伝統工芸品の関東牛刀
工場の目の前は梨園、周囲も緑がいっぱいで気持ちいいところですね。
八間川さんの関東牛刀は、千葉県指定伝統的工芸品に認定されているそうですが、
関東牛刀とはどんなものですか?
牛刀などの洋包丁は、幕末から明治にかけて食肉文化とともに伝来しました。
ただ、切れ味に難があって・・・。
切れ味にこだわる日本人には、使いづらいものだったようです。
そこで、関東の刀鍛冶が技術を生かし、
日本刀と同じように鋼(はがね)を用いて、切れ味のいい洋包丁を作りました。
それが、関東牛刀です。
関東牛刀は、日本生まれの洋包丁なんですね。
江戸には刃物鍛冶職人が多かったんです。
洋食文化も都市部から広がりましたから、必然的に関東圏内で洋包丁作りがさかんになりました。
関東牛刀は、高品質な牛刀の代名詞だったんです。
そうだったんですか。
日本で刃物というと、新潟県三条市や岐阜県関市、大阪・堺市というイメージしかなくて・・・。
そういった地域の包丁は、大半が機械化による大量生産を行うことで、全国各地に広がっています。
確かに、大量生産するとなると、手作りより機械化、
誰でも均一の物が作れるようにしなくては成りたたないですね。
うちで手作りの牛刀を納品しているところもありますよ。
それだけ、鋼で作る伝統的な牛刀は少なくなっているということですね。
関東牛刀の職人さんは、何人くらいいらっしゃるんですか?
関東牛刀の職人は、今では私1人だけです。
父の問屋を手伝い始めた頃、近所に関東牛刀を作っている鍛冶屋の親方がいたんです。
歳だし辞めるというので、ぜひうちにと来てもらいました。
ご近所とは、ご縁を感じる出会いですね。
最初は手伝う程度でした。
機械で安く作れるのに手作りの高いものなんて、とそういう感じで。
でも、親方が作っている姿を毎日見ているうちに、
これが「本物」だろうと思うようになって、それからやる気が出ましたね。
こりゃあ早く覚えないと、このままだと親方が居なくなったら無くなっちゃう、受け継がなきゃと・・・。
気付いたら、できるようになってました。
作れるようになるまでは、どのくらいかかりましたか?
10年くらいでしょうか。
自分が教えたってしょうがないから、自分の目で見てやってみて、失敗して覚えろという人でした。
実際やって失敗すると、親方が後ろでだまーって見て笑ってるんですよ。
自分でやって、身体で覚えなさいよと。
親方のやることを見て、自分でやってみて覚えていく。
まさに職人の世界ですね。
商品として出せるようになったのは、伝統的工芸品の申請をしたあたりかな。
平成18年くらいです。
親方がずっとやってきたことを形に残したいなと、
一か八か千葉県の伝統的工芸品に申請してみたんです。
そしたら、認定されちゃったんです。
条件は大変そうですが、カンタンに認定されるものなんですか?
【千葉県指定伝統的工芸品の指定条件】
1)製作の主要部分が手工業であること。
※製品の持ち味に大きな影響を与える部分が手作業中心となっている事
2)伝統的な技術、または技法により製作されていること。
※ここで云う伝統的とは、大正時代以前に製法が確立していること
3)主たる原材料が、伝統的に使用されていること。
※主たる原材料とは当該品の品質、持ち味を維持するために必要不可欠である原材料であること
4)一定の期間、おおむね10年以上、県内で製作されていること。
まず書類審査があります。
それに通ったら、今度は現場で製作の全行程を1日かけて見て検査します。
千葉大工学部の教授や専門の人が3人来て、朝から晩まで見て写真を撮ったりしました。
専門家が審査員なんですね。
決定までの期間はどれくらい?
なんだかんだで1年です。
平成19年に認定されました。
落ちる品物もあるんですか?
もちろんです。
落ちたら2度と受けられない。
落ちるということは、伝統的工芸品じゃないと判断されたということですから。
厳しいですが、その分認定されたということは嬉しいですね。
だから後戻りできません。
逃げ道はないので、高めていくしかないんです(笑)


子供用包丁へのこだわり
今回、手しごと本舗のために子供用の包丁を作っていただきました。
引き受けていただいた理由がおありだとか?
