたし。

でもなぜかファッションやインテリアはお父さんと同じものが好きな大人になりました。
自分の話しかしないお父さんが中学生の頃『はじめは真似でもいいよ。そのうち自分流になっていくと思うよ。僕は大好きな浅井慎平さん(カメラマン)の真似ばかりしてたなぁ』と、珍しくアドバイスみたいなことを言ったことがありました。あの時、自分のファッションに自信がなかったわたしを変えたひとことです。今でも忘れません。

わたしのルーツを辿ると、結局お父さん。
なぜかお母さんではなく、お父さんなのです。

ああ、せっかくお父さんのことを思い出したので、ご飯でも誘ってみようかと本気で思ってます。ありがとう、父の日(笑)

↓いつぞやの海水浴にて。秘蔵の水着写真です。いろいろ時代だな~。

店長

ep15
ep15
おかぴ
おかぴ

昭和36年5月29日広島県に生まれ育った父。
学生時代はなかなかの悪ガキで、女の子のファンクラブがあったとかなかったとか・・・(絶対嘘だと思ってます)

とにかく実家広島を出たくて20歳の頃大阪へ上陸。
母曰く、若い頃の父はトゲトゲしい男だったそうで、 歳をとり親父になってからやっと丸い人間になったそう。

そんな丸くなった父、こんな顔して物作りが得意で、とっっても器用です。
ミニ棚を作ったり、ドールハウスを作ったり、本革で財布やポーチを作ったり。
時にはケーキを作るなど、私より女子力が高いそんな父です。

父の日には眼鏡をプレゼントしようかなと思います。

昭和36年5月29日広島県に生まれ育った父。
学生時代はなかなかの悪ガキで、女の子のファンクラブがあったとかなかったとか・・・(絶対嘘だと思ってます)

とにかく実家広島を出たくて20歳の頃大阪へ上陸。
母曰く、若い頃の父はトゲトゲしい男だったそうで、 歳をとり親父になってからやっと丸い人間になったそう。

そんな丸くなった父、こんな顔して物作りが得意で、とっっても器用です。
ミニ棚を作ったり、ドールハウスを作ったり、本革で財布やポーチを作ったり。
時にはケーキを作るなど、私より女子力が高いそんな父です。

父の日には眼鏡をプレゼントしようかなと思います。

ep15
ep15
いずみ
いずみ

私は父が50歳の時に生まれまして。
物心ついた時にはすでに ハゲで白髪で天パで(天パをしっかり受け継ぎました) 歯が2本くらいしかなかったお父さん。
おかげさまで小さな頃はだいたい「おじいちゃんと孫」に間違えられてました。

お酒がほとんど飲めないのに、家族で食事に行くと絶対瓶ビール(アサヒスーパードライ)を頼んでました。
コップ一杯だけ飲んで、それだけで真っ赤になる弱小さ。
その弱さは受け継がなくて、本当に良かったと心から思っています。
(残りのビールは母が美味しくいただきました!)

そして歯が2本しかないのに肉が好きでよくステーキを食べてたけど、あれは一体どうなってたんや・・・(謎)

私が17歳の時に他界しましてその時は特に何も思わなかったのですが、今思えば67歳で、って若いよなぁ。

いつもピースを吸っていたのを覚えています。
今でもピースの匂いはお父さんの匂いです。
おかげさまで私もたまにピースを吸うようになりました。ライトですけど。
先日コンビニで買おうとしたら年齢確認で免許証求められましたよ、お父さん。
(私もう35になったんですけど)

これがいくつの時の写真なのかわかんないんですが、数少ない「まだ髪の毛(と多分歯も)がある時」の記録です。
家ではグンゼのステテコ一択という絵に描いたようなオヤジでしたが、ギンガムチェックのネクタイ選ぶような可愛い趣味してたのね。

私は父が50歳の時に生まれまして。
物心ついた時にはすでに ハゲで白髪で天パで(天パをしっかり受け継ぎました) 歯が2本くらいしかなかったお父さん。
おかげさまで小さな頃はだいたい「おじいちゃんと孫」に間違えられてました。

お酒がほとんど飲めないのに、家族で食事に行くと絶対瓶ビール(アサヒスーパードライ)を頼んでました。
コップ一杯だけ飲んで、それだけで真っ赤になる弱小さ。
その弱さは受け継がなくて、本当に良かったと心から思っています。
(残りのビールは母が美味しくいただきました!)

そして歯が2本しかないのに肉が好きでよくステーキを食べてたけど、あれは一体どうなってたんや・・・(謎)

私が17歳の時に他界しましてその時は特に何も思わなかったのですが、今思えば67歳で、って若いよなぁ。

いつもピースを吸っていたのを覚えています。
今でもピースの匂いはお父さんの匂いです。
おかげさまで私もたまにピースを吸うようになりました。ライトですけど。
先日コンビニで買おうとしたら年齢確認で免許証求められましたよ、お父さん。
(私もう35になったんですけど)

これがいくつの時の写真なのかわかんないんですが、数少ない「まだ髪の毛(と多分歯も)がある時」の記録です。
家ではグンゼのステテコ一択という絵に描いたようなオヤジでしたが、ギンガムチェックのネクタイ選ぶような可愛い趣味してたのね。

ep14
ep14

父は甲子園に出場したことのある元高校球児!

