Rakuten新春カンファレンス2019

同じ悩みや目標を持つ楽天市場出店者同士の出会いを通じ、店舗運営に役立つ学びを得る「楽天新春カンファレンス2019」。「言葉にできるは武器になる。」などの著書を持ち、 コミュニケーション・ディレクターとして多くのブランドの思いを言葉に変えているインクルージョン・ジャパン株式会社 梅田悟司(うめだ・さとし)氏は、「言葉はつくるものではなく、自分の中から引き出すものであり、考え抜かれた言葉は人々を導く旗になる」といいます。商品のファン、お店のファンを増やしたい方にとって、その経験と知見は明日へのヒントとなるものでした。

梅田 悟司 氏
1979年生まれ。上智大学大学院理工学研究科修了。在学中にレコード会社を起業後、電通入社。マーケティング・プランナー、コピーライターを経て、2018年にVC(ベンチャーキャピタル)であるインクルージョン・ジャパン株式会社に役員として加入。直近の仕事に、ジョージア「世界は誰かの仕事でできている。」のコピーライティングや、TBSテレビ「日曜劇場」のコミュニケーション・ディレクターなどがある。著書にシリーズ発売累計30万部を超える書籍『「言葉にできる」は武器になる。』(日本経済新聞出版社)他。横浜市立大学客員研究員。多摩美術大学非常勤講師。

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コミュニケーションとは何か?

ここからは実際に「言葉にできる具体的な方法」に踏み込んでいきたいと思います。「言葉の共感力= 方向性 × 密度」という公式があります。前半は「方向性とはなんだろうか?」「密度とはなんだろうか?」ということをお話しします。後半は、この公式を元にしたワークショップを用意しています。

「言葉の共感力= 方向性 × 密度」という公式に基づいて、「方向性」と「密度」についてお話ししていきます。まず一つ目の「方向性」についてご説明します。私は「前提となるコミュニケーションの考え方」と表現しましたが、「コミュニケーションというのは何だろうね?」ということに帰結します。「コミュニケーションとは何か?」と聞かれて、皆さんは答えられるでしょうか? 簡単な質問というのは、実はすごく答えるのが難しいものです。「こどもの質問は核心を突きすぎていて、逆に答えられない」ともよく言いますが、「コミュニケーションとは何か?」という質問も、同じ領域に入ると思います。なんとなくは分かるが、はっきりとは答えられませんよね。今日は、私がコピーライティングや広告制作のなかで感じてきたことをベースに、「コミュニケーションとは何か?」という問いについて考えてみたいと思います。

普通に考えると、自分の気持ちを「伝えるため」にコミュニケーションがありますよね。また、自分の意見を相手に「理解させる」ため、もしくは、ビジネスでは自分の条件を相手に飲んでもらうために「交渉する」、自分に都合の良い条件を「引き出してくる」というイメージがあるかと思います。図解すると分かりやすくなります。「自分」と「相手」がいます。今も「私(自分)」がいて「聞いていただいている皆さん(相手)」がいますし、皆さんの「お店(自分)」があって「お客様(相手)」がいますね。この「お客さん」もまた、別の場面では「自分」となって、また別の「相手」がいる、というようにキャッチボールが行われていきます。でも、「コミュニケーションとは何か?」という問いに対し、本当に「対象」だけで語ってもいいのでしょうか? 「自分と相手がキャッチボールをすること、これがコミュニケーションです、以上。」では、寂しくないでしょうか? 寂しいですよね。

ところが「対象」ではなく、「内容と伝わり方(波及力)」に置き換えてみるとガラッと変わります。どう変わるか、ご説明しましょう。まず、最初の起点は「事実」です。最近は「嘘」も増えていますが、基本的にコミュニケーションは「事実」から始まります。具体例として、ペットボトルの水を例に取ってお話しします。中の水は「阿蘇の名水」で、熊本県阿蘇の地下水を使っているそうです。「これは水です。人の喉を潤します」という「事実」が、コミュニケーションの起点です。ただ、この「事実」だけでコミュニケーションが成立するかというと、それは違いますね。「事実」を伝えると、「そうだよね。君が持っているのは水だね。私も飲んだけど確かに水だった。喉を潤すよね」と、「理解」はできると思います。では、この「事実」をどのような「内容」に変換していけば「伝わり方(波及力)」が変わっていくのか。それを段階に分けてご説明していきたいと思います。

