Rakuten新春カンファレンス2019

同じ悩みや目標を持つ楽天市場出店者同士の出会いを通じ、店舗運営に役立つ学びを得る「楽天新春カンファレンス2019」。「アイデアを生み出す組織のつくりかた」について語ってくれたのは、面白法人カヤック 代表取締役CEO柳澤大輔(やなさわ・だいすけ)氏。ブレーンストーミングによってクリエイティブな組織を構築してきたカヤックは、その手法を地域の課題解決にも応用することで、これまでの資本主義とは一線を画す「地域資本主義」のモデルケースとなるべく「鎌倉資本主義」の実現を目指しています。持続可能な新しい資本主義。その未来像を語ってくれました。

柳澤 大輔 氏
1998年、学生時代の友人と面白法人カヤックを設立。2014年12月東証マザーズ上場。
鎌倉に本社を置き、Webサービス、アプリ、ソーシャルゲームなどオリジナリティあるコンテンツを数多く発信。
カヤックグループとして、ウェディング、esports、住宅、葬儀など多種多様な事業を擁する。
100以上のWebサービスのクリエイティブディレクターをつとめる傍ら、さまざまな広告賞で審査員歴を持つ。
最新著書として、2018年11月に地域から新たな資本主義を考える「鎌倉資本主義」を上梓。

著書はこちら(楽天ブックス)

ブレストが実現する「幸せになるための4因子」。

面白く働き、自ら「つくる人」という意識を持って働くために、ブレストをします。「何をするか」「誰とするか」「どこでするか」という話をしましたが、それらは物理的な話なのでいったん置いておいておきましょう。心の持ちようとしては、ブレストをやっていればどうやら「面白がり体質」「面白がれる人間」になれるようなので、これで最高に十分じゃないかと思いました。慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 前野隆司(まえの・たかし)教授が研究されている「幸福学」から引用しますと、「幸せになるための4つの因子」があるといいます。それは「1. とにかくやってみようと思える」「2. ありがとうが多い」「3. なんとかなると思える」「4. 自分らしく、ありのままに生きる」という4つです。これはすべて心の持ちようの話ですが、よくよく考えると弊社も「ありがとう」という言葉を社内で大切にしてきました。「『ありがとう』を多くしよう」というキーワードもウェブサイトに書いていますし、中途社員が入社した時に「やたらとみんなが『ありがとう』と言うので、気持ち悪いです」と驚くくらい癖になっていて、メールも「ありがとう」から始まります。かつ、ブレストをやると、「1. とにかくやってみようと思える」「3. なんとかなると思える」「4. 自分らしく、ありのままに生きる」という状態になります。格好つけている人はブレストに向いていないので、素にならざるを得ません。つまり、「僕らが面白がるためにブレストをやってきたのは、『幸せ』になることと同義だったんだ」という気づきがありました。じゃあ、なぜ「幸せ法人」という名前にしなかったかと言うと、当時の僕は「幸せ」という言葉をすごく狭く感じていたんですね。なんとなく平和でお花畑でのんびりしているような状態というのは、つまらなそうだなと思ったんです。ただ、前野教授曰く、「何もハプニングが起きない状態は、それはそれで幸福度が下がる」そうです。ですので、僕の捉え方が間違っていただけで、本来「幸せ」というのはもっと広義であり、僕はそれを「面白(おもしろ)」と言い換えていたに過ぎません。

「このブレストは地域活動にも活かせるのではないか」と気づいたのが、「カマコン」という、楽しみながら街を活性化する活動です。現在、毎月150名以上の個人や組織が参加しています。会社と全く同じブレストの手法を地域活動にも生かし、5つのステップで実施されます。まず初めに街の課題を5分間プレゼンし、その後、みんなでブレストをします。そこで出た一番いいアイデアを発表して、その問題を一緒に解決したい人を募集すると、自ずと仲間が集まるんですね。ブレストをした瞬間、その課題が自分ゴト化するからです。この中から、さまざまなプロジェクトが生まれていきます。例えば、「選挙の投票率を上げたい」という課題についてブレストをした結果、「投票所に行ったら、帰りに人力車に乗れるようにする」という女子大生のアイデアが採用され、プロジェクト化されました。鎌倉は人力車が走っていますが、乗っているのは観光客が多く、地元住民は意外と人力車に乗ったことがないという点に着眼したアイデアでした。そして、若干ではありますが、見事投票率も上がりました。これは、ほぼボランティアの話ですが、こうしたプロジェクトが立ち上がっています。現在40カ所と聞いていますが、日本全国に広がり、熱い交流が起こっています。ということで、ブレストは、自分の地域の課題を自分ゴト化するための手段としても、最強にいいんだなというのが、ここ6~7年でわかってきたことです。会社を面白がるためにもブレストは最強ですが、住んでいる場所の課題もブレストを通して自分ゴト化できれば、もっと最強の人生になると気づいたので、これはすごいことだと思っています。