父は甲子園に2度出場して準優勝も経験している元高校球児なんですが、 子供たちにも周りにもそのことを自慢するようなことのない人でした。

消防局に勤務していた父は、消防局でも野球をしていて 子供の頃たまに試合に連れて行ってもらいました。
小さな体にぶかぶかのユニホームを着ている写真が実家にあります。笑

私も気がつけば小さいころから野球をしていたわけですが、 小学校に入るとサッカースクールにも通うようになり、 少年野球と少年サッカーの両方に打ち込んでいました。

結局、中学からサッカーを選んだのですが、 良い距離感で子供の意思を尊重し自由に 伸び伸びと育ててもらったことに感謝しています。

父が亡くなって二十年余りになりますが、 母が孫たちに父の自慢話をするのが これからも永く続けばいいなと思います。

父は甲子園に出場したことのある元高校球児!

父は甲子園に2度出場して準優勝も経験している元高校球児なんですが、 子供たちにも周りにもそのことを自慢するようなことのない人でした。

消防局に勤務していた父は、消防局でも野球をしていて 子供の頃たまに試合に連れて行ってもらいました。
小さな体にぶかぶかのユニホームを着ている写真が実家にあります。笑

私も気がつけば小さいころから野球をしていたわけですが、 小学校に入るとサッカースクールにも通うようになり、 少年野球と少年サッカーの両方に打ち込んでいました。

結局、中学からサッカーを選んだのですが、 良い距離感で子供の意思を尊重し自由に 伸び伸びと育ててもらったことに感謝しています。

父が亡くなって二十年余りになりますが、 母が孫たちに父の自慢話をするのが これからも永く続けばいいなと思います。

ep13
ep13

典型的な亭主関白で口調も荒く、一人称は「ワシ」な父ですが、昔も今もわたしたち娘にはめっぽう甘く、小さい頃から怒られたりあれやこれや言われた記憶があまりありません。

ただ一回だけ父が私に口出ししてきたことがあり、今もそれを鮮明に覚えています。

わたしが荒ぶる思春期だったころ、突然口に開けたピアスを見て驚くこともなくひとこと。

「口に開けるのはダサい。それなら鼻に開けろ」

・・・なんてロックなお父さんなんでしょう。

未だにその言葉の真意は分からないものの (いや、おそらく、真意もなにもただただ鼻ピはかっこいいと思っているんだと思います)、今誰に何を言われようと白髪×ツーブロック×ロン毛をやめない「POP仙人」のような父を見ていると、この人こそ自分の美学を持った真のファッショニスタやと思うのです。

もうみんなが呆れてなにも言わなくなるまで、このまま父には父が思う「カッコいい男」を貫き通して欲しいと願うばかりです。

典型的な亭主関白で口調も荒く、一人称は「ワシ」な父ですが、昔も今もわたしたち娘にはめっぽう甘く、小さい頃から怒られたりあれやこれや言われた記憶があまりありません。

ただ一回だけ父が私に口出ししてきたことがあり、今もそれを鮮明に覚えています。

わたしが荒ぶる思春期だったころ、突然口に開けたピアスを見て驚くこともなくひとこと。

「口に開けるのはダサい。それなら鼻に開けろ」

・・・なんてロックなお父さんなんでしょう。

未だにその言葉の真意は分からないものの (いや、おそらく、真意もなにもただただ鼻ピはかっこいいと思っているんだと思います)、今誰に何を言われようと白髪×ツーブロック×ロン毛をやめない「POP仙人」のような父を見ていると、この人こそ自分の美学を持った真のファッショニスタやと思うのです。

もうみんなが呆れてなにも言わなくなるまで、このまま父には父が思う「カッコいい男」を貫き通して欲しいと願うばかりです。

ep12
ep12
くわたん
くわたん

調理師だった父は家に帰ると、夜は久米宏のニュースステーション、たまの休みには外国の戦争映画を見ていた。うんともすんとも言わず、黙って難しそうな顔して口をとんがらせて。そんな父の食べているバタピーやはっさくを拝借しつつ、一体何が面白いんだろうと隣で一緒に見ていた。

小学生ぐらいの頃は、父がスーツを着て出勤する普通のサラリーマンじゃないことを恥ずかしく思っていた。運動会など学校行事に来れないことも多く、中学の部活の合宿帰り、皆は親が車で迎えに来るのに、自分は一人自転車で帰ったときは、使えない親だと腹を立てたこともあった。思えば勉強を教えてもらったこともない。まるでダメだったと聞いていたのでアテにしなかった。私は...父をバカにしていたんだと思う。

社会人になってから、ようやく(?)父と面と向かって話をするようになった。父は若い頃から投資を始め、決して多くはない給料をやりくりして家族を養っていた。仕事を引退してからはパソコン操作を覚え、最近タブレットも買ったようで、朝からネットやテレビ、新聞などを見て、情報収集に余念がない。私が実家に帰るとパソコン関連の質問を必ず一つはされる。

そんな今年71になる父の姿から学んだことは、世の中の動きに常にアンテナを張って情報収集すること、いくつになっても新しいことに挑戦すること、失敗してもタダでは済まさないしつこさ、ヘンに背伸びせずカッコつけないところ...etc
大人になった今、ようやく父を尊敬するようになった。反抗的な娘ですんません。笑

