- 福井県鯖江市というとメガネのイメージしかなかったのですが、
こちらに向かう途中、「うるしの里・河和田(かわだ)」や「越前漆器」「越前塗」など、
漆器に関わる看板が 至るところにありました。
ここ福井県鯖江市西袋町一帯は、まさに「漆器の町」なんですね。
- 越前漆器の始まりは、1500年前といわれています。
古墳時代です。
26代天皇の継体天皇が皇子の頃にこの地を訪れた時、冠を落として割ってしまった。
その修理をしたのが漆の職人で、その出来映えに感心しこの地域での漆器作りを奨励したそうです。
- そんなに古くから・・・。
1500年前に、すでに職人さんが居たわけですね。
漆器が作られるということは、そもそも漆が採れたということでしょうか?
- 漆は、ウルシの木に傷をつけて出てくる樹液、木の汁が漆です。
漆を採る人を「漆掻き(うるしかき)」といって、全国の漆のあるところ、
ここや茨城、群馬、福島辺りを回って採ってくる。
- 自生している漆を探して、採取しているということですね。
漆は栽培できないのでしょうか?
- 栽培した時期もあるようだけど、中国からの輸入が増えて、今は95%以上が国外産です。
国産の漆は、国内に10数人程度しかいない漆掻きさんが採取したものだけで、
国宝級の美術工芸品の修復にだけ使われています。
- 確かに、国産の漆を使った漆器は見たことがないかもしれません。
- 中国産の漆にもランクがあって、うちで使っている物は国産に近い物を選んでいます。
漆掻きが採った漆は、そのままでは使えないので漆屋さんで精製してもらいます。
生の漆、生漆(きうるし)は乳白色ですが、精製した漆は蜂蜜のような艶と透明感が出てきます。
漆屋さんはそこに顔料を加えて、いろんな色の漆も作ります。
- 内田さんは、現在7代目でいらっしゃる。
内田家は200年を超えて漆業を営んでいらっしゃるとお聞きしています。
漆掻きから製品に仕上げるまでされているんですか?
- 昔はやっていたようで、僕の先々代はやっていました。
でも、漆器というのは分業制なんです。
「漆掻き」が採った漆を、「漆屋」が精製・色付けする。
「木地師」が、ろくろなどを使って器を削り出します。
「下地師」が、器に丈夫にするための下地処理をする。
下地のできた器を「塗師」が美しく仕上げる。
より華やかにする時には、絵付けや蒔絵など装飾を加える「蒔絵師」があります。
一般的な会社は、すべての工程を下請けに出して販売だけを請け負っていますが、
うちは自分のところで塗った物だけを販売しています。
- なるほど、内田さんの漆器は、木地師が形を作り下地師が整えたものを内田さんが塗って、
クオリティを管理しながら完成させていくということですね。
そういった会社は、あまりないのですか?
- 100社中数社しか無いと思います。
- 分業制ということは、それだけ多くの人の手が関わるということ。
職人さんの個性もあるでしょうし、クオリティを保ちながら運営していくのは大変なことですね。
- 漆器ができあがるまでというのは、想像していた以上に複雑ですね。
1つの漆器ができるまでには、どの位の期間がかかるんですか?
- 大体100日くらいですね。
- 3ヶ月を超えるんですか?
- 大まかにいうと、下地、中塗り、上塗りという工程で漆を使いますが、一番大事なのは下地です。
- 下地というのは、木地師が削り出した木の器があって、その後の作業ということですね?
- そうです。
下地というのは、漆器を長く使えるよう丈夫に、また美しく仕上げるための土台となるもので、
10〜15工程あります。
- まず「木固め」といって、木地のままの器に生漆を染みこませます。
これにより、木の変形や反りなどを防ぎます。
染み込んで乾いた後、「研ぎ」といって、表面を滑らかになるように研いでいきます。
- 次に「布着せ」。
器には、口をつけるところやお箸が当たるところがあります。
その痛みやすい箇所に、布を貼って強度を高めるんです。
お椀の場合、底の部分や吸い口などに布を貼りますが、貼る糊の役割もすべて漆が担います。
- 貼って乾いたら、これも表面が滑らかになるように研ぎます。
この状態だと、布と器の間に段差があります。
布の間にも目に見えない凹凸があるので、下地作業で少しずつ埋めて滑らかにしていきます。
漆に地の粉と砥の粉を混ぜたものを3回塗り、それぞれ研ぎ出します。
1回目が「1辺地」、乾いたら「1辺地研ぎ」
2回目が「2辺地」、3回目が「3辺地」で、もちろん研ぎも行います。
これが最低限行われる作業で、作る物によって作業が増えます。
- 今お聞きしただけでも、10工程ですね。
白木地の器に、そのまま漆を塗ることはできないのですか?
- 下地の無い木の表面に漆を塗っても、木が漆を吸うだけで綺麗にならないんです。
だから下地が大事なんです。
- この工程の板を触ると、どんどんきめ細やかで滑らか、すべすべになっていくのがわかります!
