Rakuten新春カンファレンス2019

同じ悩みや目標を持つ楽天市場出店者同士の出会いを通じ、店舗運営に役立つ学びを得る「楽天新春カンファレンス2019」。多様な領域で活躍する第一人者の知見に触れるフォーラムにご登壇頂いたのは、科学、経済、教育、文化、歴史、芸術など、あらゆる分野の知識を横断的に動員して新しい世界を描き出す落合 陽一(おちあい・よういち)氏。その類まれな慧眼で「現代の魔法使い」と称されるメディアアーティストが見据える平成後の社会ビジョンとは、どのような可能性を持つものなのでしょうか?

落合 陽一 氏
1987年生まれ。メディアアーティスト。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。
2015年World Technology Award、2016年Prix Ars Electronica、EUよりSTARTS Prize受賞。Laval Virtual Awardを2017年まで4年連続5回受賞など、国内外で受賞多数。直近の個展として「質量への憧憬(東京・品川、2019)」など。
筑波大学准教授及びデジタルネイチャー推進戦略研究基盤代表.大阪芸術大学客員教授,デジタルハリウッド大学客員教授を兼務.Pixie Dust Technologies.incを起業しCEOとして勤務.

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「現代の魔法使い」落合氏は、最先端のテクノロジーを駆使するメディアアーティストとして、その一挙手一投足が世界の注目を集める存在です。

落合:「メディアアート」という言葉を聞き慣れない方も多いかもしれませんが、映像やコンピュータといったテクノロジーを使った表現を行う芸術分野です。(中略)僕の作品では彫刻的アプローチを取ることが多いので、映像と組み合わせることで空中に浮いた彫刻を表現するにはどうすればいいかをコンピュータで計算したり、立体彫刻によって空間が埋め尽くされているようなインスタレーション(Installation)*1を手がけたりしています。(中略)2018年にTDKさんと一緒に制作した「Silver Floats 」*2や、茨城県北芸術祭*3に参加した際に出展した「コロイドディスプレイ(Colloidal Display)」*4のように、僕の作品は美術館よりも芸術祭などのライブ会場で展示する場合が多く、普段はアート作品を置かないような場所でも、そこで個展を開いて展示してみるということもやっています。

現在、21世紀の多様化社会に向けて、その知性とビジョンで様々な国プロ(政府主導プロジェクト)に携わっています。あらゆるメディアで、日本社会を取り巻く課題について積極的に発言しているのは、社会に対する責任だと言います。

落合:書店に行くと、僕の書いた本が色々と並んでいると思います。僕の本業は研究とメディアアートで、それだけやっていれば生きていけますが、最近、国プロ(政府主導プロジェクト)に多く携わっています。「国として、いかに技術開発を推進すべきか」といった議論に関わるようになってきましたが、僕は社会に対して、どのようなアジェンダ(課題項目)を持って研究開発に臨むかという点を表明しなければフェアではないと考えています。

世界に先駆けて人口減少社会に突入した日本社会。移民による労働力確保も期待できず、海外の国々とは根本的に異なる方針を取らなければなりません。研究予算が足りない、新産業が育っていないことによるGDPの伸び悩み、社会を維持するためのベーシック・インカム(Basic Income)*5級の公費投入など、日本を取り巻く厳しい環境にあって、落合氏は、これらの問題を技術開発によって解決しようと考えています。

落合:日本社会のあらゆる場所で生じている不備、齟齬、格差といった課題を、どうにかして解決しなければいけません。これは気合と根性ではなかなか解決できないので、僕はテクノロジーが必要だと考えているわけです。

落合氏は、これからの社会では「人間がやらなくてよい領域」を明確にすることが重要になると指摘します。

落合:社会の問題を考える場合、「ヴァーチャル・リアリティ(Virtual Reality;仮想現実)で解ける問題」「AIで解ける問題」「人間がフィジカル(物理的)に解かなければいけない問題」「人間が人的リソースで解かなければいけない問題」に分けられると思います。僕の研究室では、ホロレンズを覗くと金魚が空中を泳いでいるし、水槽には生きた金魚も飼っています。バーチャルで浮いている金魚と水槽の中で泳いでいる金魚。バーチャルの金魚は触ることができません。水槽の中の金魚は...まぁ、触ろうと思えば触れますが、普通は直接触ることはありませんよね。つまり、フィジカルに存在しなければいけないものと、フィジカルに存在する必要がないものを、そろそろ線引きしましょう、ということです。

病院で医師に診察してもらうために、実際に(フィジカルに)病院に行くというのが、今までの方法でしたが、実は電話一本で用件が済むようなケースも多いですよね。だとしたら、ビデオやアプリケーションを使うことで、病院に行かなくても治療を受けられるかも知れませんよね。社会的リソースが限られてくる今後は、ヴァーチャル・リアリティやAIを使って、いかにして時間や労力のコストをかけずに問題を解決していくかを考えないといけないわけです。

