Rakuten新春カンファレンス2019

同じ悩みや目標を持つ楽天市場出店者同士の出会いを通じ、店舗運営に役立つ学びを得る「楽天新春カンファレンス2019」。ダイバーシティ(多様性)に関する課題解決に取り組む落合 陽一(おちあい・よういち)氏は、世界の耳目が東京に集まる2020年こそが、日本社会を変える転換点になりうると期待しています。様々な制約があるなかで、これまでの既存技術を組み合わせて新しいモノを生み出すことこそが、日本がアジアの未来を先取りし、欧米諸国に対するプレゼンスを向上する道になる。その未来像、そして、社会を構成する一人ひとりが果たすべき役割についても、話が及びました。

落合 陽一 氏
1987年生まれ。メディアアーティスト。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。
2015年World Technology Award、2016年Prix Ars Electronica、EUよりSTARTS Prize受賞。Laval Virtual Awardを2017年まで4年連続5回受賞など、国内外で受賞多数。直近の個展として「質量への憧憬(東京・品川、2019)」など。
筑波大学准教授及びデジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表.大阪芸術大学客員教授,デジタルハリウッド大学客員教授を兼務.Pixie Dust Technologies.incを起業しCEOとして勤務.

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「現代の魔法使い」落合氏は、最先端のテクノロジーを駆使するメディアアーティストとして、その一挙手一投足が世界の注目を集める存在です。

問題解決のためのコストが下がったいま、私たちが持つべき視点とは、どのようなものでしょうか。

落合:ツールが充実してきた環境下にあって、どのツールを使って、どの社会問題を解決し、どのように事業化して収益化しつつ、社会に貢献していくのかということを考えるのが、我々の世代ではないかと思っています。(中略)特殊なハードウェアが必要になるケースでなければ、大抵のものは費用をかけることなく解決できます。「それを使って何をするの?」というのが大きな課題であり、その一つとして、僕はダイバーシティ(Diversity;多様性)の問題や、人間の身体機能や認知能力の補完という問題を解いているわけです。(中略)新しいことをやるには研究課題、エンジニアリング、社会認知の3つ全部を作らないといけないというのが、いまの課題となっています。

一方、日本でイノベーションを考えるとき、どうしても斬新なものや誰も見たことがないものばかりを目指してしまうという傾向が強いのが問題だと指摘する落合氏。世の中を変える本質がどこにあるのか。スマートフォン競争で起きたことを見れば、それは明らかです。

落合:いま使える技術で、いますぐ問題を解決するという発想が、我々の社会には非常に足りないと感じています。(中略)「技術革新こそがイノベーションだ」「新しい商品を供給するために新しい発明が必要だ」という考え方で50年以上もやってきたので、日本社会では新しい技術こそが世の中を変えると思われがちです。しかしながら、世の中を変えるイノベーションの本質は「いま手に入るテクノロジー(技術)を、どれだけ早くつなぎ合わせて、どれだけ早く現場にアプライ(適用)させたか」という点にあると思います。

モノづくりにおいては「限界費用」*1を考える必要があります。新しいことを始めようとした場合、その初期投資ばかりに目が行きがちですが、インターネット時代は「限界費用ゼロ社会」とも言われており、ユーザーが増えても追加分のコストはほとんど変わりません。この常識を社会に実装していくことができるか。これが喫緊の課題です。いまだ「ブレードランナー(Blade Runner)」*2の世界観は実現できていないものの、あるべき未来と現在の差分を見極め、その間を埋めていくという考え方が必要なのです。

落合:テクノロジーを導入した方が、どう考えても安いというケースが、この社会には溢れています。人間ドックで集めたデータは他の病院ではほとんど使えません。でも、マイナンバーに人間ドックのデータが紐付いていれば、同じような検査を何回もする必要はありませんよね。このように、一度変えてしまえば解決するはずの問題が、社会には数多く存在しているわけです。