展示会なんかで包丁を並べていると、
子供達が冗談で「あ、凶器だ!」と言ったりするのをよく聞くんです。
でもそうじゃない。
刃物は大切な道具なんです。
それに、職人が魂を入れて作った包丁は、決して凶器にはなりません。
そういうことを、子供たちに知って欲しくて・・・。
それで、小学校の社会科見学を受け入れるようにしたんです。
社会科見学ですか。
こういう仕事ってなかなか見る機会が無いので、
実際に包丁を作っている様子を子供達にも見せてあげたいなと思ったんです。
毎年5月に、近くの小学校2年生が社会科見学で来ます。
小学生に「包丁はどうやって作るんですか?」と質問されて、
「気合いを入れて、魂を入れて作るんだよ」って答えたり。
だから、今回子供用の包丁のお話をいただいたときは、正直嬉しかったです。
こだわったところや、特に気を付けたところなど教えてください。
うちに5歳の子供がいるので、いくつか作った包丁を実際に持たせてみて、大きさを決めました。
形はなるべく尖った部分が無いように、切っ先(刃先の先端部分)や峰(包丁の背の部分)、
あご(刃元の終点部分)の部分にも丸みを出しています。
柄も使っていると出てきたりするので、しっかりと面取りしています。
ただ、刃先はプロが使うのと同じように切れます。
子供さんは力がないですから、切れないと変な力が入って、けがしちゃいますから。
形は幅が広くて使いやすい「三徳包丁」にしました。
細かい気配りがいっぱいですね。
素材は何ですか?
関東牛刀と同じ、鋼の無垢材です。
鋼にもいろいろ種類があるんですが、不純物の少ない「白紙一号」という高級刃物用の鋼を使っています。
※白紙一号は、徹底的に不純物を取り除き炭素のみを加えた鋼です。
日立金属が製作する高級刃物用の鋼で、
日本刀の原材料に使われる玉鋼に組成的に最も近いそうです。
※2015年4月に、「白紙一号」から「日本鋼SK材」に変更されています。
工程はどのようになりますか?
工程も、関東牛刀と同じです。
まず「型切り」といって、鋼の無垢材に子供用包丁の型をあてて線を引き、
線にそってタガネとハンマーで切っていきます。
その後、グラインダーで包丁の形に整えます。
これが、「型擦り」です。
次に、口金(つば)の鋼を溶接します。
以前は溶接屋さんに頼んでいましたが、高齢で辞めてしまって・・・。
他を探しましたが、なかなか条件が合わず、
結局頼んでいた溶接屋さんに教えてもらい、うちでやることになりました。
溶接が終わったら、うちのブランド名「光月」の刻印を打ちます。
この「光月作」のところですね。
刻印というと最後に打つイメージですが。
無垢材なので「焼き入れ」「焼き戻し」をすると硬くなっちゃうんです。
そうなると、もう刻印は入れられません。
なるほど、無垢材だと焼き入れ後に刻印は入れられないんですね。
そうなんです。
コークスで包丁を約800℃に熱し、これにより包丁の組織を密集させ硬くします。
これが「焼き入れ」です。
次に「焼き戻し」。
焼き入れしたままの包丁は、硬くしたことで割れやすくなっています。
ですから、低い温度であぶり冷やすことで、ねばりを出してあげます。
熱したり冷やしたりすることで、金属の性質が変わるということですか。
古くからの刀鍛冶の知恵です。
ロックウェルスーパーフィシャルという硬度の単位があるんですが、
焼き入れしただけの状態だと「63〜65」で割れちゃう硬さなんです。
それを低温でもう一度焼くことで、「59〜60」になって粘りやしなりが出てくるんです。
知恵もそうですが、ちゃんと数値でも出ているわけですね。
実際には、熱した鋼の色を見て判断しています。
鋼は生きてるんです。
数値も冬と夏ではぜんぜん違いますよ。
気温や湿度ですか?