そういった社会をつくっていく上で鍵になるのは、人間が持っている機能とコンピュータが持っている機能をどのように組み合わせるかということです。人間が持っている機能は、五感で外界を知覚する、筋肉でモノを操作する、脳で物事を認識し判断する、会話やメディアによるコミュニケーションなどです。それに対して、コンピュータが持っている機能は、センサーで事象を感知する、アクチュエーターやディスプレイで情報をアウトプットする、CPU/GPU*6を使って計算処理する、電気通信を行うことなどが挙げられます。これらをどう組み合わせるかが、IoTが全面化した社会を実現する上での大きな課題なのです。

これまでの日本は、社会的課題を物量によって解決しようとしてきましたが、撤退戦に突入している現在、その方法は有効ではなく、テクノロジーの導入こそが重要と話します。

落合:最近は、メディアに出たらとにかく「テクノロジーです!」と言い続けることにしているんです。たとえば、ニュース番組で「どうしたら幼児虐待を減らせるでしょうか?」と聞かれたら、「子供の状態を定期的にチェックできるテクノロジーの導入が必要です」と答えます。まるでテクノロジー芸人のようになっていますが、とにかく言い続けていかないと、世の中の人は努力と根性と人情で解決しようとしますから(笑)。

ここから、日本社会全体として関心が高い、ICTによる課題解決と生産性の向上方策の類型へと話が及びます。

*1 インスタレーション(Installation) | 「据え付け」「取付け」「設置」の意味から転じて、展示空間を含めて作品と見なす手法を指す。彫刻の延長として捉えられたり、音や光といった物体に依拠しない素材を活かした作品や、観客を内部に取り込むタイプの作品などに適用される。1970年以降に一般化した表現方法で、絵画、彫刻、映像、写真などと並び、現代アートで重要な役割を果たしている。

*2 Silver Floats | 「テクノロジーでなにしよう」をテーマとしたTDKブランディング活動 “TDK Attracting Tomorrow Project” から生み出された作品。80年代のTDKビデオテープのTVCMに出演した芸術家 アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)のアート作品 “Silver Cloud” に着想を得て落合陽一が制作した。「見たことのないカタチ」をTDKの技術によって浮揚させ、音と映像による演出を施したメディアアートである。

*3 茨城県北芸術祭 | 茨城県・県北地域に属する日立市、高萩市、北茨城市、常陸太田市、常陸大宮市、久慈郡大子町の6市町に存在する施設、公園などを展示場所として国内外の現代美術作品を展示する展覧会。2016年に初開催。英題は “KENPOKU ART(ケンポクアート)”。2019年秋に第2回の開催が予定されていたが、大井川和彦県知事により開催延期が発表された。

*4 コロイドディスプレイ(Colloidal Display) | 超音波の周波数によって極薄のシャボン膜を微細に振動させることにより、映像投射を可能とする画期的作品。落合陽一が東京大学大学院に在籍時に、Alexis Oyama(カーネギーメロン大学)、豊島圭佑(筑波大学大学院)とともに開発した。コロイド状の液体でできたスクリーンは、光を乱反射させ質感の変化を生み出すため、反射し光る映像がとりわけ映える。最先端の科学技術とアートの融合によって、リアルとヴァーチャルが重ねられ、儚くも不思議な世界を実現した。

*5 ベーシック・インカム(Basic Income) | 所得補償制度のひとつ。政府が全国民に対し、生活に足るだけの一定額を無条件で支給する制度。貧困対策・少子化対策などを兼ねるほか、現行の生活保護や失業保険制度などを廃止し、この制度に一本化することで、支給の行政コストを抑制できるとされる。莫大な財源を要することから、実施している国はない。フィンランドでは、2011年1月1日より長期失業者2,000人に対し、月額560ユーロを支給する実証実験を始めたが、新制度の導入を理由に2018年12月で中断した。

*6  CPU/GPU | CPUとは 「中央演算処理装置(Central Processing Unit)」、GPUは「画像処理装置(Graphic Processing Unit)」のこと。CPUはPCの頭脳であり、「if文」のような多くの条件分岐がある複雑な計算に適しており、GPUより早く処理することができる。その分、同時に複数の計算を行うのに時間を要するため、1つずつの計算を連続的に処理するのに適している処理装置である。GPUは、コアと呼ばれる同時に計算を行うパーツの数がCPUより圧倒的に多い。CPUが多くても数十コアなのに対し、GPUは数千コアにもなるため、大量の処理を同時に実行することが可能。複雑な計算よりも「for文」のような単純かつ繰り返しの計算に適している。3Dグラフィックなどの画像処理は、単純な計算を大量に同時処理する必要があるため、GPUの得意分野と言える。