キャンディタワーができるまでのヒストリーを紹介 アメリカ雑貨のテーマパーク!キャンディタワー


私立桃山学院高校卒業(有名な卒業生:やしきたかじん&ピーター)


浪人生活1年目:パチスロに狂い、パチプロ人生を歩むことになる。まる1年間は本当にこのパチスロだけを頼りに生きていた。これではダメだと1年後に一切のギャンブルを止める。受験はしてみたが、すでに周りとのレベルが違っていた。世の中甘くないぜ~(T-T)

 


この時はまだウブな高校生 ピヨピヨ


 


浪人生活2年目:初めて予備校に通うが、あまりのアホさに受験大学すべて落ちる (゜ロ゜)ヒョオォォ!


 


三浪目:再び予備校へ この頃になると予備校の代々木ゼミナール(江坂校)も、もはや自分の学校気分。やっと普通くらいの学力に成長する。3年も浪人すると予備校講師と参考書にはめっぽう詳しい人になる。


 




晴れてか、やっとか、ついに大学に合格(((((*^o^*)♪ 
関西外国語大学短期大学部英米語学科入学






私立大阪学院高校からそのまま上の大学に問題なく入学。
大阪学院大学国際科(有名な卒業生:金メダリスト高橋尚子)


 


関西外国語大学短期大学部英米語学科卒業  (>_<)ヽ ナケルゼェ


 




オーストラリアのコンビニ



今も愛用している
記念のG-SHOCK

海外に行ったり来たりのビジネスマンに憧れて、オーストラリアで日本人向けコンビニを運営展開する会社に入社する。会社に入社してはじめてコンピューターに触れる。そしてその後の人生の超重要事項になるMacに出会う。(^◇^)


オーストラリア出張の帰りによったマレーシアで自分用にG-SHOCKを2つ購入。日本に帰ってみるとそのG-SHOCKが最高時で20万もするプレミアム品と知り、G-SHOCKにすっかりはまる。

 やがていつもの収集癖がでて、コレクション開始!もう止まらない!プレミアムG-SHOCKを安く購入するためにはインターネットが一番だと知る。そのうちいらなくなったG-SHOCKを試しに個人売買し、利益が出ることに気が付く。 これはもしや、、、\(~o~)/

 憧れていた海外出張も入社した年からガンガン実現。入社した年にはトータル約3ヶ月間はオーストラリアで過ごすことに。ここで仕事で海外に行くのと海外旅行とは完全に違うことを自覚する。(笑)

 この会社ではコンピューターはもとより、輸出入に関して、小売業の運営と実践、在庫管理から新聞広告デザイン作成までありとあらゆる仕事をさせてもらい非常に勉強になった。これには本当に感謝!

 




ワイキキビーチ

個人売買(G-SHOCK)で3ヶ月で約350万円を売り上げる。が、物欲王だった私の手元にはお金の代わりに新しい物が次々とやってくる、、、(;^_^A アセアセ…


家族でハワイ旅行に行った際に、ブリキ看板専門店に出会う。ブリキ看板を個人の趣味として40枚ほど購入する。この時にはブリキ看板屋さんをしようとは夢にも思わなかったが、今思うとこれがきっかけになったのだった。( ̄^ ̄)

 


大阪学院大学国際科を無事に卒業


 




勉強にと買ったiMac

 



当時は何でも売れに売れた
ヤフーオークション

大阪のアパレル関係の会社に内定するもたったの1日目の説明会で辞めることを決意。(* ̄0 ̄*)ノ口 マジっすか?by 兄 ( ・_・;)


これからプータロー生活開始!再就職時には役に立つだろうと、兄の薦めでiMacを購入してコンピューターを始める。 タッチタイピングを北斗の拳「激打」で習得。ラオウすら余裕で倒すほど。やったことのある人ならわかるあのラオウの強さ。手の動きはもはや別の生き物。

 


ネットオークションが日本でも開始され、もちろんのごとくはまる。この時点で個人売買にはすでになれていたので、近くのショップで良い物を見つけては売買し、ちょくちょく小遣いを稼いでいた。販売した商品は「時計」「コンピューター本体&周辺機器」「書籍」「雑貨」「服」「カバン」など多岐にわたる。この時はまさにネットオークションバブルの時代で、出品すれば何でも必ず売れた。