母には、「あんたらはなんか企んでるときの顔が、口とんがらせててよう似とるわ」と言われる。
父と娘はよく似るというからね。

調理師だった父は家に帰ると、夜は久米宏のニュースステーション、たまの休みには外国の戦争映画を見ていた。うんともすんとも言わず、黙って難しそうな顔して口をとんがらせて。そんな父の食べているバタピーやはっさくを拝借しつつ、一体何が面白いんだろうと隣で一緒に見ていた。

小学生ぐらいの頃は、父がスーツを着て出勤する普通のサラリーマンじゃないことを恥ずかしく思っていた。運動会など学校行事に来れないことも多く、中学の部活の合宿帰り、皆は親が車で迎えに来るのに、自分は一人自転車で帰ったときは、使えない親だと腹を立てたこともあった。思えば勉強を教えてもらったこともない。まるでダメだったと聞いていたのでアテにしなかった。私は...父をバカにしていたんだと思う。

社会人になってから、ようやく(?)父と面と向かって話をするようになった。父は若い頃から投資を始め、決して多くはない給料をやりくりして家族を養っていた。仕事を引退してからはパソコン操作を覚え、最近タブレットも買ったようで、朝からネットやテレビ、新聞などを見て、情報収集に余念がない。私が実家に帰るとパソコン関連の質問を必ず一つはされる。

そんな今年71になる父の姿から学んだことは、世の中の動きに常にアンテナを張って情報収集すること、いくつになっても新しいことに挑戦すること、失敗してもタダでは済まさないしつこさ、ヘンに背伸びせずカッコつけないところ...etc
大人になった今、ようやく父を尊敬するようになった。反抗的な娘ですんません。笑

母には、「あんたらはなんか企んでるときの顔が、口とんがらせててよう似とるわ」と言われる。
父と娘はよく似るというからね。

ep10
ep10

所謂、関西の昭和のおとんで、口より先に手が出るタイプの人でした。
休みの日は朝からビールを飲んでました。その時に頼まれるお使いは、

おとん「正樹、釣りやるからコロッケ買うてこい、ほら500円」
僕「いやや、1000円で釣りちょーだい。」
おとん「しゃーないな、ほな1000円」

までがお決まりとなっていました。

僕が中学3年の頃に体を壊し入退院を繰り返すようになると、 顔を合わす機会が減っていきました。

退院した時に1度だけ、2人でビールを飲みました。

おとん「お前も飲むようになったんやなぁ」
僕「まあな」

少ない会話でしたが、心なしかおとんは嬉しそうな顔をしている気がしました。
今はもう会えませんが、会えたときはいろんな話をしながら、ビールを飲みたいなと思っています。

所謂、関西の昭和のおとんで、口より先に手が出るタイプの人でした。
休みの日は朝からビールを飲んでました。その時に頼まれるお使いは、

おとん「正樹、釣りやるからコロッケ買うてこい、ほら500円」
僕「いやや、1000円で釣りちょーだい。」
おとん「しゃーないな、ほな1000円」

までがお決まりとなっていました。

僕が中学3年の頃に体を壊し入退院を繰り返すようになると、 顔を合わす機会が減っていきました。

退院した時に1度だけ、2人でビールを飲みました。

おとん「お前も飲むようになったんやなぁ」
僕「まあな」

少ない会話でしたが、心なしかおとんは嬉しそうな顔をしている気がしました。
今はもう会えませんが、会えたときはいろんな話をしながら、ビールを飲みたいなと思っています。 

ep10
ep10
ザッキー
ザッキー

うちの父はしゃべらない。
なんなら話しかけても答えてくれない。
喋るとなんかバチ当たるのかなってくらい、反応がない。
友達に父親のことを話すと大概驚かれるし、周りの人たちの父親とのエピソードを聞いたりしては、すごいなあ、ステキだなあ。と毎回思う。

母、私、妹と女に囲まれた環境もあり、男一人肩身が狭いのかよくわからない。母親いわく、照れ屋だからとの事。
へぇ・・・としか思えないまま、今に至る。

小さい頃は人並みに会話したり遊んでもらったのだろうが、 ものごころついた頃から現在まで父親との会話を時間換算したら、せいぜい15分くらい。言い過ぎ、30分未満か。。とにかくそのくらい喋らない。喋ってくれないのです。

そんな父親との衝撃的というか、印象深いエピソード。
10年以上前、父親が会社を辞め自営業を始めることになり。 親孝行にでもなればと、私も働いていた会社を辞め、実家に帰って手伝うことになった。当然受けたはいいが、不安の方が大きかった。だって会話ないのに・・・

毎朝、父親の車に乗せてもらい通勤したが、案の定、車内はおなじみの無音。
せめて朝くらい楽しくしようよ、と無音の空気に耐え切れずわたしはとにかく口を動かした。どーでもいい内容なのもある。あるけども、安定の無視。めげない私。

とある3月だか4月の春、桜なんかがちょうど咲き始めた頃。わたしが外を見ながら、 桜かな、あれ、桜かな?と20回は繰り返し話しかけ続けていたら、おもむろに、ひとこと『梅!』(軽くキレながら)と返答が。
キレ気味のたった一言だけど「ちゃんと聞いてんだな」という驚きを含め、私はなんだか嬉しいような、何とも言えない気持ちに。

