- 和食器や陶器は好きなのですが、「萬古焼」という名前は初めて聞きました。
- 生産量は美濃焼、有田焼等に次いで全国4位。
国産土鍋の国内シェアは8割ですね。
- 国内4位で、土鍋シェアは80%!?
失礼しました。
それなのに、萬古焼の名が知られていないのはなぜでしょう?
- 宣伝が下手なんじゃないですか、ただ単に(笑)
ひとつはここ(四日市)は港が近かったもんですから、円高になる前は貿易の仕事が多かったんですよ。
海外向けの洋食器をたくさん作ってた。
- なるほど、国内よりも海外への輸出が主流だったんですね。
日本と比べても市場は大きいですからそうなりますね。
- 洋食器は和食器と違って、サイズなど規格があるので大量生産しやすいんです。
北米などへの輸出で、当時大きなメーカーだと500名ほどの従業員がいましたね。
今も規模は変わりましたが、80社以上の窯元があります。
- 四日市という地の利と萬古焼の焼き物の技術で、一大食器生産地になったんですね。
国内ではどんな状況だったんでしょうか?
- 国内では、萬古焼と言わなくても売れたんだと思いますよ。
御用窯じゃないですから。
藩が支援して技術を伸ばし販売していった窯じゃなく、完全に民間から生まれた窯ですから。
- 全くの民間ですか。
- 江戸時代に、桑名の商人・沼波弄山(ぬなみろうざん)が茶の趣味が高じて窯を作り、
自分で茶器を焼き始めたのが始まりといわれてますね。
萬古焼というのも、作った作品が変わらず残っていくようにと「萬古」、「萬古不易」の印を押したのが
由来とか。
- まさに個人の趣味ですね。
茶の趣味?
資料を拝見すると、急須も名産とありますね。
- 土鍋より急須の方が古いですね。
うちも昔は急須を作ってました。
地場の土、紫泥(しでい)を使った急須で、釉薬を使わず焼いて、土の色紫褐色が特長ですね。
昭和54年に伝統工芸品に指定されています。
- 侘びさびというか、渋い感じで日本茶に合いそうです。
土鍋はいつ頃から?
- 鍋ですから、昔から作られていたんでしょうけど・・・。
昭和30年代にペタライトという材質が見つかったんです。
ペタライトを陶土に加えて焼成すると、低熱膨脹性の素材ができて、割れにくい土鍋ができた。
- 割れにくい土鍋?
- 陶器は熱をかけるときはいいんですけど、冷める時に縮む。
急激に縮むことによって割れてしまう。
ガラスなんかだと、緻密なものは割れるんですけど、同じ材質でもぽこぽこと穴が空いていると、
穴が空間になって縮みを吸収するから割れにくくなる。
土鍋も空だきして急冷したり、コンロから熱いままで流しに置いたりすると割れました。
それが、ペタライトを入れたことで低熱膨脹性素材ができ、割れにくくなったから、扱いが楽になりました。
- 確かに土鍋って、空だきするなとか底に水付けちゃいけないとか聞いて。
料理は美味しくなるんですけど、重いし扱いづらいし出すのが億劫でした(笑)
- 土を荒くすることで割れにくい土鍋も昔はあったみたいですが、水が少し、ぽたっぽたっと漏れるんです。
薪や七輪とかならいいんでしょうが、今の熱源では大変です。
割れない土鍋が人気になり、生産量も増えました。
ちょうど家庭の食卓でも、鍋をそのまま出すという習慣が出てきたところでした。
- 鍋をそのまま食卓に出すって最近ですか。
そういえば大正時代頃は一人一つの膳。
昭和に入って丸いちゃぶ台で家族が食卓を囲みますが、鍋をでんと置いているイメージはないですね。
一人分ずつ小鉢などにちゃんとよそってました。
- 30年以前は、七輪とか炭や薪の時代じゃないかな。
だから土間で調理をする、推論ですが・・。
ガスになり、カセットコンロが登場して食卓で火を使う=料理をするという習慣が根付いてきた。
元々料理屋さんとか業務用が主流だったのが家庭にも広がりました。
- なるほど食文化に根付いていますね。
土鍋というと、なんという名前でしたっけ・・・。
グレーの地色にほんのり白い菊のような模様が入ったものをよく見かけて、私も持っているのですが。
- 「三島(みしま)」ですね。
伝統柄で一番のヒット商品、萬古焼のものです。
今は萬古焼の自主基準があって、耐熱や安全性など検査があります。
- そうそう三島、箱に書いてあった。
あれも萬古焼なんですか?