たとえが良いかわかりませんが、女性のお化粧と一緒ですね。
土台や下地を整えないと、ファンデーションが綺麗にのらず、美しくならない。
- そうですね(笑)
10工程といいますが、1辺地の作業でも、
今日は椀の内側底部分の段差を無くそう、明日は内側の縁で、明後日は外側・・・。
乾かす必要があるので、1辺地の作業でも数日かかります。
- はぁ、気が遠くなります。
100日かかる理由がわかりました。
- ここまでが、下地師さんの仕事。
次の中塗りからが、うちら塗師の仕事です。
- 中塗りと上塗りですね。
- 作業場に行きましょうか。
※内田さんが「下地〜中塗り〜上塗り」の工程の説明に使っていた見本がこちらです。
ちょっと見づらいですが、
左から「1.木固め」「2.木固め 研ぎ」「3.布着せ」「4.布着せ研ぎ」「5.1辺地」「6.1辺地研ぎ」「7.2辺地」「8.2辺地研ぎ」「9.3辺地」「10.3辺地研ぎ」「11.中塗り」「12.中塗り研ぎ」「13.上塗り」で、全13工程です。
- いよいよ塗師である内田さんの番ですね。
まずはどんなことをされるのですか?
- 朝、まず今日使う色の漆に入れて、熱を加えて柔らかくします。
それを4枚重ねた紙にあてて濾す(こす)んです。
- 濾す?
それはなぜでしょう。
- 漆の中には目に見えないホコリやゴミが入っているんです。
小さなホコリやゴミがあると、塗った時にそれが出てきて美しくない。
製品にならないんです。
実際濾した後の紙を見ても、目に見えるゴミは何一つないんです。
でも、細かい立ちホコリとかやっぱりある。
だから、もう1回同じように濾します。
漆桶から出したばかりの漆も、必ず2回は濾して使うんです。
- 塗る前の準備段階から手間がかかりますね。
この桶の漆が、漆屋さんが精製し顔料をまぜたものですね。
いろんな色があって綺麗です。
- 昔は黒、赤は2色、合わせても5色くらいしかなかったけど、今は30色くらい。
赤は高貴な色だから、古代朱、本朱、赤口、淡口、赤中など10色ほどあります。
- 濾した漆をいよいよ塗るんですね。
- この部屋はとくにホコリを立てないようにしてください。
ろくろで回しながら塗るので椀に軸(棒)をロウでつけますが、越前塗は、輪島塗と違い高台の中心につけ、塗の工程の最後に仕上げます。
輪島塗や山中塗は、椀の内側に立てます。
- 地域によって特長があるんですね。
- こうやってろくろで回しながら、まずはゴミをとって。
次に漆を染みこませた刷毛(ハケ)で塗っていきます。
下地はヘラでやるんですが、中塗りからは刷毛を使います。
- 使われている刷毛もたくさんあって、いろんな幅、長さ、大きさがあるんですね。
- 蒔絵などの場合は水ネズミの毛が良いらしいんですが、うちらが使う刷毛は女性の髪の毛、人毛です。
- これ、人毛なんですか!?
- 毛は鉛筆の芯のように、刷毛の中に入っているんです。
年に1度、年の初めに刷毛の木を削って新しい毛を出します。
そのままだと毛先はがたがたなので、砥石で毛先を真っ直ぐにする作業をします。
- 砥石で毛を整える。
そこまで緻密にするからこそ、漆の美しさが表現できるのですね。
- 先々代から使っている刷毛もありますし、使いやすいものは自ずと決まってきます。
- 塗った後はここで乾かします。
- 回っています・・。
- 水と一緒で、漆には平らになるという性質、表面張力がありますから、回すことで均一になるんです。
- 漆の特長を上手く利用しているわけですね。
どの部屋にもエアコンに湿度計、そして空気清浄機がありますが、温度管理とゴミ対策でしょうか?
- 塗りを2時間やったとしたら、ゴミ取りは1〜2時間かかるんです。
これだけ注意をしても、細かいゴミはあるんです。
こうやって、医療用のピンセットで一つひとつ取っていく。
なので、ゴミを付けないように配慮をしなくちゃいけない。
- そんな場所に入らせていただいて恐縮です。
エアコンは乾かすための温度管理ですか?
- 温度も湿度も大事です。
冬は乾燥しているので、乾きにくい。
- 乾燥で乾くのではないのですか?
- 洗濯物は乾燥で乾きますよね。
漆器は湿度、乾燥の逆。
湿気がないと乾かないので、一定の湿度が必要なんです。
60〜65%がいい。
- ということは、季節によっても乾きが違う。
梅雨の時期が一番良いのでしょうか?
