黒柿とは

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黒柿について

黒柿とは 樹齢150年以上の柿の古木の中に1万本に1本という確率で見つかる 幻の木普通の柿の木では 決して見られない芯材に現れ出た 黒い紋様これこそ「黒柿」の証し黒柿の紋様や色は、どれひとつとして 同じ物が無く見る者の心を強く惹き付け 不思議な魅力を持った逸材。黒柿という木材は 黒い部分と白い部分の収縮率が違うためまた、柿材は硬く、 密度が高いため乾燥や加工に 非常に高い技術が必要です。おかや木芸は、黒柿を丸太で仕入れ 製材から加工まで一貫して行います。高価で稀少、そして美しい「黒柿」を 職人が丹精込めて作品に仕上げています。

黒柿について良くあるご質問


Q1 黒柿ってどこにあるの?

 黒柿は、見つけようと思っても外見は普通の「柿の木」となんら変わらない姿をしていますので伐採した際に偶然見つかったものが市場に持ち込まれるケースが多いです。
 おかや木芸は黒柿を扱って60数年になりますため、黒柿が偶然発見された時に直接連絡を受ける事も多いのですが、伐採時期がずれると材料にならなかったり、保管方法に難がある場合など、引き取り、買い取りをお断りするケースも多いというのが事実です。

 しかし、「民家の裏山を伐採した際に【黒柿】が出た」と連絡が入り、代表 岡英司が直接現場へおもむき確認。その後買い取ったという事例もあります。
 皆様のお宅付近で、柿の老木があればそれはもしかしたら高価な「黒柿」かも知れません。





Q2 なぜ黒い紋様が出来るの?

これは未だ解明されておらず、「神秘の銘木」と言われる所以のひとつでもあります。
 柿の木の研究者はいらっしゃいますが、なにしろ「黒柿」は150年以上経った古木でしか見つかっておらず、「黒い紋様」が現われるには少なくとも100年以上はかかると想像出来ます。
という事は、人間の寿命は長くて100年。優秀な研究者であっても寿命の範囲で研究を成し遂げるのは少し難しいお話です。
 さらには、柿の木を研究用に育てたとしても、1万本に1本という確率でしか見つからないため、これもまた難しい話かもしれません。
 ただ、長年「黒柿」に携わってきた代表 岡英司は以下の様に考えております。



柿の木は柿の渋の元「タンニン」という物質を含んでいます。
このタンニンが、柿が地中から取り込んだ物質と化学変化を起し、黒い紋様が出来たのではないでしょうか。
 また、長年の月日の中で柿の木自身が自然災害や人災によって傷が出来たり、過酷な環境を強いられていた場合、老木となった自分の身を守るため、自らが出した物質によって更に変化を起したのではと考えます。



Q3 なぜ黒柿は高価なの?

 Q1、Q2で既にご存知の通り、ケヤキやナラなどその他の材木のように黒柿を意図的に育てる事が出来ませんし、いくら老木であってもただの柿の木をむやみに伐採するという事は通常ありませんので、入手困難な稀少な材木です。
 また、黒柿が手に入ったからと言ってそれをすぐに加工して製品にする事は出来ません。
 黒柿に含まれた水分を一定のパーセンテージまで抜いて(乾燥させて)木材を安定させてから制作に入ります。その歳月は約5年。この乾燥を行わないと、例えば出来上がってしまったテーブルは、使っていくうちに乾燥し、天板や足が狂ってしまいます。ですので、「乾燥」は、最も大切な工程のひとつと言えます。
 しかしこの「乾燥」も、他の木材とは異なり、黒い部分と白い部分の収縮率が違うため、乾燥で割れてしまう事も多く、知識とともに長年培ってきた高い技術が必要となります。
 更には、折角高価で購入した黒柿であってもいざ切ってみると「材料として使えなかった。」「一番よい紋様に虫が喰っている。」などのケースが多く、本当に選ばれた材料が製品になっているのです。
 制作の過程でもまだまだ気を抜く事が出来ないのが「黒柿」。なぜなら、制作の途中で虫食いが見つかったり、なにせ老木ですので何が起きるかわかりません。出来上がった作品に仕上の漆を塗ったらなんと傷が現れた。という事も少なくありません。
 只、その自然の虫食いや傷が、仕上がった作品に美しい景色を与える事がありますので、特にコレクターや目利きの方には好まれも致します。
以上のような事から、なぜ黒柿が高価なのかお分かりいただけましたでしょうか。



Q4 黒柿の魅力ってなんですか?