知らない内に使ってたんですね。
恐るべし萬古焼(笑)
検査もあるなら安心です。
- 弥生陶園さんは創業から約90年とか、今何代目ですか?
- 3代目、祖父からで最初は製土業をやってました。
- 製土業?
陶器を焼く材料の陶土を作られていたと。
- 山から土を掘ってきてブレンドして、近くに輸出向けの陶器を作る会社があったので注文を受けて
土を供給してました。
土を混ぜる機械がたくさんあって、ごろごろ回して作ってたんでしょうね。
だから、祖父は当時珍しい車の免許を持ってました。
- 陶器の材料ですね。
窯をもたれたのはいつ頃でしょう?
- 父の時代ですね。
昭和24年頃に始めたみたいです。
- 萬古焼・紫泥の急須ですね。
改めて見ると、急須は胴体に取っ手や注ぎ口がついて、蓋までありますから複雑ですね。
- 型は明治くらいからあったんだと思います。
組み立ては手作業だし大変ですよ。
ただ小さいので窯も小さくて良かった。
- 急須が時代とともに厳しい環境になっていきそうですね。
- 急須が売れなくなって食器を始めたのが、昭和40年代の終わりじゃないかな。
- 食器はどんなものですか?
- ブライダルギフト、コーヒーカップの5客セットとか。
陶器のギフトが全盛の時代ですね。
その時にグラタン皿も始めました。
- グラタン皿ですか、耐熱ですね。
洋食メニューですし、家庭ではまだ珍しい気がします。
- 半磁器の技術があったので。
耐熱性が磁器より高く、グラタン皿に応用できた。
- 面白いですね。
時代の変化を感じます。
- 元々急須を作ってたので、窯が小っちゃかった。
大きな窯の人が小さい物を焼くのは、窯を減らぜばいいんだけど、小さい窯の人が大きな物や数を
たくさんは焼けない。
だから食器の方が転換しやすかった、っていうのが正直なところでしょうね。
設備投資も少なくて済む。
- 土鍋はいつ頃から始められたんですか?
- 僕が戻ってきて2〜3年してからだから、昭和60年代くらいかな。
大学卒業後にサラリーマンをやって、父が病気になり戻りました。
- 土鍋は、久志本さんの代になってからなんですね。
なぜ土鍋だったんでしょう?
- 土鍋って火にかかるという機能がある。
火を使う機能がある土鍋なら、将来性があるんじゃないかなと思ったんです。
問屋さんもあるから、販路もある。
- 最初はどんな土鍋から作られたんですか?
- 雑炊鍋といわれるちっちゃい鍋から。
今は見なくなりましたが。
- なるほど、窯も小さいし。
- そうそうそう、簡単な物から始めましたね。
当時は売れました。
その内、グラタン皿も耐熱性が高いものを好むようになってきて、先にグラタン皿の生産が増えました。
- 耐熱性が高いというのは、工夫によって変わりますか?
- 土、形、焼き、それぞれ多少違いますね。
耐熱性をどんどん高めていきましたし、小ロットの注文も対応できるようにしたんです。
- 大量生産時代から、少量多品種時代に転換し始めた頃ですね。
- その頃はまだ、小ロットの対応を他の会社はやらなかったんです。
うちは逆に小ロットのものがやりやすかった。
平成10年に工場を建て替えました。
- それまでは変わらず昔のまま?
- そうです。
今の工場のところが石炭置き場や広場で、窯や作業するところが梱包するところくらいで。
小ロットに対応できる工場にしました。
この前後に雑貨店ブームが来て、食器はそういうところのOEMに絞りました。
多品種小ロットです。
それもここにきて厳しくなってます。
安い輸入物や、外食やコンビニ弁当なども増えて食器への価値観が低くなってきてます。
- 確かにそうですね。
100円ショップで揃いますし、食や物に対する価値観も人によって全く違ってきています。
- なら自分のところの商品を出そうと思った時に、土鍋だったんです。
OEMで土鍋を作る機会があって、うちのも作ろうと。
- 萬古焼が80社もある中で、久志本さんの土鍋の特長は何ですか?