なかでも試しにと出品してみたブリキ看板は非常に好評!この頃から「あきない」にはまりだし、何か自分でショップをしたいと感じだす。G-SHOCKの個人売買とネットオークションで軽く500回を超える取引をして、自然とネット通販の基本を覚える。ちなみにこれまでネット売買詐欺にも2回会ったが、何とか解決。両方とも高額なコンピューター本体(Mac)の売買だった。(*o☆)\


 


兄の薦めでヤフオクに同じくはまる。幸か不幸か大阪には卸問屋がたくさんあり、そこからちょくちょくと雑貨などを仕入れては、オークションで販売し生活するまさにその日暮らし。これもネットオークション全盛だったので何とか食えてたと今になって思う。




HP開業のために
500種の看板を集めた
6月
ブリキ看板屋の具体的な構想と仕入れ調査をするが、残念ながらあてにしていたブリキ看板屋が潰れていた。キャ~どうしよ~(T-T)(T-T)



    
8月
諦めかけていたところ、運良くアメリカで看板を扱う業者を見つけだし、キャンディタワーのために看板をアメリカ中から集めてもらうことを契約する。同時に集めた看板の保管する倉庫や運送業者などを捜して契約する。ヾ(^v^)kヾ(^v^)k


輸出入は会社員時代に専門でしてたのでお手のものって感じ!v( ̄ー ̄)ちょっと自慢

 

 



 


初代HP
 


2代目
   


掲載された日経新聞
「大好きなMac」+「個人売買」+「アメリカ」=アメリカンブリキ看板専門店

4月8日

私たち兄弟にとっては記念すべき日となる。ヾ(^v^)kヾ(^v^)k





ちなみに開業資金は?
1トン近い重さに耐えられるワイヤーラックと高速インターネット回線、作業用の机と発送用のダンボールぐらいで約25万円。コンピューターはもちろん、デジカメやプリンタなんかの周辺機器もすべて持っていたので、それをそのまま使用。あとの貴重な資金はすべて商品代金と輸入費用にした。



    
7月
「インターネットでお店やろうよ!」に掲載される。v( ̄ ^  ̄)


生まれて初めての取材を体験
インタビュアーとカメラマンの方たちに囲まれ、目の前にはテープレコーダーとドデカいフラッシュが、、、 「うぉ~緊張するぞ~」って感じでしたが、編集部の方たちがたいへん気さくで、楽しく取材を受けれました。それにしてもシャッター音はクセになるぜぇ~ パシャ!


 

9月

4年半勤めた会社を正式に円満退職。これで兄弟二人ともアメリカンブリキ看板専門店を運営することが自分の仕事となる。


 

10月
キャンディタワーのホームページを約2ヶ月掛けてリニューアル!


前回のホームページの失敗から学んだこと
ポップなデザインで作り上げた前回のHPは完全にショップページとは異なるものだとわかる。トップページに商品画像はなく、ショップなのかどうかもパっと判断しにくかった。また、目的の商品に到達するまでのクリック回数が多かったりと訪れてもらえるお客様に対してとっても不便なサイトだった。


 

12月
日経新聞に掲載される。こいつは未だに自慢!
発売された日、私たち二人を除いて我が一族は目を疑った!
なんでこいつらが日経新聞にと・・・ v( ̄ ^  ̄)ハッハッハ
世の中捨てたもんじゃねえぞ!




私たちの特集記事
 


発売された文庫本
2月
月刊ライトニングにカラー6ページで私たち兄弟が特集される。
「こうしてボクらはオーナーになった」に登場!v( ̄ ^  ̄)


 

3月
月刊「SOHO」に掲載される。v( ̄ ^  ̄)
月刊「頭で儲ける時代」に掲載される。v( ̄ ^  ̄)

 

7月4日(アメリカ独立記念日)
キャンディタワーのホームページ3回目のリニューアルで現在のページに


 

9月
「インターネットでお店やろうよ!」に掲載される


 

10月
「月刊アスキードットPC」に掲載される


 

11月
「レトログッズマガジン」
「家具コレクション#3」 に掲載される


 

12月
私たち藤原兄弟が文庫本になって出版されました!
これにはびっくり!いいのかほんとに(*゚□゚*)ぎょぉぉ!


「こうしてボクらはオーナーになった」えい文庫 
¥600 全国書店で好評販売中!