コミュニケーションを成立させる「事実 / 価値 / 思想 / ビジョン」

「事実」の次に「価値」があります。「これは水です。人の喉を潤します」という事実があったとき、その「価値」とは何でしょうか? 例えば、パッケージを小さくすることで、企業が社名を入れて配ることもできるという「価値」があります。小さいサイズのため、500mlや600mlのペットボトルより持ち運びやすく、カバンの中にも入りやすいという「価値」もあります。そのような「価値」を持ちながら中身は安全な水ということで、「事実」とは違う「価値」があります。つまり、「人に対して、どのようなメリットを提供できるのか?」「あなたの生活をどう変えるのか?」ということを考えていくと、それが「価値」に変わっていきます。すると、人はどう思うでしょうか? 「なるほど、今日は荷物が多いから、500mlや600mlのペットボトルより小さくて持ち運びやすい小さいボトルなんだ」と「理解・納得」していきます。

「価値」の次にあるのが「思想」です。このペットボトルにQRコードがついていたので調べてみました。この「阿蘇の名水」は、阿蘇山の水を使っていて、このペットボトルの水の売り上げの一部を阿蘇の水源保全に使っているそうです。阿蘇の水でビジネスをしているのですが、その売り上げの一部を有限である水源保全に役立てながら大きいサイクルを作っていきたいという「思想」があるわけです。ここまでくると皆さんどう思うでしょうか? 「そうだね」と「理解・納得」で終わりますか? おそらく「理解・納得」を超え、「そうなんだ。普通の水だと思っていたけど違うんだね。ちょっと好きになったかも」と思うのではないでしょうか。つまり「共感」というものが生まれてきます。そして最後に「ビジョン(行動)」がきます。

少し前までは、地方の水は価値がないものと見なされてきました。例えば「富士山の水」のように非常に分かりやすいものは価値があるとされてきましたが、地元だけで飲まれているような地方の水はその価値を認知されていませんでした。「熊本・阿蘇の水を皆さんに知ってもらうことで、地域を活性化し、熊本にお金が集まり、地域復興とともに自然保護にも役立てていく」ということを志して、この水を製造しているそうです。

そこまで見えてくると、皆さんはどうなるでしょうか? 「そこまでやるなら買いましょう」と、応援という意味での購入に近づいてくるんですよね。それが正に「ビジョン(行動)」です。このように、「自分」と「相手」だけを想定し、コミュニケーションを「対象」だけで考えてしまうと「中身」が抜けてしまいます。コミュニケーションの「中身」が抜け落ちた状態ではなく、「中身」をしっかりと見ていくことが重要です。「事実」を理解し、「価値」に納得し、「思想」に共感して、「ビジョン(行動)」に移すというのがコミュニケーションの流れになります。

ともに行動するための「心の握手」

でも、ちょっと不思議に思うところがありませんか? コミュニケーションの「相手」がいませんね。では、この「相手」がどこに現れるのかというと、「ビジョン(行動)」の部分です。「僕はこう思う」という「ビジョン(行動)」に対し、相手が「私もそう思う。じゃあ一緒にやろう」と「自分ゴト化」することが本当のコミュニケーションだと私は考えます。まずは、「自分の中にある大事なことって何だろうか?」「自分のビジョンとは何だろうか?」ということを、しっかりと掘り当てましょう。そして、それを言葉にしましょう。そうすることで、自然と「相手」が寄ってきて、「自分ゴト化」してくれて、物事が動いていく。これがコミュニケーションの理想形だと思います。もちろん、その全てがうまくいくとは限りません。「モノを販売する」「自分たちのサイトで売上を上げていく」という意味では、「事実」に加えて「価値」や「思想」を提示していくことだけでも十分かもしれませんが、「ビジョン(行動)」があれば、間違いなく人は自然に「自分ゴト化」して「行動」してくれます。

これは「この指とまれ!」という感覚に似ていると思います。「僕はこう思っている。誰か一緒にやってくれる人はいないかな?」という状態です。来る人は5~6人と少ないかもしれません。でも、本当に自分が考えるビジョンを元に「この指とまれ!」ができていれば、間違いなくその5人はあなたのファンになってくれます。商売でいえばリピーターになってくれるわけです。こちらからお願いしなくても、応援してくれて、自分から広めてくれます。このように、あなたの「この指とまれ!」に集まってくれる人をどれだけ集められるか。それがコミュニケーションの醍醐味なんですね。