- まず取っ手が持ちやすいというのがありますよね。
- そうですね。
一般的な土鍋は、もっと小さい。
布巾でギリギリ持てますが、ミトンだと難しいです。
- こういうのは量産するところは嫌うんですよね。
この取っ手だけ別に作って、ひっつけなきゃいけない。
真ん中の器の部分は機械でたくさん作れても、取っ手をつけなきゃいけないとなると、
工程が増えて人手もいる。
何のための機械だって話になる。
ちっちゃい取っ手だと、胴の部分と一緒に型が抜ける。
- だからお店で土鍋を見ても、同じような形と大きさの取っ手ばかりなんですね。
- 作り手側の理由です。
- ということは、蓋の上もそうですか?
久志本さんの土鍋の蓋は、高さもあって、蓋との際が細くなって上が丸く太くなってる。
一般的な土鍋の蓋は、高さも低いし真っ直ぐなので掴みづらいんです。
- これは機械で作った後で、職人さんが削ってます。
- 横から見ると、全て釉薬が付いてますね。
でも普通は2cmくらいでしょうか素焼きの部分が見えていますが。
- ここに釉薬を塗らないのは、何個も重ねて焼けるからです。
- いやあの、熱伝導が違うとか、火にかけた時に何かあるとか、
使い手にプラスになる理由があるんじゃないんですか?
- 熱伝導とか全く関係ない。
塗らないと窯に倍の数が入れられるので、一度にたくさん焼ける。
作り手側の理由です。
- あらら。
ここって使っていく内に汚れるし素焼きなので取れないんです。
テーブルの上に置いたときも目に入っちゃう。
嫌だな、でも土鍋だから仕方ないなって思ってた・・・。
- うちは鍋ばかりを作ってる工場じゃない、食器をやっているから、
この方が汚れないんじゃないかなと思った。
底の部分だけは、棚に置くために抜いてます。
- 土鍋の常識が変わりますね。
久志本さんの土鍋は綺麗だし、使う側の立場で作られている。
使いづらいなと感じていた事が解決されていて、すっきりしました。
- うちは手間がかかって、焼ける数が減るだけです(笑)
- でも、使う側からすると本当に嬉しいです。
あと気になったのは、ちょっと浅めですね。
- 土鍋は、大きく浅鍋と深鍋に分けられます。
元々浅鍋が先で、料亭とかもそうですよね。
食べる分だけを煮て丁度いい具合で食べられる。
その後深鍋が出てきて。
家庭用に一気にたくさん作って食べられるようにだと思います。
- なるほど、家族が多いと一気に作りたいですし、おでんとかだと深い方がいいですね。
- うちは浅鍋です。
僕が酒飲みなんで、ちょっとずつ食べたい(笑)
それにコンロに乗った時にも高くなりすぎないし、この方が使いやすいだろうと。
売れなくてもいいかって思って作ったんです。
- 「売れなくてもいい」まさに久志本さんが作りたいものを作ったってことですね。
ご飯鍋は最近ですか?
- これも15年前から作ってました。
- ご飯は普通の土鍋でも炊けますが、このご飯鍋はどう違うんですか?
- もちろん普通の土鍋でもご飯は炊けるんです。
でも腕がいるんです。
火加減とか。
「始めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな」ってあるでしょう。
あれをご飯鍋は勝手にやってくれるんです。
- え、まさか。
- ご飯鍋は、底の部分をちょっと厚く作っているんです。
こうすることで、最初から強火にしても、はじめはゆっくり火が伝わるから「始めちょろちょろ」になって、
熱が全体に伝わった時がまさに「中ぱっぱ」になってる。
- なるほど。
中蓋の役目は?
- 圧力と吹きこぼれ防止。
中蓋の穴2つと上蓋の1穴の位置を、十字になるように蓋して欲しいんです。
そうすると蒸気が蓋の間で循環して圧力がかかる。
それにおネバもこぼれない。
お米の旨味成分なので、逃さないんです。
縁や溝も逃しません。
- そういえば羽釜の蓋ってかなり厚い木の蓋で重かった。
かなり細かいところまでこだわられているんですね。
- 内側のうっすら見える線は水加減です。
土鍋は少し水分も吸ってくれるので、昔の木のお櫃の効果もあるんです。
だからご飯鍋の土は、土鍋の土より荒い、専用の荒土を使っています。
- 底を厚くしたり丸みとかこういった新しい製品を作る時は、どのようにされているんですか?
