〜第1回〜
著/東京医科歯科大学名誉教授
井上昌次郎先生
―睡眠の役割とは―


東京大学院生物系研究科博士課程終了、現東京医科歯科大学名誉教授。 世界睡眠学会連合理事、アジア睡眠学会会長、日本睡眠学会理事などを歴任し、睡眠研究の第一人者として日本の睡眠研究を牽引。 「眠りを科学する」など多数の眠りに関する著書を執筆。 2014年、瑞宝中綬章受章。
 睡眠の役割を一言でいうと、「脳を創り・育て・守り・修復し・よりよく活動させる」となります。
 これは生涯を通して当てはまりますが、乳幼児の眠りはとりわけ「脳を創り・育てる」作業に重点があります。これに対し、成人の眠りは「脳を守り・修復し・よりよく活動させる」作業に重点があります。
 成人の眠りについては多くの人が常識としていますが、 乳幼児の眠りについては意外に思う人が少なくありません。「寝る子は育つ」ということわざがあるように、乳幼児の眠りが大切であることはよく知られていますが、なぜその眠りが「脳を創り・育てる」のでしょうか。

―人生は眠りから始まる―

 乳幼児は出生後におっぱいを吸う・泣くなどの動作をしたり、味わう・聞くなどの感覚を活用したりしなければなりません。さらに、新たな体験を学習したり記憶したりする必要があります。こうした信号が伝わる情報網つまり神経回路は、生まれる前にある程度整備されていなければなりません。つまり、胎児期にそれらを創っておかないといけないわけですね。
 その敷設に当たる時期こそ、胎児期の特殊な睡眠状態(のちのレム睡眠)なのです。脳のなかでは、自発的に神経細胞が活動してレム睡眠を発生させるシステムができます。レム睡眠のスイッチを入れる神経細胞が、出生後の本番ではたらくことになる神経細胞に対して信号を送り、活動できるように刺激します。こうして神経回路に情報が通りやすくなります。細い通路がだんだん太くなって幹線道路になるわけですね。実際に使う前に神経回路を創りあげておくのがレム睡眠の重要なしごとなのです。
   新生児は未熟です。とりわけ、大脳は成熟するまで以後10数年かかるほど未完成です。ですから、脳内の神経回路づくりは乳幼児期にも継続します。乳幼児がよく眠ること、そしてレム睡眠がたいへん多いことはなぜか、すぐおわかりになれましょう。この眠りの多い乳幼児期が、脳の構築にとってとくに大切であり、よく眠らせることが知能の発達に貢献するのです。


―覚醒した脳は疲れやすい―

 胎児脳が目覚められるようになると、こんどは脳を守るための眠りが現れます。これがノンレム睡眠という第2の眠りです。
  大脳はエネルギーを大量に消費するため、非常にくたびれやすい、もろいつくりです。しかも大脳は全身の司令塔ですから、疲れた大脳では正常な精神活動や身体動作が制御できなくなり、生存を危うくさせることになりかねません。
疲れた大脳を回復させるためには、ノンレム睡眠がなければならないのです。大脳の発達した生き物はみな、眠らなければうまく生きていけないのですね。
 レム睡眠とノンレム睡眠との合計が睡眠量です。新生児はふつう、1日24時間のうちの約16時間つまり3分の2くらいが睡眠量になります。睡眠量は1歳児・2歳児・・・と減っていき、思春期を迎えるころ1日の3分の1くらいに落ちついて、その後はあまり変化しません。
  発育とともに、睡眠量に占めるレム睡眠の割合は劇的に減り、代ってノンレム睡眠の割合が増えていきます。レム睡眠の減少は大脳がかなり成熟したからと考えられます。



©2016 Tribute Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED