現在のDJシーンの発展において、Technics SL-1200なくては語れないのは皆さん十分ご承知のことと思います。それではなぜこのSL-1200が必要不可欠だったのか?DJユースに圧倒的に支持され続けているのか?その魅力と新発売のSL-1200MK6の誕生秘話を開発担当の三浦氏とプロモーション担当の明石氏を迎え、お伺いしました。ユーザーはもちろんのこと、これからDJを始めたいと思っているあなたや音楽ファンも必読です!!
左から明石氏、三浦氏、市原
市原: さて今回は、先日発売されたTechnics SL-1200MK6についていろいろお伺いしたいと思います。Technics SL-1200シリーズと言えば、もはやクラブミュージックでは欠かすことができない超定番ターンテーブルですが、もともとはそういったクラブで使用目的のターンテーブルではなかったようですね。
開発担当の三浦氏
三浦: はい。もともとはオーディオ愛好家の方に浸透するようなものを作ろうというコンセプトで、製造していたのですが、耐久性が非常に良いということとダイレクトドライブがプレイする上で使いやすいということでDJの方にも受け入れられたようですね。
市原: 何回かモデルチェンジされているのですが、デザインがほとんど変わらないというのは理由があるのでしょうか?
三浦: SL-1200の初期モデルが発売されてから今年で35年になるのですが、最初にアメリカでDJに受け入れられた際、「次に発売するモデルも操作感や配置を換えて欲しくない」という意見がとても多かったんです。そこで「変えずに守りつつ、さらに良く進化させよう」というコンセプトで開発を進めていったんですが、やっぱり大きなところ(配置)は変えられないんですね。外見は変えず、内容をどんどんブラッシュアップしていった結果が今ここに来ているということになります。
市原: 最初ピッチコントローラーは搭載されていましたでしょうか?
三浦: 初期モデルではピッチコントローラーはついてはいたのですが、現在のスライダータイプではなくて回転ボリュームタイプだったんですね。当時のプレイヤーはアナログの初期の回路を搭載していたので時間がたつとズレてくるんです。ですから現在のように曲のテンポをあわせるような目的で作られたものではなく、回転スピードのブレを常に調節するという意味合いだったんです。
市原: あ、そうなんですか。回転の変動を調節するためにあったんですね。ではその頃は、クオーツシンセサイザーという技術は使われてなかったのでしょうか?
三浦: はい。初期モデルはついていなかったですね。
市原: そのクオーツシンセサイザーという技術ができてピッチが安定したのですが、ピッチコントローラーはDJが使うためにあえて残されたということでしょうか?
三浦: そうですね。当時の開発者が初期のモデルを使っているDJ達が大きな指で小さなつまみを操作しているのを見て「こんな使い方があるんだ」「これはやっぱり改善してあげないといけない」と思い、どういうふうに改善したら一番いいかということで考えた結果、グルグル回すよりもスライドさせたほうが、よりダイナミックなプレイができるのではないかということでSL-1200MK2からスライダータイプを採用しています。
市原: なるほど!では±8%というコントロール幅はどのように決定されたのでしょうか?
三浦: これはですね、当時の資料があまり残ってなくていろいろ調べたんですが、はっきりとは分かりません。ただ±8%は、おおよそ±半音、BPMだと±10BPMくらいになります。
市原: これ以上可変してしまうと不自然な曲になってしまうからというのも関係しているのでしょうね。
三浦: そうですね。音もおかしくなっちゃいますからね。
市原: 大音量の中でターンテーブルを使うということになると、どうしても振動の問題があるんですけど、やっぱりもともとクラブで使われることを前提としていなかったと思うので、当時のターンテーブルはハウリングなど問題点も多かったのではないでしょうか?