 美術や音楽と同じように、黒柿に見いだす価値や感じる美しさは本当に人それぞれなのですが、やはり木の中に黒い紋様が現れているという神秘性と、どれひとつとして同じものが無い色々な紋様の中に、単純に黒一色ではなく、グレーや赤茶色、翡翠色など複雑に、絶妙に入っているものもあり、まさに自然が作った芸術。これが見る者の心を強く惹き付け、魅力につながっているのでしょう。
 稀少で、且つ神秘の紋様を持つこの黒柿の魅力は、古くは天皇や天皇の側近、貴族、文人、歌人、書家、茶人といった類の人等に特に影響を及ぼしていたようです。
 ※その神秘性や色、紋様から、古より現代まで寺社関連では変わらず好まれています。

■正倉院御物の中の宝物から想像する黒柿の魅力とは

 昔の人たちがどれほど黒柿を高く評価していたかを知る例として、正倉院御物の中の宝物を見ればわかります。
 宝物には、黒柿を用いた工芸品が数多く残っており、特に知られるものとしては、厨子(ずし)、供物台、箱、馬の鞍(くら)などがあります。
 馬の鞍(くら)について見ても、当時の馬は特別な動物で、いわば専用リムジンや高級車のようなものでした。ですから鞍(くら)は高貴な人が使う特別な道具だったわけです。その鞍に「黒柿」が使われていたという事からも当時から黒柿は大変魅力のある素材だった事がわかります。
 しかも黒柿の鞍が宝物として残されている事の意味は、おそらく聖武天皇ご本人か、もしくは天皇に準じた位の方が使われたものだったと想像出来ますから、当時から希少な銘木として高価なものであったろうと考えられます。

■日本文化から見る黒柿の魅力とは

 時代は下り、鎌倉・室町時代以降、武士の時代が続きます。
この時代、仏教は臨済宗が力を得て、建築では書院の様式が生まれます。

 栄西が伝えたとされる「茶」は茶道となり、華道、香道といった日本文化の源流がこの時代にあります。

 相国寺(京都・臨済宗相国寺派本山)の塔頭のひとつに、総黒柿の書院があります。
 臨済宗の高僧と交流があった当時の教養人、中でもお茶の宗匠はその道具に黒柿を取り入れていきました。

 水墨画をイメージさせる、黒柿の様子に興味を惹かれたのではないかと想像できます。


■江戸時代の大名もコレクターだった黒柿の魅力とは

 号の不昧(ふまい)で知られている出雲松江藩7代目藩主、松平治郷(まつだいら はるさと)は江戸時代の代表的な茶人でもあります。
 全国各地に松平治郷(まつだいら はるさと)が立てた茶道「不昧流」を愛する方々がいらっしゃいますが、参勤交代によって江戸で暮らす期間が長かったため、関東地方に地元島根県と同様、茶道「不昧流」が大きく広まっています。

 松平不昧公(まつだいらふまいこう)は、持ち物や着物、殊に茶道具には大変こだわりを持っていたようです。ですから茶道具や茶菓子などにも「不昧公好み」として今に伝えられている物が多く残っています。中でも「黒柿」を用いた道具が大変多い事から、不昧公(ふまいこう)の茶の湯の美の世界に黒柿の風情やたたずまいなどが合っていたのでしょう。

 不昧公(ふまいこう)は、相当のこだわりを持って自分好みの道具を作らせていましたから、出雲・松江地方には優秀な職人が育ち、高い技術が生まれました。そして、今日までも黒柿工芸は継承されているのです。