気温ですね。
寒いと凍っているので、材料がしまって型切りの際に割れる可能性があります。
季節によって違うので、まさに生きている感覚です。
次が「ひずみ取り」です。
包丁は厚みが違うので、熱を加えると必ずひずみます。
それを、タガネやハンマーで整えます。
整え終わったら、「荒研ぎ」と「中研ぎ」です。
まず「荒研ぎ」では、包丁の刃になる部分をグラインダーで研ぎます。
関東牛刀は両刃ですが、その割合は7:3〜6:4にこだわっています。
この割合だと、切った後に素材同士がくっつかず、切り離れがいいんです。
大量生産の牛刀は自動研磨機でやるので、割合は8:2〜9:1にしかできません。
だから、牛刀は片刃だと勘違いしている人が多いんです。
「中研ぎ」では、さらに目を細かくし表面をきれいにしていきます。
大量生産、機械化で本来の特長を失っているところもあるんですね。


次が「バフがけ」です。
研磨材を付けツヤを出し仕上げます。
完成した包丁の刃にほんのり見える、模様みたいなものがバフ目です。
次が「柄付け」。
柄・ハンドルを付けます。
これも以前は柄付け屋さんに出していましたが、高齢で辞めちゃって・・・。
これは困ったぞ、と全国を探し回りましたが、
手作りなので1本1本太さも大きさも穴の位置も違うため条件が合わなくて。
結局、うちでやるしかなくなりました。
伝統を守っていく、というのは本当に大変なんですね。
なんだか、切なくなってきました。
最後が「刃付け」です。
すぐに使えるように、目の細かい砥石で刃を付けて完成です。
今、子供用包丁を髪の毛にあてました。
それは何のためですか?
ひっかかりや切れ味を見たんです。
産毛も剃れますよ。
包丁で産毛が剃れる!?
まさしく切れる証拠ですね。
お手入れはどうしたらいいですか?
とにかく濡れたままにしないことです。
使い終わったら、手を洗うのと同じように包丁も洗ってあげてください。
そして手を洗ったら拭くように、包丁も水分を拭き取ってあげればそれで十分です。
昔は、天気の良い日には、包丁と木のまな板を一緒に天日干しして消毒していましたね。
だから、食中毒もいまほど無かった。
とにかく毎回乾燥してあげると、20年は使えます。
水分だけですか、カンタンですね。
包丁立てとかはどうでしょう?
包丁立てをお使いいただいてもいいですよ。
水気を取ってもらえれば、大丈夫です。
それと包丁の表面に食材が残っていると、赤さびの原因になるので気をつけてください。
ただ、1回でも使うとこんな風に表面がほんのり黒くなるんですが、
これは酸化鉄といって包丁の表面に皮膜をつくり覆われたということで、非常に良い状態なんです。
酸化鉄は、身体に入っても全く害はありません。
確かに、黒ずんでますね。
純度の高い鋼の包丁は、必ず黒ずむんです。
切れなくなったら、研いでいただけるんですか?
もちろんです。
そういえば、母が小さな包丁を使っていたんですが、元々は大きな包丁だったと言っていました。
研いで研いで、だんだん小さくなっていったんですね。
昔ながらの包丁は、手作りだから焼きがしっかり入っていたので小さくなっても使えたんです。
今の大量生産のものは、全体の1/3ほどしか焼きが入っていなかったり、
刃先だけレーザーで焼いたりしているようです。
だから、途中で使えなくなります。
効率化とかコストをかけなくなるとそうなるんですね。
柄の部分も、すり減ってきたら修理できますか?