梅!って・・・とその日は1日ニヤけずにはいられませんでした。

これからも喋らない安定の関係性は続くだろうが、うちの親子関係はきっとこうなんだろう。
一心に愛情を注いでいる猫二匹の相手も良いけれど、たまには母にも愛情を注いであげてください。たまには、梅!並みの言葉にして。
聞いて欲しい事はたくさんあるけれど。

これからも、オヤジ元気で無視でいい。 

うちの父はしゃべらない。
なんなら話しかけても答えてくれない。
喋るとなんかバチ当たるのかなってくらい、反応がない。
友達に父親のことを話すと大概驚かれるし、周りの人たちの父親とのエピソードを聞いたりしては、すごいなあ、ステキだなあ。と毎回思う。

母、私、妹と女に囲まれた環境もあり、男一人肩身が狭いのかよくわからない。母親いわく、照れ屋だからとの事。
へぇ・・・としか思えないまま、今に至る。

小さい頃は人並みに会話したり遊んでもらったのだろうが、 ものごころついた頃から現在まで父親との会話を時間換算したら、せいぜい15分くらい。言い過ぎ、30分未満か。。とにかくそのくらい喋らない。喋ってくれないのです。

そんな父親との衝撃的というか、印象深いエピソード。
10年以上前、父親が会社を辞め自営業を始めることになり。 親孝行にでもなればと、私も働いていた会社を辞め、実家に帰って手伝うことになった。当然受けたはいいが、不安の方が大きかった。だって会話ないのに・・・

毎朝、父親の車に乗せてもらい通勤したが、案の定、車内はおなじみの無音。
せめて朝くらい楽しくしようよ、と無音の空気に耐え切れずわたしはとにかく口を動かした。どーでもいい内容なのもある。あるけども、安定の無視。めげない私。

とある3月だか4月の春、桜なんかがちょうど咲き始めた頃。わたしが外を見ながら、 桜かな、あれ、桜かな?と20回は繰り返し話しかけ続けていたら、おもむろに、ひとこと『梅!』(軽くキレながら)と返答が。
キレ気味のたった一言だけど「ちゃんと聞いてんだな」という驚きを含め、私はなんだか嬉しいような、何とも言えない気持ちに。

梅!って・・・とその日は1日ニヤけずにはいられませんでした。

これからも喋らない安定の関係性は続くだろうが、うちの親子関係はきっとこうなんだろう。
一心に愛情を注いでいる猫二匹の相手も良いけれど、たまには母にも愛情を注いであげてください。たまには、梅!並みの言葉にして。
聞いて欲しい事はたくさんあるけれど。

これからも、オヤジ元気で無視でいい。 

ep9
ep9
おがさん
おがさん

つまらない話にお付き合いください。

うちの父親はゴルフが好きなんです。
休みの日にゴルフの打ちっぱなしの練習に行くんでついていったことがあるんです。
そこで見つけたうちの父のへんなくせというか動きがあって、打つ前に腰を左右に振るんです、フリフリと。

1回打つのに2、3回は振りますフリフリと。

プロゴルファーがボールを打つ前にクラブのポジションやら打つタイミング?が合わなくて構え直しをするんですけど、 プロのスイングを見習うんじゃなくて腰振りのほうを見習っていました。

それ何のためにやってるの?って聞いても「えー?俺そんなに振ってる?(笑)」って言いつつ振り続けてるんです。

家でゴルフクラブを持たずスイング練習をするときも左右に腰を振り続けてて、母に「あんた素振りでまで腰振らないでいいわよ」 といわれ笑われておりました。
(若干ニュアンスが違うところがあるんですがだいたいこんな感じの話です)

そんな今年70を迎えた父に、今年は日本酒を贈る予定です。

写真は父の田舎にある郷土資料館へ一緒に行ったときにものです。  

つまらない話にお付き合いください。

うちの父親はゴルフが好きなんです。
休みの日にゴルフの打ちっぱなしの練習に行くんでついていったことがあるんです。
そこで見つけたうちの父のへんなくせというか動きがあって、打つ前に腰を左右に振るんです、フリフリと。

1回打つのに2、3回は振りますフリフリと。

プロゴルファーがボールを打つ前にクラブのポジションやら打つタイミング?が合わなくて構え直しをするんですけど、 プロのスイングを見習うんじゃなくて腰振りのほうを見習っていました。

それ何のためにやってるの?って聞いても「えー?俺そんなに振ってる?(笑)」って言いつつ振り続けてるんです。

家でゴルフクラブを持たずスイング練習をするときも左右に腰を振り続けてて、母に「あんた素振りでまで腰振らないでいいわよ」 といわれ笑われておりました。
(若干ニュアンスが違うところがあるんですがだいたいこんな感じの話です)

そんな今年70を迎えた父に、今年は日本酒を贈る予定です。

写真は父の田舎にある郷土資料館へ一緒に行ったときにものです。  

ep8
ep8

「にゃ~」

家のリビングでくつろいでいる時、猫ちゃんの鳴き声が聞こえてきました。
よく家のまわりに猫が遊びにきたりするので、 またやってきたんだろう・・・くらいに最初は思っていたのですが、 何度も鳴いているので、気になって鳴き声の先を探すと そこには「父」がいました。

正体は可愛い猫ちゃんの鳴き声ではなく、父の「鼻息」だったのです。

私の耳が悪いわけではなく、母も弟も「猫ちゃん」だと信じていました!