地域に立脚した新しい資本主義の可能性。

最後の話になります。そうしたことを考える中で、「鎌倉資本主義」という言葉を思いつきました。4年前に株式上場した時に、「上場企業の本質とは何なのか」と考えました。端的に言うと、「成長し続けることを宿命づけられた市場であり、そこから逃げない」というシンプルなことかと思っています。「資本主義には限界がある」という主張が世の中にはありますし、中には「成長を諦めろ」と言っている人もいます。「GDPという指標ではもう成長ができないので、違う指標に変えるべき」という主張もあります。実際に上場してみて感じているのは、確かに成長し続けることは非常に辛くて長い道ですが、そのこと自体は面白いことだなと思っています。ですので、資本主義そのものを否定する必要はなく、おそらくアップデートしていくのがいいんだろうと思っています。そして、「面白く働く」という心の有り様に関しては、「ブレストを通して可能になる」と自分の中では一つの解が出た感があります。鎌倉学園や湘南高校などでも、授業にブレストを取り入れてもらっていて、幼い頃からブレスト慣れした体質になると、性格的に非常に明るくなるという研究結果も出てきています。「ブレスト脳」というのは「右脳の活性化」です。トヨタ自動車などが採用している「なぜなぜ分析」や「質問会議」と言われるものは、左脳的に論理を突き詰めて縦方向の思考を鍛える方法ですが、ブレストは右脳的かつ水平方向に楽しいことを考えるものです。どちらも重要であり、双方を組み合わせることで社会的な課題を解決していくアイデアが出るのですが、一般的にビジネスの現場では前者しか使われていないので、「面白く働く」という意味ではブレストが重要だと思っています。

物理的な課題に対してカヤックなりにどうアプローチできるかを考え、いろいろな本を読んできましたが、資本主義に関する書籍を読んでわかった課題は2点ありました。1つは、「圧倒的な富の格差が広がっていることが、資本主義の限界を示している」という指摘です。実は、GDPの成長が限界だと言うのは一部の国だけの話で、GDPが伸びている国もまだまだ存在するので、GDPの成長にはおそらくまだ伸び代(しろ)があると思っています。ただ、その結果として富の格差が広がっていることが、より大きな問題になっているように感じます。もう1つは、これもGDPを追求し過ぎた結果とも言えるのですが、「地球環境の資源が破壊され、持続可能性が怪しい」という課題です。つまり、資本主義のアップデートを考える時には、この2点を少しでも解消していかなくてはなりません。かつ、資本主義を否定しないということは「指標を否定しないということなので、GDPに変わる「新しい指標」を見つけることが重要だと思いました。

昨今、様々な資本主義に関する書籍が出ていますが、ぼくらはより具体化していくことにチャレンジしようと思いました。そもそもGDPという指標は、「幸せ」の指標なんですね。「これを追いかけていくと、人は幸せになれる」というものです。僕らはそれを「面白がる」と言い換えているので、「面白がるための指標」ということになります。であれば、「自分がどこに幸せを感じたか」「どこで面白いと感じたか」を突き詰める必要があると思ったわけです。少し論理が飛躍しますが、「それは地域にある」と思い至りました。事業が成長することも面白いのですが、地域がより良くなっていく活動をしたら、人生がもっと面白く幸せになりました。これは一見、企業活動とは関係のないように聞こえますが、おそらく社員も含めて「地域」に関わるとみんなが幸せになるんじゃないかという感覚がありました。