5〜10年も使っていると、柄の鋼と木のつなぎ目の部分に、隙間が空いてくるんです。
2〜3mm空いてきたらメンテナンス時期です。
「光月作」という刻印があれば、八間川さんが作ったものと一目でわかりますから修理も安心。
切れなくなったら研いでまた切れるようになる、一つの物を大切に使うことができる。
仮に20年だとすると、お子さんが大人になっても使えるということですよね。
うちでも20年以上使っています。
1回柄を付け替えていますが、包丁部分も元々の2/3の大きさで現役です。
ということは、女の子だと嫁入り道具にもなりますね。
お母さん用に、この形の大人用包丁も欲しいですね。
実は、もう作り始めています。
同じ形で、もう少し大きくしてお子さんとお揃いで使えるようにしようかと考えてます。
それは楽しみです。
子供用包丁ができるまで
取材の際に、子供用包丁の工程の一部を実際に見せていただきましたのでご紹介します。
インタビューの時の温和な雰囲気とは違う凄まじい気合いに、
終始圧倒されっぱなしでした。
型切り
鋼の板材に、型を使って包丁の形に線を引きます。
その線にタガネをあて、ハンマーで力一杯叩いて切ります。
何度も何度も叩き切る、型切りの姿は強烈でした。
本来はタガネとハンマーを二人一組で行うのですが、今できるのは八間川さんだけなので、一人でタガネとハンマーを扱っています。
切るたびに板が曲がっていないかをこまめに確認していく緻密な作業でした。
手首はがくがくで整骨院に通っているそうですが、「先生からこんなひどいの見たこと無いといわれてます」と教えてくれました。
「気を抜くと大ケガをしちゃいます。でも、これが伝統の技術なんです。だから残していきたいんです。」
大量生産のプレスではできない、様々な形の包丁を生み出せるのはもちろんですが、線引きされていても微妙に大きさは違うはずです。
まさに出来上がる包丁は、世界にたったひとつのものといえますね。
口金溶接
口金用の鋼をロウ材などでくっつけるのではなく、包丁と一緒に熱し一体化させます。
赤い火だけでなく、白から青の炎も上がっていました。
青い部分は、3000℃くらいだそうです。
刻印
渾身の力を込めて、ハンマーで「光月作」の刻印を打ち込みます。
1回だけではなく、何度も打ち込みます。
「深く入れないと消えちゃうんです。」
「実は、刻印はこれが最後の一つなんです。無垢材に食い込まなきゃいけないので、鋭利で強度が無いといけないんです。いろいろ探して作ってもらうんですが、すぐに使い物にならなくなるんです。ステンレスなら打刻機でカンタンに打てるし、レーザーや印刷でプリントできちゃうんですけど・・・。」
焼き入れ
炉の横には、油桶と水桶、上に砂箱があります。
準備段階で先に熱した金属を油桶に入れ、油の温度を調整しておきます。
コークスの中に長方形の筒を入れています。
それが真っ赤になっています。
この中に包丁を入れて、全体に一定の温度が行き届くようにします。
コークスに直接入れると、隙間があり温度もまばらになるところが出てくるそうです。
筒を使って焼き入れするのも伝統技術で、筒の素材は「鋼55C」というもの。
包丁の火色を見るために、カーテンを閉めて電気をすべて消し、工場全体を暗くします。
火色で、何度まで熱したかが分かるそうで、昔の鍛冶屋さんは、鉄の火色をみるのに夜作業をしていたそうです。
「夏場は夜やったりするんですが、納期の都合で昼間もやります。
何年か前は熱中症になっちゃいました・・・」
暗い中での火の作業は、炎の音だけが響き神聖な感じさえしました。
包丁全体に均一の熱を伝えるため包丁に土を塗り、筒の中に包丁を入れ熱していきます。
「昔は鉄の色を見るグラフみたいな図があったんです。
材料屋さんにもあって、うちにもあったんですがなくなっちゃったんで問い合わせたら、
最近は温度計や電気炉が欲しいというお客さんは居るけど、あの紙が欲しいなんて何十年ぶりに聞いたよと言われて。」
色を見て判断するのではなく、今は数字を見て判断してしまうようです。
包丁の赤い色を見て油桶に移します。
ほんのり煙が立ち、砂箱に入れて冷まし取り出します。
「赤い色は、これ以上赤くなると割れます。低いとなまくらになります。
10本同じ赤い色でも1本は割れるかもしれません。鋼は生きてるんです。」
焼き戻し
コークスから筒をよけ、焼き戻しの準備をします。
砂の付いた包丁をこすり砂を落とします。
この時の音で、焼きが入っているか判断できます。
「高い音で、しゅるしゅるしゅる。この音がいいんです。」
焼き入れよりも低い温度で、コークスの中に直接入れます。
部分的に時間を変え、赤紫から青紫にし柔らかくします。
「日本刀もミネは柔らかいんです。中の組織を均一化しています。」
水桶の中に入れて冷まし、砂箱に入れて拭き取ります。

今回見せていただいたのはここまでですが、
ここからさらに、「ひずみ取り」「荒研き」「中研き」「バフがけ」「柄付け」「刃付け」と
工程が続き、ようやく完成となります。
全ての工程を、伝統の製法に忠実に行うことで完成させる八間川さんの包丁(千葉県指定伝統的工芸品)は、まさに職人の魂が宿る「入魂の逸品」といえます。