・・・。
なんだかな~(笑) 

「にゃ~」

家のリビングでくつろいでいる時、猫ちゃんの鳴き声が聞こえてきました。
よく家のまわりに猫が遊びにきたりするので、 またやってきたんだろう・・・くらいに最初は思っていたのですが、 何度も鳴いているので、気になって鳴き声の先を探すと そこには「父」がいました。

正体は可愛い猫ちゃんの鳴き声ではなく、父の「鼻息」だったのです。

私の耳が悪いわけではなく、母も弟も「猫ちゃん」だと信じていました!

・・・。
なんだかな~(笑) 

ep7
ep7

私の父は昔からあまり喋らない、仕事で家にもあまりいない。 参観日や運動会などの記憶にいるのはいつも母でした。

18歳で実家を出ましたが連絡もあまりきません。
メールは業務連絡のみ、電話もすぐ切ります。

そんなお父さんとは、大人になってから腹を割って話すようになりました。 私がお酒を飲むようになり、日本酒を好きになったからです。

三姉妹のなかでお酒を飲めるのは次女の私だけ(母も飲めません)。 あまり外でお酒を飲まない父と、唯一家で一緒にお酒を飲むのが私になりました。

でも、何か話すわけではありません。

ゆっくりお酒を飲みながらテレビを見たり、私が一方的に話したり、 父が多く語ることはほとんどありません。

一人で飲むのも私と二人で飲むのも特に何も変らないし、 次はいつ一緒にお酒を飲めるかも分からないのに、 実家にはいつも私の好きな銘柄を買っておいてくれています。

多くを語らない堅物な親父ですが、 語らないことこそが愛情なのだとこの歳になって気づいた気がします。


本人には絶対言いませんが。

私の父は昔からあまり喋らない、仕事で家にもあまりいない。 参観日や運動会などの記憶にいるのはいつも母でした。

18歳で実家を出ましたが連絡もあまりきません。
メールは業務連絡のみ、電話もすぐ切ります。

そんなお父さんとは、大人になってから腹を割って話すようになりました。 私がお酒を飲むようになり、日本酒を好きになったからです。

三姉妹のなかでお酒を飲めるのは次女の私だけ(母も飲めません)。 あまり外でお酒を飲まない父と、唯一家で一緒にお酒を飲むのが私になりました。

でも、何か話すわけではありません。

ゆっくりお酒を飲みながらテレビを見たり、私が一方的に話したり、 父が多く語ることはほとんどありません。

一人で飲むのも私と二人で飲むのも特に何も変らないし、 次はいつ一緒にお酒を飲めるかも分からないのに、 実家にはいつも私の好きな銘柄を買っておいてくれています。

多くを語らない堅物な親父ですが、 語らないことこそが愛情なのだとこの歳になって気づいた気がします。


本人には絶対言いませんが。

ep6
ep6
こもさん
こもさん

私の父は寅さんと釣りバカ日誌が好きで、ドラマで離婚話が出ると「ひろ(母)離婚しよか?」と必ず言ったり、 時々仕事帰りにケーキやアイスを買って来てくれて、幼い私に「さぁちゃんのものだよ」と言って渡し、 すっかり信じ込んだ私がアイスを離さず、姉と取り合う様を何度も楽しむような父でした。笑

私は覚えていないのですが、会社の近くにお店もないのにぬいぐるみや人形を買って来てくれたそうです。 母は「またか」とは思うものの、どこで入手したのか?までは疑問にすら思わなかったそうです。 家事と育児でそれどころではなかったのでしょうね。

あと、父は私をからかいたい気分の時に、 家にあったものすごく怖い般若のお面をつけて追いかけてきました。 その度に私は必死で逃げていました。小学校低学年までの恒例行事でした。

父と二人で出かけた時の飲食店での支払いは、いつも直前にお金を渡されて必ず私が会計をするシステムでした。 多分、会計時の一連のやり取りが面倒だったのですね...。

父はリモコンのことを「ピ」と呼んでいて、「ピ取って」=「リモコン取って」の意味でした。笑

全力で仕事をし、休日も全力で遊び、ああ言えばこう言う頭の切れる父は、皆より先に人生を卒業しました。
会いたくてももう会えませんが、もし、いつか、いずれ、もう一度会えたなら、その時は沢山話をしたいと想っています。

私の父は寅さんと釣りバカ日誌が好きで、ドラマで離婚話が出ると「ひろ(母)離婚しよか?」と必ず言ったり、 時々仕事帰りにケーキやアイスを買って来てくれて、幼い私に「さぁちゃんのものだよ」と言って渡し、 すっかり信じ込んだ私がアイスを離さず、姉と取り合う様を何度も楽しむような父でした。笑

私は覚えていないのですが、会社の近くにお店もないのにぬいぐるみや人形を買って来てくれたそうです。 母は「またか」とは思うものの、どこで入手したのか?までは疑問にすら思わなかったそうです。 家事と育児でそれどころではなかったのでしょうね。

あと、父は私をからかいたい気分の時に、 家にあったものすごく怖い般若のお面をつけて追いかけてきました。 その度に私は必死で逃げていました。小学校低学年までの恒例行事でした。