- 原型師さんに相談して作ってもらいます。
型屋さんです。
石膏で焼き上げモデルを作ってくれて。
そこから、この部分はロクロ成形とか、これは押し型がいいとか、パーツをくっつけて組み立ててみたり。
いろいろ試してみました。組み立てが増えるとその分型も増えます。
- 型ができないと作れないですし、こだわればこだわるほど型も増えていく。
でもいい型ができれば、その鍋はずっと作ることができるわけですね。
黒い色もシックで、柄がないので食べ物を引き立ててくれそうです。
- これは「天目」という釉薬を使っています。
陶器は焼くと1割ほど縮むんです。
釉薬も縮むんです。
合わないと貫入といってひび割れ模様のようなものができる。
土と釉薬の縮みを合わせる必要があるんです。
- 釉薬の縮み?
そんなところまで、いろいろあるんですね。
知らないことだらけです。
天目といえば、天目茶碗って聞いたことがあります。
不思議な模様になっていますが、これは釉薬の特長ですか?
- この天目は鉄分で黒く発色するんです。
光沢があるんですが火によって曜変(ようへん=予期しない色の変化)する、
一つひとつ違う模様が出てくる。
だから、面白い。
実は、天目の方が焼きが難しいし、数も焼けないんです。
黒い色にしたのは、蓋を開けた時ご飯が綺麗に見えるからです。
ぜひ食卓で開けて欲しい。
汚れも目立ちにくいんです。
底だけは五徳に乗りやすさも考え抜いてます。
- 成形では手で削り、組み立てもして人の手が多いだけでなく、計算できないさりげない模様、
まさに世界でただ一つの鍋ってことですね。
参りました。
ここまでこだわる土鍋の良さって、改めて何でしょう。
- 土鍋の良さは遠赤外線が出る、保温性が高く、余熱で料理ができること、そのまま食卓に出せること。
中でも遠赤外線が一番です。
遠赤外線は、石や陶器には元々出るんですが、温まると何倍も出るんです。
土鍋は下から上に全体に熱が伝わることから、遠赤外線の量が多い。
よく炭火で遠赤外線が出るといいますが、土鍋はどんな熱源を使っても遠赤外線が出るんです。
芯まで届く旨味を逃さない調理鍋ですね。
- 直火で何かを焼いたりしても、表面は焦げてるけど中心は生焼けというものってありますね。
遠赤外線っていいですね。
私はよくケーキを焼くんですが、型はほとんど薄い金属。
伝統的なケーキだと陶器のものがあり、お高いのでチェックしていなかったのですが、
それこそ遠赤効果で美味しく焼けるということですか。
- うちでも、クグロフ型とかキッシュパンとかも以前から作っています。
今は、家内がグリルパンを使って毎日いろんな料理を作ってくれます。
昔ストーブの上に陶板をのせて焼いて食べたあの味です。
- ああ、美味しそう!
土鍋活用法が増えますね。
お料理好きの方にはとくに試していただきたいですね。
ところで、土鍋の取り扱い方法を教えてください。
- 初めて使う時には、目止めをしてください。
土鍋には吸水性があるので、煮炊きした食べ物や匂いが残ったりします。
それを防ぐために、米のとぎ汁や小麦粉を溶かした水を入れ、
一煮立ちした後冷めるまでそのまま置きます。
冷めたら洗って乾かしてください。
ご飯鍋は、一度ご飯を炊けばそれが目止めになります。
とれにくい焦げなどあった場合には、水を張ってもう一度鍋を火にかけてください。
土鍋には細かい貫入があって、温めると伸びる、冷めると縮む特徴があります。
取れない汚れは、熱い時に貫入に入り込みそのまま冷めて中に入ってしまっているもの。
綺麗な水を入れて温めると出てきます。
ホットプレートと同じ感じですね。
- どのくらいもつのでしょうか?
- 割れない限りは一生使えるでしょう。
経年使用で釉薬がはげることはないですし、外的衝撃で欠ける以外は僕は見たこと無いです。
万一欠けたりして剥げても、釉薬も土鍋もセラミックの固まりですから、問題ないです。
- 目止めと乾燥、急冷しないことなどちょっとした気配りで、一生つきあえる鍋なんですね。
海外ブランドの鍋だと数万円は当たり前の世界ですが、機能を考えても土鍋ってすごいなと思いました。
今日は、ありがとうございました!
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