僕は、あるべき未来を想定して戦略を考える「バックキャストアプローチ」という考え方を好んで使っています。(中略)未来を明確に想定しながら、問題を解き始めることが必要です。なぜなら、いま、我々の社会にはテクノロジーそれ自体はありふれているからです。スマートフォンやウェブアプリケーションを使えば解ける問題はたくさんあります。したがって、「こんな未来でありたい」ということを想定して、戦略を考えることが重要だと思います。

そして落合氏は、日本に世界の注目が集まる2020年と2025年が転換点になると予想します。それは、縮小する日本社会に力を与え、世界で最も高齢化が進む国として、世界に範を示すことにもなると言います。

落合:2020年の東京オリンピック・パラリンピックと2025年の大阪万博を控え、いま我々に求められているのは、ハードからソフト対策への転換点を示すということだと思います。(中略)中国も2040年以降は高齢社会に突入し、日本と同様の問題に直面すると言われていますが、日本が学ばれるべき前例となれば、アジア諸国へ方法論を輸出したり、北米やヨーロッパに対してのプレゼンスを高めることもできます。2020年がハードからソフト対策への転換点になると僕は考えています。

「ポスト平成の多様性社会に向けて」というテーマで進めてきた講演の最後、落合氏からはこれからの社会のあるべき姿が示されました。

落合:最後に皆さんに覚えて帰っていただきたいことをお伝えします。それは、これからの社会は、それぞれの現場にいる人たちがITを駆使してコストを下げ、多様な商品や多様なモノを社会に出していくという方法でしかうまくいかないということです。

(中略)僕の場合は、現在の状況のなかで、多様性という問題について、テクノロジーを使って解決したり、できるだけ多くの人が見ることができて技術的に面白いと思われる領域を研究したり、実業を行ったり、産業を作ったりしながら、問題に取り組んでいます。でも、それは他の人の場合は、モノを売ることかもしれないし、インターネット越しにサービスを提供することかもしれません。ポスト平成の社会に向けて重要なのは、この社会の構成員である個々人が、ITを使ってどれだけ問題を解いていけるかという点だと思います。

元号が令和に変わる5月1日以降は、「それは平成の時代には通用したけど、もう通用しないよね!」というフレーズを使えば、ほとんどの問題はこれまでとは違った解決策を見つけることができると思います。新元号というタイミングは、個別最適化された多様なモノをいかにコストをかけずに社会に流通させるか、という新しい考えを導入するきっかけになるはずです。

ダイバーシティ(Diversity;多様性)と問題解決の方法論を軸に進められた講演は、日本全体が抱える課題を明確にしながら、そこに見える希望も同時に抱かせてくれるものとなりました。

*1 限界費用 | 経済学において、生産量を小さく一単位だけ増加させたとき、総費用がどれだけ増加するかを考えたときの、その増加分を指す。2015年に発売されたジェレミー・レフキン((Jeremy Rifkin)による著作『限界費用ゼロ社会 <モノのインターネット>と共有型経済の台頭』のなかで、IoTが進展した社会では限界費用が限りなくゼロに近づき、将来的にはモノやサービスが無料となり、資本主義社会が衰退することが示唆された。

*2 ブレードランナー(Blade Runner) | 1982年公開のアメリカ映画。監督はリドリー・スコット(Sir Ridley Scott)。SF作家 フィリップ・K・ディック(Philip Kindred Dick)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を原作としている。 ネオ・ノワール(虚無的・退廃的な雰囲気を持つ犯罪映画)を基調とした近未来的ビジュアルは、後に続く数々のSF作品に大きな影響を与え、現在でもサイバーパンクの代表的作品として評価が高い。遺伝子工学で生まれた人造人間「レプリカント」、人間と人造人間を識別する「フォークト=カンプフ・マシン」、空中に映像が浮かび上がる「ホログラム」、地面から浮揚して走行する「スピナー」などが独特の世界観を彩る。2017年、監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)、製作総指揮 リドリー・スコットにより続編「ブレードランナー2049」が公開された。