父と二人で出かけた時の飲食店での支払いは、いつも直前にお金を渡されて必ず私が会計をするシステムでした。 多分、会計時の一連のやり取りが面倒だったのですね...。

父はリモコンのことを「ピ」と呼んでいて、「ピ取って」=「リモコン取って」の意味でした。笑

全力で仕事をし、休日も全力で遊び、ああ言えばこう言う頭の切れる父は、皆より先に人生を卒業しました。
会いたくてももう会えませんが、もし、いつか、いずれ、もう一度会えたなら、その時は沢山話をしたいと想っています。

ep5
ep5

名古屋に単身赴任してるけど毎週末帰ってくるお父さん。
名古屋では家事をしているのに家に帰って来た途端何もしません。

かれこれ30年以上ジムに通ってるけど明らか肥満体型なお父さん。
でも他人には厳しく、「あの太ったおっさんなんやねん」と通りがかりの人にいちゃもんをつけたりします。

毎シーズン観てない作品ないんちゃう?ってくらいほぼ全部のドラマを観ているお父さん。
その中でも、武井咲が出ているものは絶対観ています。

音楽番組にAKB48が出ていたら必ずチラ見しているお父さん。
最近は欅坂46とTWICEをチラ見していたのを娘(私)は目撃しました。
でも絶対可愛いとか好きとか言わないのは私に対する気遣いですか?それともムッツリ??

とっても眉毛が薄いお父さん。
眉周辺に毛が数本しか生えてません。娘(私)もまんまと受け継ぎました。
そして顔もまんまと受け継ぎました。

とにかく元気なお父さん。
ある休日のスケジュール、
ゴルフ打ちっぱなし→歯医者→ジム→整体を午前中でこなします。
午後からはお母さんとスーパーへ買い物。
とにかく元気です。

元気が一番ですね。

名古屋に単身赴任してるけど毎週末帰ってくるお父さん。
名古屋では家事をしているのに家に帰って来た途端何もしません。

かれこれ30年以上ジムに通ってるけど明らか肥満体型なお父さん。
でも他人には厳しく、「あの太ったおっさんなんやねん」と通りがかりの人にいちゃもんをつけたりします。

毎シーズン観てない作品ないんちゃう?ってくらいほぼ全部のドラマを観ているお父さん。
その中でも、武井咲が出ているものは絶対観ています。

音楽番組にAKB48が出ていたら必ずチラ見しているお父さん。
最近は欅坂46とTWICEをチラ見していたのを娘(私)は目撃しました。
でも絶対可愛いとか好きとか言わないのは私に対する気遣いですか?それともムッツリ??

とっても眉毛が薄いお父さん。
眉周辺に毛が数本しか生えてません。娘(私)もまんまと受け継ぎました。
そして顔もまんまと受け継ぎました。

とにかく元気なお父さん。
ある休日のスケジュール、
ゴルフ打ちっぱなし→歯医者→ジム→整体を午前中でこなします。
午後からはお母さんとスーパーへ買い物。
とにかく元気です。

元気が一番ですね。

ep4
ep4

祭が盛んな地域に住んでいて、祭と酒が大好きな親父は1年に1回の祭の季節になると、まだ僕が小学校にも行っていないときから タバコの煙が充満している公民館に僕を連れていっていました (昔は分煙とかなかったんですよね~)。

まぁ、そんな親父はお酒の飲みすぎで体を壊して、結構な若さで亡くなったんですが、 別れの時に棺桶を祭の神輿に見立て、祭の掛け声で出棺していったのが印象的でした。

今となってはその影響か、酒は弱いけれど息子が祭好きになり、先日生まれた孫には、0歳から祭の英才教育が始まっています。

でもやっぱり、何事も体を壊さん程度にしないとですよね~。
お酒を飲まれる方は程々に、祭が好きな方は全力でと、身をもって教えてくれたのかな?と思いました。

祭が盛んな地域に住んでいて、祭と酒が大好きな親父は1年に1回の祭の季節になると、まだ僕が小学校にも行っていないときから タバコの煙が充満している公民館に僕を連れていっていました。 (昔は分煙とかなかったんですよね~)

まぁ、そんな親父はお酒の飲みすぎで体を壊して、結構な若さで亡くなったんですが、 別れの時に棺桶を祭の神輿に見立て、祭の掛け声で出棺していったのが印象的でした。

今となってはその影響か、酒は弱いけれど息子が祭好きになり、先日生まれた孫には、0歳から祭の英才教育が始まっています。

でもやっぱり、何事も体を壊さん程度にしないとですよね~。
お酒を飲まれる方は程々に、祭が好きな方は全力でと、身をもって教えてくれたのかな?と思いました。

ep1
ep1
マツダ

じき70歳になる父親との思い出でよく覚えている事と言えば、小学生の時にドラゴンボールZの映画に連れて行ってもらった事です。 元々アニメが好きだった父ですが(世代的にはガッチャマンとかが好きです。)ドラゴンボールZは放送時間中に帰宅できなかったため、知ってはいるものの主なキャラクター以外はよく分からない様子でした。