そこで、ひとまず「地域資本主義」という言葉を定義してみました。これは、「法人」という固いものに、極めてギャップのある「面白」というものを組み合わせた「面白法人」という言葉が生まれた時のような感覚です。「資本主義」という、グローバルであることが素晴らしく、生産性を追求し、どれだけ効率化できるかを競う言葉に、「地域(ローカル)」という非常に非効率な世界を組み合わせることが、もしかしたら新しいのかもしれないと考えました。「地域」に関する何らかの指標を追いかけていくと、結果として富の格差が縮まり、地球環境の持続可能性に貢献できるのではないか、と考えたわけです。「地域」を追求していくと、地球環境が好転しそうな気もしました。なぜなら、「環境破壊の原因の多くが『輸送コスト』に関わる」と主張する本があったからです。グローバル資本主義を追求しすぎた結果、大量生産を行い、輸送コストがかかるため、それによって地球環境が破壊されているという主張です。ただ、テクノロジーによって変化も生まれてきています。例えば、野菜農園にしても、大量にどこかで生産する形から、自宅の菜園で野菜を作るようになり、10種類しか作れなかったものが100種類も作ることが可能になります。3Dプリンターを日本に持ち込んだ慶應義塾大学 SFC研究所 所長の田中浩也(たなか・ひろや)先生が鎌倉に住んでいますが、この方は非常にテクノロジーに長けた方で、家庭菜園で水や栄養、種の管理、どこに何を植えるかという作付けまで、すべて自動管理して100種類くらいの野菜を作っています。テクノロジーの進歩により、こうしたことが可能になった今、地域で生産し、地域で消費するという方向性は、「地球環境」にとって、良いことかもしれません。

「富の格差」は、非常に難しいですが、これが起きている要因というのは、おそらく金融資本主義にあると思います。お金がお金を呼び、お金が増えそうなところにお金が流れ、局所的に集中していく。もう少しお金の匿名性をなくし、目の前で相手に「ありがとう」と言われるような手触り感のあるやりとりが増えると、「富の格差」が減るのではないか。また、その鍵は「地域」にあるのではないかと思い、「地域資本主義」という言葉を考えました。

鎌倉資本主義の目指す未来。

「地域資本主義」とは何か。もう少し議論を進めてみましょう。先ほどからお話している「何をするか」「誰とするか」「どこでするか」という3つが物理的な「幸せ」「面白さ」の要因であるとした場合、「地域”経済”資本(生産性)」「地域”社会”資本(人とのつながり)」「地域”環境”資本(自然・文化)」と置き換えることができると考えました。つまり、この「地域資本主義」というは、企業がこれまで「”経済”資本」を増やすことを目指してやってきたものを、もう少し「”社会”資本」と「”環境”資本」を増やすようになれば、いままで抜け落ちてきていたものに対するコミットが増えてくるので、「幸せ」がさらに成長する余地があるのではないか、と再定義しました。これを突き詰めた結果、資本主義の弊害になっている「富の格差」や「地球環境(資源)の破壊」に歯止めがかかれば最高なんですが、そこまでいくかはまだわかりません。ただ、「地域”社会”資本(人とのつながり)」「地域”環境”資本(自然・文化)」に取り組めば、僕の体感値からすると、おそらく「幸せ度」が増すのではないかと思います。

「地域”経済”資本(生産性)」は、法定通貨で測ることができましたが、「地域”社会”資本(人とのつながり)」「地域”環境”資本(自然・文化)」はどんな指標で測ればいいのでしょうか。面白法人は独学でやってきましたが、この「地域資本主義」に関しては、僕の脳はここで止まってしまったので、一人では確立できないと思い、2年前、資本主義に関して非常に造詣の深い学者、有識者、政治家、活動家、海外の事例を知っている方々、総勢50人ほどに鎌倉の建長寺に集まっていただいて、意見を請い、みんなで一緒に「地域資本主義」という概念を作りましょうと巻き込みました。そこで、2つのアドバイスをもらいました。1つ目は、「地域”社会”資本(人とのつながり)」を測る指標を企業が作ろうとした場合、「『人のつながり』という、これまで価値化されていないものを、すでに価値化されている経済指標に置き換えて経済換算しようとした時点で、『地域”経済”資本(生産性)』と同じになってしまう。これまで価値化されていないものは『仮想通貨』を使って測りなさい」というものです。「なるほど」と思いました。

とはいえ企業として、「地域”経済”資本(生産性)」の売り上げ・利益を考える以外に、「地域”社会”資本(人とのつながり)」を増やす指標を考えろと言われても、パンクしてしまって無理なので、企業は売り上げ・利益だけを上げていればといい、と決めました。その代わりに、報酬の一部を「地域”社会”資本(人とのつながり)」を増やすためにしか使えない「仮想通貨」で支払うことで、「仮想通貨」の全体の割合や流通量が増え、結果的に弊社や地域として「地域”社会”資本(人とのつながり)」が増えているということになる、と考えました。ここはまだ成長の余地があるので、割合を増やすという点に着目して組み立ててみようとしています。

