〜第2回〜
著/東京医科歯科大学名誉教授
井上昌次郎先生
―生物時計が体内リズムをつくる―

  乳幼児にとっては、新しい生活環境に適応できる脳を創りあげることも大切です。昼夜リズムのある地球上では、24時間周期で活動と休息をくりかえす必要があるからです。 乳幼児は2か月齢くらいまで、時刻にかかわらず小刻みに、眠ったり起きたり乳を飲んだりしています。脳内の生物時計(体内時計・生体時計)がまだ作動していないからです。
 やがて乳幼児の生活パターンに変化が現れ、起きていることが多い時間帯と眠っていることが多い時間帯とが、ほぼ半日ごとに区別されるようになります。しかも、その切り換えの時刻は毎日すこしずつ遅れていきます。つまり、およそ25時間周期で活動期と休息期がくりかえされるのです。これは生物時計に内蔵されている生まれつきのリズムであり、ほぼ1日周期なので概日リズム(サーカディアンリズム)と呼ばれます。ようやく、生物時計の信号が行動に出てきたのですが、外界の昼夜リズムとはまだ無関係です。
 4〜5か月齢になると、夜間にはまとまって眠っている時間が長くなり、昼間にはまとまって起きている時間が長くなります。昼寝や食事の時間がかなり多いものの、活動は昼間に集中してきます。眠っている時間帯と起きている時間帯が昼夜リズムと同調して、24時間周期が確立するのです。

―なにが体内リズムを昼夜リズムに同調させるのか―

 大切なのは、この時期の乳幼児にとって、賑やかで明るい昼の時間帯があり、静かで暗い夜の時間帯がある、また、夜間にはほとんど食べたり飲んだりせず昼間にそれを集中する、という昼夜に連動した生活リズムがあるかどうかです。あるならば、昼夜リズムを優先してこれに同調するという性質が獲得されます。
 つまり、生物時計は生活リズムのほうをマスタークロックにして、そちらに時刻を合わせるようになります。もって生まれた約25時間のリズムはそのままとっておいて、見かけは24時間に合わせる性能を獲得するわけです。
 しかし、この時期に規則的な生活リズムが乳幼児にインプットされないと、昼夜の24時間周期に同調する性能の欠けた脳に育ってしまうかもし
れません。現代社会は夜型あるいは不規則型になっていて、夜も昼もなく活動パターンがつづいています。そのため、乳幼児が外界のリズムの信号を認識しにくいからです。
 そうなると、昼か夜か・活動期か休息期かを指標にして、体内リズムを昼夜リズムに同調させることができません。そればかりか、生物時計が撹乱されて、おかしな調子になるかもしれません。

―乳幼児の睡眠管理が生涯を左右する―

保育者にとって大切なことは、0歳児の育つ環境の規則性つまり昼夜リズムを確保することです。
 昼夜リズムと同調できる体内リズムをいったん創りあげてしまえば、以後はもう大丈夫です。ところが、同調性を創りそこなってしまいますと、その人は生まれつきの約25時間周期の体内リズムの支配下におかれ、生涯ずっと24時間の昼夜リズム・社会リズムからずれていくような生活を背負わされます。
 そして、この体内リズムを修正するのに非常に苦労しなければならなかったり、深刻な睡眠障害に陥ったりすることになるかもしれないのです。さらには、甘え・乱暴・キレル・不登校・情緒不安定などなど、いま社会問題になっているよう
な現象はみな、0歳児あたりの生活環境のいわばメリハリの欠如に起因する問題である、とさえ指摘されているのです。誇張すれば、将来の人類を劣化させることにもなりかねない事態なのですね。
 現代の大都市のように人工的な生活環境では、昼夜リズムが乳幼児にインプットされにくい要素がほかにもあります。親や家族が昼間に不在で夜間にスキンシップを集中すると、乳幼児の体内リズムをいわば邪魔することになります。こういう習慣がやがて睡眠障害の温床となることもあります。
 これに関連して、最近登場した「ワイヤレスベビーカメラ」が乳幼児の睡眠管理の観点から注目されます。暗視カメラのオートトラッキング機能によって、親や家族が別室にいたまま、乳幼児の眠りを妨げることなしに監視したり、カメラから子守唄を聴かせたりできます。こんな電子機器を活用して、子どもの睡眠習慣を支援したいものですね。


(了)




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