- 実は、梅雨は乾きすぎて難しいんです。
塗ったすぐ後は刷毛目があるから、2、3時間で乾くと漆の表面張力が働く前なので、
刷毛目が残ることがあるわね。
一番悪いのが春。
春は植物が成長しようとして、水分を吸ってしまう。
空気も乾燥するから、時々濡れた布を掛けたりできるよう、棚を工夫しています。
- 漆器というのは、すごく手間がかかるのですね。
中塗りをし乾燥させたら、次は研ぎですね。
2日後くらいですか。
- 2日じゃだめ、手で触れる程度で乾いてない。
かちんとしまらないと研げません。
- かちんとしまる?
- 業界用語で、「きちんと乾く」という意味です。
完全に乾いたことを、かちんとしまるというから、かちんとしまってから研ぎます。
- なるほど、カチカチと音が鳴るくらい乾いている感じですね。
研ぎはどのようにされますか?
- 陶芸とかで使う回転ろくろを使って研いでいきます。
今はペーパーですが、昔は砥石でした。
下地がしっかりできていれば、凹凸も少ないので砥石は必要ありません。
ペーパーで充分です。
- やはり下地は大事なんですね。
そして最後の仕上げ「上塗り」に進む?
- そうです。
蒔絵などがある時には、専属の蒔絵師に出します。
漆が乾くか乾かないかの時に、金粉を蒔いてやるんです。
昔の出土品とかでも、漆だけの部分の形は無いのに、金の模様の部分は残っているものとかあるでしょ。
荒い金粉を蒔いて生漆を吸い込ませる、磨きという技法もあるんです。
- 漆器の世界が広がりますね。
艶消しなどはどのようにされているんですか?
- 艶消しは、艶消しや半消しの漆というのがあって、それぞれの漆を使うんです。
- 艶消しの色、半消しの色があるということですね。
- 「総朱」という赤い椀なら、中塗りも上塗りも赤を使います。
万一、使っている内に傷がついたとしても、同じ色がでる。
ため塗りというのもあって、中塗りに赤を使い、上塗りに透ける漆に数%黒を混ぜたものを塗る。
職人によっても違います。
- なるほど、漆だけでもさまざまな表現方法があるのですね。
上塗り後は乾かして完成ですね。
- 上塗りの後は、乾かすのもそうですが、匂い消しをします。
- 匂い消し?
確かに作業をされている部屋は、漆の匂いがしますね。
- お椀には熱い汁物を注ぐ場合も多いですから、温度差で匂いを感じる人もあったり。
通気の良いところにおいておくのが一番です。
- 一つの漆器が出来上がるまでには、惜しみない時間と手間がかけられているんですね。
多くの職人さんの手から生み出された漆器。
大切に使い続けたい、日本の文化・工芸品といえますね。
- 漆といえば、小さい頃に漆の葉っぱに触れてかぶれたことがありますが、漆器の場合はいかがですか?
- かぶれの原因は、生漆であることが多いんです。
木から採取した樹液のままのもので、精製されたものは基本的に大丈夫なのですが、漆器は食品をいれるものですから、天然の木と天然の漆だから大丈夫です。
- それは安心です。
ただ漆器は、高級品。
扱い方とか大変そうなイメージがあります。
- うちでは、普段から陶器のお茶碗と一緒に使っています。
家庭で普通に使う分には、乾燥機に入れたりしなければ、何も問題はありません。
物に当たったり、落としたり欠けたりすると、そこから痛む場合があるということです。
料亭などでは、汁物も鍋から直接椀に盛るのではなく、一度別の茶碗に注いでから盛り直しています。
漆器椀は、ぬるま湯に通して温めておく。
そうやって使って貰うと、100年も200年も保ちます。
- 孫子の代、それ以上ですね。
それに、普通に使っていいなんて敷居が低くなりました。
- 最近、蔵に眠っていたらしい漆器の修理を頼まれることもあります。
- 修理もできるのですか?
先祖代々使っていた漆器を、飾るのではなく使えるのはありがたいです。
そういえば、内田さんは7代目ということで、今息子さんが8代目を継がれているんですね。
- 今年(2013年)、伝統工芸士の資格をとりました。
伝統工芸士というと60〜70代が多い中、息子は37歳で、一番若い塗師です。
- それは楽しみですね。
最近は、化学樹脂に化学塗料を塗った「合成漆器」が増えていますが、仕事場を拝見させていただいて、木製の素地に漆を使った昔ながらの漆器の魅力を再確認出来た気がします。
- やっぱり木がいいですね。
木製の漆器が求められてもいます。
最近は、化学樹脂をいかに木製に近づけるかという研究もされているようで、
音を比べても分からなくなっています。
でも、水の中に入れると、木製は浮きますが樹脂製は沈む。
- 汁物はやはり椀ですね。
陶器製だと熱くて持てないですし、食べられない。
だからスープはスプーンですくって食べる。
お味噌汁や汁物、椀物は、手に持って口をつける。
日本の食生活に欠かせない漆器のお椀。
ああ、美味しいお吸い物が食べたくなりました(笑)
今日は、本当にありがとうございました。
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