少し難しい言い方をすると、これを「合意形成」と言います。「僕はこう思う」「私もそう思う」「じゃあ一緒にやろう」というように、一つの言葉に合意している状態です。「こういう風にやってみるといいよ」「じゃあやってみる」ではなくて、「こうしようよ」「うんじゃあそうしよう」「一緒にやってみよう」という「合意形成」が非常に重要です。少し言葉を変えると、「心の握手をする」とも言えるかもしれません。「甘くて緩い握手」や「少し触れる程度の握手」ではなく、「心でがっちりする握手」ということです。自分から手を出すということは、それだけの本心がなければできませんが、自分から本心を持って手を出し、相手が手を出してくれるのを待ちます。もしかしたら、手を握り返してくれる人がいなかったり、手を握り返してくれる人がすごく少なかったら、「自分は本当に本心を晒け出すことができていたのか?」と疑ってもいいでしょう。そうした点に注意しながらコミュニケーションを考えていくと、非常に深いコミュニケーションが生まれてきます。

相手とともに意思決定する時代

マーケティングの学術的な話になりますが、「Shared Decision Making(共有意思決定)」という言葉があります。「共有できる決断を作っていく」「一緒に決断していく」という意味です。これは非常に重要だと言われており、医療現場で使われている考え方です。なぜでしょうか? これまでの医師は「あなたはこういう症状です。なので、この薬を飲んでください。それで大丈夫です。では次の患者さん、どうぞ」という形で診察していましたが、こうした診察をすると「薬をもらっても患者が飲まない」という事態が起こります。なぜなら、患者は薬を飲むように指示されただけで、自分はその決断に合意していないからです。

ですので、最近は「Shared Decision Making」を取り入れている医療現場は、選択肢を提示してくれます。「あなたはこういう症状です。まず1つ目の選択肢として、完治を目指すのであればこの薬を飲みましょう。ただし、他の方法もあります。2つ目の選択肢は、もう少し詳しい状況が見えてくるまで症状を散らしたいのであれば、この薬を飲めば大丈夫です。もしくは、様子を見ながらセカンドオピニオンを取りに行っても構いません。3つ目は、もしかしたら現状の診断と異なる可能性もあるので、その可能性を探りながら原因を見極めていくという方法です。どれにするか一緒に決めましょう」という具合です。そうすると、患者は「では、僕は3つ目の選択肢を希望します」というように、自分で決断します。このように、「では、3つ目の方法でやっていきましょう」と「Shared Decision Making」がなされていくケースが増えてきています。

「一緒に決定をしていく」「一緒に行為を引き出していく」ということが重要です。今日の話で言うと、「Shared Decision Making(一緒に “決断” を作っていく)」ではなく、「Shared Vision Making(一緒に “ビジョン” を作っていく)」となります。「自分のお店で大事にしようと思っていること」「自分たちが扱っている商品を通して実現したい世界観」を本心で想っていれば、必ず自分たちのビジョンや理想を共有できる人たちが集まってくるはずです。そのことを認識するところから始める必要があると思います。

最近のコミュニケーションは、相手を慮(おもんばか)ったり、空気を読むことが大事とされる傾向があります。皆さんの中にも「なぜ空気を読まずに、そんな発言をするんだ...」と白い眼で見られた経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、そんなことよりも大事なことがあります。それは、「自分の中にあるビジョンを掘り当てること」です。経営者も従業員も、「店の中にあるビジョンを掘り当てること」が必須条件になってくるはずです。そして最後に、「掘り当てたもの」や「引き出したもの」に言葉を与えて「言葉にする」というプロセスが重要となります。私は自著の中でも、「考え抜かれた言葉は、人々を導く旗になる」という言葉で表現しています。自分の中に深くダイブして探索し、ビジョンを掴んで引っ張り出してくる。そして試行錯誤をしながら文章に変えていく。こうした経験をすると「Shared Decision Making」もできますし、自分のビジョンに対して「この指とまれ!」という状態ですから、付いてきてくれる人もいます。こうした状態を目指していきたいですよね。ここまでが、「言葉の共感力 = 方向性 × 密度」の中の「方向性」に関する話となります。