けれどそこは持ち前のアニメ好きが発動したのか、(今度聞いてみよう)突然「あの人誰?」と尋ねる父。 説明すると「じゃああの人は?敵?味方?」と質問が始まり、上映中ずっとドラゴンボールについて事細かに説明し続けたのをよく覚えています。 私の漫画やアニメ好きはもしやこの人からなのでは?と思い始めたのは、この出来事がきっかけだったように思います。

私も30代半ばに差し掛かり、気がつけば今の自分の大半を構成している要素が、父親由来のものであることを非常に実感しています。(これ以降は父親に語り掛けていますがあしからず。)

趣味で漫画や小説を読むようになったのは、読書が好きなあなたについて本屋に行くと、母に内緒で何か一冊買ってくれたからかと。 私がジブリを愛してやまないのは、あなたがビデオを揃え始めたからですね。気がつけば我が家にすべてあることをお許しください。 大好きな風の谷のナウシカも、中学生からいまだにどっぷりハマっているエヴァンゲリオンの漫画も、気がつけば自分のものにしています。ごめんなさい、ありがとう。 あなたが途中から買わなくなったエヴァ、最終巻まで揃えたので良ければ今度貸しますよ。

音楽も方向性は違えどクラシック好きのあなたの影響でしょう。(いつかそのレコードプレイヤーとスピーカーください。)

強くはないもののお酒が好きなのは間違いなくあなたの影響かと。 我が家はビールと言ったらキリンでしたね。 サザエさんちの三河屋さんのように酒屋さんが来るのは、てっきりどこの家庭でも当たり前のことだと思っていましたよ。

喋り方やものの考え方など上げ始めたらきりがないのでこれだけにしておきますが、気がつけばあなたにそっくりになりつつありますよ。 また会ったときは一緒にお酒でもぜひ。 毎日楽しく過ごしてくださいね。

じき70歳になる父親との思い出でよく覚えている事と言えば、小学生の時にドラゴンボールZの映画に連れて行ってもらった事です。 元々アニメが好きだった父ですが(世代的にはガッチャマンとかが好きです。)ドラゴンボールZは放送時間中に帰宅できなかったため、知ってはいるものの主なキャラクター以外はよく分からない様子でした。

けれどそこは持ち前のアニメ好きが発動したのか、(今度聞いてみよう)突然「あの人誰?」と尋ねる父。 説明すると「じゃああの人は?敵?味方?」と質問が始まり、上映中ずっとドラゴンボールについて事細かに説明し続けたのをよく覚えています。 私の漫画やアニメ好きはもしやこの人からなのでは?と思い始めたのは、この出来事がきっかけだったように思います。

私も30代半ばに差し掛かり、気がつけば今の自分の大半を構成している要素が、父親由来のものであることを非常に実感しています。(これ以降は父親に語り掛けていますがあしからず。)

趣味で漫画や小説を読むようになったのは、読書が好きなあなたについて本屋に行くと、母に内緒で何か一冊買ってくれたからかと。 私がジブリを愛してやまないのは、あなたがビデオを揃え始めたからですね。気がつけば我が家にすべてあることをお許しください。 大好きな風の谷のナウシカも、中学生からいまだにどっぷりハマっているエヴァンゲリオンの漫画も、気がつけば自分のものにしています。ごめんなさい、ありがとう。 あなたが途中から買わなくなったエヴァ、最終巻まで揃えたので良ければ今度貸しますよ。

音楽も方向性は違えどクラシック好きのあなたの影響でしょう。(いつかそのレコードプレイヤーとスピーカーください。)

強くはないもののお酒が好きなのは間違いなくあなたの影響かと。 我が家はビールと言ったらキリンでしたね。 サザエさんちの三河屋さんのように酒屋さんが来るのは、てっきりどこの家庭でも当たり前のことだと思っていましたよ。

喋り方やものの考え方など上げ始めたらきりがないのでこれだけにしておきますが、気がつけばあなたにそっくりになりつつありますよ。 また会ったときは一緒にお酒でもぜひ。 毎日楽しく過ごしてくださいね。

ep1
ep1

なんせたくさんありますので、箇条書きにて失礼します。

【1】私がプレゼントした靴下や服を嬉しそうに着ます(レディースのTシャツも。痩せてるので意外と着られます。エアパンツも穿けました)。 あと、よくサイクリングに出掛けるので、いつかの父の日にボディバッグをプレゼントしたら 「100%必要ないのに家にいるときもずっと身に着けてるで」と母親から連絡があり、ちょっと引きました。

【2】何年か前、私が高校生の時に使っていたママチャリ(ボルドーみたいな色で、高校の駐輪場シール付き)に乗っていたら、 不審者と間違えられて職務質問されたらしいです。 盗んだ自転車だと勘違いされたらしく、母親のところに電話がかかってきてびっくりしたそうな・・・(因みに父は無事解放されました)。 ただ、以前私が大学生の時に乗っていた原付(TODAYの赤色で、ミニーちゃんの可愛いシール貼ってるやつ)に乗って出かけたことがあるらしく、あんまり反省してない模様。

【3】私が帰省を終えて神戸に帰る時、実家の最寄駅までいつも車で送ってくれるのですが、母親には内緒で(怒られるから)コソっと交通費やご飯代をくれます。

【4】1年くらい前、遂にスマホに変えてLINEを始めたころ、よく「帰る」を「カエル」の絵文字で送ってきました。 言葉を絵文字にして送る傾向があります(父親あるある?)。