そして、2つ目は、「とにかく『面白法人』なんだから、そんな難しいことを言っていないで、君らが『面白い』と思ってこの3つを増やせそうなプロジェクトをやればいいじゃないか」というアドバイスでした。それで作ったのが、「まちの社員食堂」です。これは、鎌倉で働く人、市役所、観光協会、カヤックや豊島屋、パタゴニアなどの民間企業が、みんなでお金を出し合って運営している社員食堂です。調理は週替わりで鎌倉のいろいろなレストランが担当します。オール鎌倉ですよね。来た人が仲良く、楽しくなって、毎日昼食を食べられる場所です。カヤックは、昼食の推奨時間を90分としていて、楽しく街に出ながら昼食を食べてくださいという設計になっています。その時間で訪れる「まちの社員食堂」が、「地域”社会”資本(人とのつながり)」を増やす場になっていますし、こうしたことを企業がバックアップし、ここでしか使えない仮想通貨を指標にして測っていけば、街全体として「地域”社会”資本(人とのつながり)」を増やしていくことにうまくリンクしていけるのではないかと思っています。このように、面白いことを考えてつなげていくアプローチを、今やろうとしているところです。

もう1つ、「面白い」と感じることがあります。それは、「人のつながりが面白い」というところから来ていますが、最後にご紹介したいと思います。「自分と他人の境目がなくなる」という話をしましたが、おそらく、「閉じた世界」は面白くないんだろうと感じています。10年くらい前になるでしょうか。GoogleとAppleの本社を見学に行ったのですが、郊外の広大な敷地内に大学のキャンパスのようなオフィスがあって、その中に保育園やジム、食堂などあらゆるものが揃っているユートピアのような姿に、「これはすごいな」と思いました。ところが最近、そうした企業が、ダウンタウンの方に戻ってきている流れもあるんですね。つまり、全部揃っていても、自社の社員しかいないという「閉じた世界」だとつまらないということだろうと思います。「まちの社員食堂」も、自分たちだけが利用するのではつまらないので、できるだけ多様な人を入れ込もうとしました。これはブレストによって考え方が醸成されたというのもありますし、その方が面白いからだとも思っています。弊社も、鎌倉に拠点が10カ所くらいあるのですが、街全体に点在しています。会議室棟というのが1つあるんですが、会議をするために、社員は街を通って会議室棟に集まるんですね。そうすると、ずっとオフィスビルの中に閉じこもって働いている状態ではなく、毎日、街の中を行き来しながら1日を過ごすことになるので、非常に楽しいですよね。

最後に、冒頭でお話しした「どこでするか」の話に戻ります。ここでようやく言語化すると、鎌倉という街は、海、山、文化的施設が歩いて行ける距離にあり、住みたい街としても人気が高い中で、観光客が年間約2,000万人も訪れており、さらに僕らが会社を増やそうとしているので、非常にカオス化しています。これが面白く、だから鎌倉という場所を選んだんだと思っています。鎌倉市は全国で10あるSDGs*1未来都市にも選定され、企業と鎌倉市が連携して、持続可能な街づくりをやっていこうとしています。こうして、鎌倉を「地域資本主義」のモデルケースにできるよう努力していこうとしていますが、この鎌倉での僕らの動きを「”地域”資本主義」と名づけず、敢えて「”鎌倉”資本主義」としたのには理由があります。「”地域”資本主義」の形が、我々にも明確に見えているわけではない中で、そう名付けてしまうと、それが一つの型になってしまいます。敢えて「”鎌倉”資本主義」と狭い地域に限定して名づけたのには、それが1 つの理由です。そして、もう1つは、あらゆる地域で「○○資本主義」という概念が生まれ、その地域内でグッといろいろなことが行われて、先ほどの3つの資本「地域”経済”資本(生産性)」「地域”社会”資本(人とのつながり)」「地域”環境”資本(自然・文化)」を増やすことにみんながコミットし、行政や企業が垣根を越えて協力し合うと、そこに住んでいる人たちが幸せになれる世界になっていくんじゃないかなと考え、「”地域”資本主義」という言葉はみんなに使ってもらう言葉として残したいという思いを抱いているからです。この内容をまとめ、2018年11月に『鎌倉資本主義』(2018, プレジデント社)という本を刊行しました。ご興味ある方はぜひご覧いただければと思います。本日はご清聴ありがとうございました。

*1 SDGs;Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標) | 国連加盟193か国が2016年から2030年の15年間で達成するために掲げた目標。2015年9月の国連サミットで採択された。「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」など17の大きな目標と、その目標に紐付く169の具体的ターゲットから構成されている。