三浦: 当時の初期モデルは現在のタイプのインシュレーターがついていなかったので、台からの振動をそのまま受けてしまうため、かなりハウリングがあったようです。そこでSL-1200MK2の開発ではインシュレーターとさらに内部にもう一つゴムを充填するという方法で下からの振動を極力ピックアップに伝えないような構造を設計したんです。
市原: SL-1200は筐体が特徴的ですね。金属とゴムが一体化しているというか。上がアルミダイキャストで下が超特殊重量級ゴムという構造で。
三浦: 超特殊重量級ゴムの素材は天然ゴムなんですけど、これだけの大きさと重さがあるゴムを成型するのに技術が必要でさらにものすごく時間がかかるので、国内でもなかなかやってくれるところが少なく、当時の設計者は苦労されていたみたいです。
市原: 世界的にTechnics SL-1200シリーズは有名だと思うんですが、今までどのくらいの販売台数があるのでしょうか。
三浦: 累計の生産台数でいうと今年で世界で約350万台で、年間約10万台ぐらいのペースでずっと生産したことになります。
市原: ちなみにどの国で一番売れているんですか?
三浦: ざっくりとしたことしかわからないんですが、ヨーロッパ、アメリカ、日本でそれぞれ1/3ずつ分かれるような感じと考えていただければと良いと思います。
市原: 以前ヨーロッパに住んでいる友達から「Technisのターンテーブルをこっちで買おうとしたら8万円もするんだよ!」って言われてビックリしたことがあるんですが、海外では結構高級品なんですよね。
三浦: そうですね。それでも海外のプロのDJやクラブにご支持いただいているのはブランドに対する信頼性と製品の耐久性という点が一番の理由なのではないかと思います。
市原: 私は仕事柄ターンテーブルを触る機会があるので、どんなターンテーブルでもある程度は使える自信があるんですが(笑)、現場でターンテーブルを使用する時、トルクの強さや、ピッチコントローラーの重さ、ストップボタンの位置、ストロボイルミネーターなどが少しでも違うだけでも別の機材に見えてしまい、それがストレスになる人も多いと思います。私も自宅のターンテーブルはTechnicsを使っているので、やっぱりクラブにTechnicsのターンテーブルがあると安心してプレイに集中できますね。
三浦: そう言ってくださるお客様が多いんでありがたいですね。
市原: SL-1200MK5からTechnics SL-1200MK6になって、今回も基本的な仕様やデザインは変わっていないのですが、どのようなところが改善されたのでしょうか。
スタイラスイルミネーター。針先の見えやすさを考慮した結果として青色LEDが採用されている。
三浦: やはり一番難しいのは先ほど申し上げました「守りつつ変える」というところなんですが、一番いいところは確実に残して、大きく変わったところは魅せたいという思いがありまして、見える部分での変化というところでは、黒モデルのパネルの色をMK5の路線ではなく少しシックな落ち着いた感じで、なおかつ高級感のある色にしたということと、スタイラスイルミネーションをMK5Gで使用したブルーLEDを採用したことです。スタイラスイルミネーションは高級感、奇抜なアイディアとか面白いものがないかということでいろいろトライしてみました。例えば、何種類かの色のLEDを作っていろんなカートリッジを取り付けてみて、どれが一番針先がしっかり見え易いかということを考えるとどうしても白系か青系になり、結局青系に落ち着いたんです。
市原: なるほど!いくら斬新なカラーでも針先をちゃんと目的の溝にドロップできないといけませんからね。そしてアーム部分も高級感があって、色は基本シルバーですがちょっとゴールドっぽくも見えますね。
トーンアーム。つや消しシルバーの落ち着いた風合い。
三浦: そうですね。アーム部分もSL-1200MK5Gを継承していて、つや消しの落ち着いた色合いになっています。以上が見える部分での変化で、内部的な新しい変化としては、クラブでも低音がゴリゴリ出るような音にしたということと、回路を追加してピッチコントローラーの精度アップをしました。
市原: ピッチコントローラーの精度はSL-1200MK2からSL-1200MK5までは特に変更はされていなかったのでしょうか。
三浦: そうですね。変更していません。
市原: なるほど。実際DJプレイしているときに、6%〜8%の間にフェーダーを持っていくと0%付近よりも精度が若干あまくなるなあと感じたことがあるんですが、その点が改良されたんですね。
三浦: そうですね、同じレコードで2台3台並べてピッチコントローラーの位置を同じにしても、微妙にずれたりしたんですが、できるだけ同じ感じなるように改良を加えています。ただ、どうしてもアナログの回路なので、デジタルのようにピタっとは合わないんですけど、非常に近くなるように改良しています。そういう意味ではテクノやハウス系のDJの方には使いやすくなっていると思います。
市原: 音質面での改善とは具体的にどのようなことが行われたのでしょうか?
三浦: 音の通りを良くして低音もゴリゴリ出して欲しいという要望があり、そこが今回の改善のポイントでした。まずはアームの配線をSL-1200MK5Gに使われている素材を使って音の通りを良くする。もう一つは低音のゴリゴリ感を出すための共振対策ですね。
市原: なるほど共振対策ですか。
三浦: アーム部分は、どうしても非常に軽い振動でも全部拾ってしまうんで、そこを抑えることができれば特定の周波数がグッと出るようになるんですね。
プロモーション担当の明石氏
明石: 低域をしっかりさせると中高域音にも余裕が出てくるので通りがよくなり、クリアなサウンドになる。小さいクラブでどんどん音を出していると周りが反響しあって耳が痛くなることがありますが、それが軽減され、聴きやすくなるんです。
市原: だから低域の出し方にこだわる必要があったんですね。
三浦: 元々オリジナルの設計では様々な共振対策がされており、もう施す手がないんじゃないのかなと考えていたんです。しかし、いろいろ試してみるとまだまだ改善できることがありそうだということになりまして。例えばひどい話ですが鉛を筐体内部に貼ってみたり。そうするとやっぱり音が変わるんですよ。他にも試してみると振動が少なくなって音の通りがよくなったり、低音が出だしたりとかいろんなことがあるので、もっとトライする価値はあるなと思いまして。広い面があると必ず共振するんですね。そういったところを探して、どれだけ効率よく抑えていくかっていうところが重要なんです。
明石: 内部にべったりと他の金属やゴムなどを貼っただけでは共振する場所がかわるだけなんで、ポイントポイントで抑えていく方法をしないと意味がないんです。共振対策というのは「たぶんここや!」っていう感覚的なものに頼らなくてはいけないところもあってなかなか難しい。
三浦: 結局最終的に落ち着いたのが、一番広い面を一箇所だけ、ゴム系の素材で軽く押さえてみる。テープで貼り付けて固定することで広い面の振動はちょっと和らいだんです。するとそこの部分だけ押さえただけでも、ものすごく音が変わったんですよ。そこで、いろんなことをやるより一箇所集中でなんかポンっとやった方がいいんじゃないかっていうことでその素材をいろいろ変えてみて一番いいものを選んで最終的に落ち着きました。
明石: 共振対策の違いというのは、本体を指で叩いたときの音にも影響してくるんですよ。SL-1200MK5は叩く場所によって音程が若干違うんですが、Technics SL-1200MK6ではほぼ一定の音程になっているはずです。実際に叩いてみてください。
ターンテーブルの筐体を指でコツコツと叩いてみる。SL-1200MK5では位置によって叩いた音に違いがみられたが、SL-1200MK6ではどの位置を叩いても均一な音程だった。
市原: 本当ですね!SL-1200MK5の方が叩いたときの音がちょっと高い感じがして、場所によってピッチのばらつきがあります。それが音質にも影響するんですね。では実際にレコードを再生させて聴き比べてみましょうか。
旧モデルSL-1200MK5と聞き比べると高域部分の心地良さと低域の押し出しはSL-1200MK6の方が勝っているのがわかる。よりリアルな音を体験できた。
市原: やはりSL-1200MK5とTechnics SL-1200MK6と比べると低音の出方が違いますね。おそらく大音量にすればするほど違いがわかりますね。
明石: 低音の出方と、前に出る押し切りと、意外とセンターがすっきりしてワイドが広がり、ステレオ感が向上しているんです。SL-1200MK5、SL-1200MK5Gでも改良したんですが、さらに改良を加えたわけです。
市原: なるほど!どんな感じになっているか中を開けてみたくなりますね(笑)。
市原: アナログレコードの音ってデジタルプレイヤーとは違う独特な音質ですよね。やっぱりレコードの音っていいなあと感じている方も多いようです。
三浦: CDでは16Bit 44.1KHzのサンプリングレートのため音域に制限があって、それは人間の耳には聞こえないから出してないんですが、アナログの場合はその制限がない。同じ音源をCDとアナログで聴いてもアナログの方がなんとなく落ち着くというかスーッと入っていくというか、そういう部分は感じる部分で差がでてくるんですね。そこを音が良いと表現されているんだと思います。
市原: 私が特に音の違いを感じるのはスクラッチ音ですね。CDプレイヤーやデジタルDJだとプラッターやコントロールレコードをゆっくり動かした時、どうしてもデジタル臭さが気になります。
三浦: あれは分解能の問題で、デジタルデータをどれだけ細かく精度良く抽出するかという差なんですよ。どうしても価格が安いデジタル機材ですと分解能が少ないのでザラっとした音になってしまうんですね。
市原: アナログレコードの場合は、連続した値なのでそういう心配はないですからね。その辺りがデジタルのアナログの差なのかなと思ったりしています。
明石: アナログでの独特なスクラッチ音はフォノイコライザーも関係しているんです。アナログのカッティングでは低域部分を含んでいると針飛びしてしまい、高域部分はノイズの影響などで音が埋もれてしまうため、低域を絞って、高域を強調した状態で行うんですが、再生時には針で読み取った音声信号をフォノイコライザーに通すことによって、オリジナルの音声信号に戻すことができるわけです。カッティングするときはもちろん通常の回転スピードで行うため、同じように再生させればフォノイコライザーを通して忠実に音が再生されます。しかしスクラッチする場合はスピードを極端に早くしたり遅くしたりするわけですから、フォノイコライザーで復元される音は独特な音質になるわけです。デジタルではそういう音はなかなか出ないですね。
三浦: デジタルはプログラム次第になっちゃうんで、どれだけお金と時間を使ってプログラムを良くするかで音が変わってきますが、やっぱり限界がありますからね。
市原: あ!なるほど〜!これは勉強になります!
Technics SL-DZ1200
三浦: 私はデジタルプレイヤーTechnics SL-DZ1200の設計にも携わっていたのですが、その時に気づいたことは、やっぱりアナログが基本だなというところですね。例えば電子ピアノは確かに便利なんですが、基本はアコースティックピアノなので、そこに新たなデジタルの電子ピアノが加わって幅が広がるところがあると思うんです。是非そういう意味ではアナログプレイヤーが基本でそこにデジタルを加えるというのが技術的にも早く上達するコツですし幅も広がるんでやっぱりアナログプレイヤーにももっと触れてもらいたいなと思います。
市原: 最近ではCDプレイヤーだけでなく、PCを使用して音楽ファイルをコントロールするシステムなど、DJプレイも多様化しています。昔はまず初めはレコードからというDJスタイルも現在は変わりつつあります。しかし、どんなDJスタイルからはじめてもいいので、DJを志すのであれば一度はアナログプレイヤーに接してもらいたいなあというのが私の個人的な意見です。このTechnics SL-1200MK6の発売を機に、もっとたくさんの方にアナログレコードの魅力を感じてもらいたいと願っています。今日は貴重なお話ありがとうございました!