【5】最近クラシックにハマっているそうです。私があげたiPadでずっと聴いてるらしい。

【6】毎年初詣に誘ってくれるのですが、神社が徒歩で30分と遠いためここ数年私は行ってません。 必ずお守りを買ってきてくれるのですが、「旅行守」とか「自転車守」みたいな、なんでそれ選んだんやろうっていうのが多いです。

【7】買ってあげたバランスボールにずっと乗っているそうです (フローリングの上で使うので、母親がこけないかビクビクしながら見ているらしいです。もう結構なジジイなので)。

なんせたくさんありますので、箇条書きにて失礼します。

【1】私がプレゼントした靴下や服を嬉しそうに着ます(レディースのTシャツも。痩せてるので意外と着られます。エアパンツも穿けました)。 あと、よくサイクリングに出掛けるので、いつかの父の日にボディバッグをプレゼントしたら 「100%必要ないのに家にいるときもずっと身に着けてるで」と母親から連絡があり、ちょっと引きました。

【2】何年か前、私が高校生の時に使っていたママチャリ(ボルドーみたいな色で、高校の駐輪場シール付き)に乗っていたら、 不審者と間違えられて職務質問されたらしいです。 盗んだ自転車だと勘違いされたらしく、母親のところに電話がかかってきてびっくりしたそうな・・・(因みに父は無事解放されました)。 ただ、以前私が大学生の時に乗っていた原付(TODAYの赤色で、ミニーちゃんの可愛いシール貼ってるやつ)に乗って出かけたことがあるらしく、あんまり反省してない模様。

【3】私が帰省を終えて神戸に帰る時、実家の最寄駅までいつも車で送ってくれるのですが、母親には内緒で(怒られるから)コソっと交通費やご飯代をくれます。

【4】1年くらい前、遂にスマホに変えてLINEを始めたころ、よく「帰る」を「カエル」の絵文字で送ってきました。 言葉を絵文字にして送る傾向があります (父親あるある?)。

【5】最近クラシックにハマっているそうです。私があげたiPadでずっと聴いてるらしい。

【6】毎年初詣に誘ってくれるのですが、神社が徒歩で30分と遠いためここ数年私は行ってません。 必ずお守りを買ってきてくれるのですが、「旅行守」とか「自転車守」みたいな、なんでそれ選んだんやろうっていうのが多いです。

【7】買ってあげたバランスボールにずっと乗っているそうです (フローリングの上で使うので、母親がこけないかビクビクしながら見ているらしいです。もう結構なジジイなので)。

ep1
ep1
でし

還暦を機に、身体の不調が一気にやってきた父。

夜寝られないほどの五十肩を患い、おまけに消化器官の不調で食欲が大幅に減退、その年の夏、家族で外食をしに行く道中で急に倒れました。幸い大事には至りませんでしたが、おでこを3針ほど縫い、倒れたときの衝撃で前歯が3本お陀仏(手をつかなかったんです)。それでも年に1回の大事な仕事があるからと、翌日には包帯とガーゼだらけの顔でフラフラと仕事に出かけて行きました。

あれから4年。

その後1度手術を受け、少し痩せて二回りほど小さくなった父親は、年々「ゆるキャラ」感が増してきています。オール白髪にぽってりとしたフォルムの猫背、差し歯なしでヘヘヘと笑う姿は、なかなかのユルさ。デフォルメしてイラストにすればどこかのキャラクターに応募できるのではないか…と帰省する度に思っています。

あの時一気にガタが来たのは、きっと定年を迎え肩の荷が下りたからでしょう。何十年も東京で単身赴任を続けながら私たちを担いできた父親の身体は、ずいぶん前から悲鳴を上げる直前だったのだと思います。

そんな父にいつか親孝行したいと思っているのですが… お父さん、私、まだお嫁に行く予定はありません。孫の顔なんていつ見せられるのやら。なので、もうしばらく元気でいてください。またお盆に帰ります。

還暦を機に、身体の不調が一気にやってきた父。

夜寝られないほどの五十肩を患い、おまけに消化器官の不調で食欲が大幅に減退、その年の夏、家族で外食をしに行く道中で急に倒れました。幸い大事には至りませんでしたが、おでこを3針ほど縫い、倒れたときの衝撃で前歯が3本お陀仏(手をつかなかったんです)。それでも年に1回の大事な仕事があるからと、翌日には包帯とガーゼだらけの顔でフラフラと仕事に出かけて行きました。

あれから4年。

その後1度手術を受け、少し痩せて二回りほど小さくなった父親は、年々「ゆるキャラ」感が増してきています。オール白髪にぽってりとしたフォルムの猫背、差し歯なしでヘヘヘと笑う姿は、なかなかのユルさ。デフォルメしてイラストにすればどこかのキャラクターに応募できるのではないか…と帰省する度に思っています。

あの時一気にガタが来たのは、きっと定年を迎え肩の荷が下りたからでしょう。

何十年も東京で単身赴任を続けながら私たちを担いできた父親の身体は、ずいぶん前から悲鳴を上げる直前だったのだと思います。

そんな父にいつか親孝行したいと思っているのですが… お父さん、私、まだお嫁に行く予定はありません。孫の顔なんていつ見せられるのやら。なので、もうしばらく元気でいてください。またお盆に帰ります。