Rakuten EXPO 2017

楽天市場の出店者や、ECに関連する多様なビジネスパーソンが集まる「楽天EXPO2017」。福岡会場には、多方面で活躍中のお二人が登場。3度のオリンピック出場だけでなく、世界陸上で2大会連続のメダルを獲得、現在は一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める為末大(ためすえ・だい)氏と、予防医学研究者として様々なメディアにも登場する株式会社Campus for Hの石川 善樹(いしかわ・よしき)氏。旧知の仲であるこのお二人に「目標設定」の極意について語って頂きました。トップアスリートや大手・老舗企業などを身近で見てきた経験から、成功し続ける人が行なっている目標設定や目標管理の方法を探ります。

為末 大 氏
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。3度のオリンピックに出場。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年6月現在)。現在は、スポーツに関する事業を請け負う株式会社侍を経営するほか、一般社団法人アスリートソサエティの代表理事を務める。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。

著書はこちら(楽天ブックス)

石川 善樹 氏
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとした学際的研究に従事。
専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学、マーケティング、データ解析等。
講演や、雑誌、テレビへの出演も多数。NHK「NEWS WEB」第3期ネットナビゲーター。
著書に『疲れない脳をつくる生活習慣』(プレジデント社)、『最後のダイエット』、『友だちの数で寿命はきまる』(ともにマガジンハウス社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)がある。

著書はこちら(楽天ブックス)

「高い目標」「不安を共に乗り越える友達の存在」「根拠なき自信」
プロフェッショナルが備える3つの要素

石川:よろしくお願いします。

為末:よろしくお願いします。

石川:このセッションが今日の最後のプログラムということなので、気楽な感じで進めていきましょう。僕らに与えられたテーマは「目標設定」というものです。

為末:そうですね。最初にご挨拶を。ほとんどの方が初めてお会いすると思います。為末と申します。実は、僕と石川さんは3LDKの部屋を借りて、オフィスをシェアしているんです。玄関を入って左の部屋が石川さんの会社で、右の部屋が僕の会社で、真ん中のリビングを共有しています。ホワイトボートも共有していて、会社に行くと石川さんが書いた数式が残っていることもあり、僕の方はというと「どうすれば人間の足は速くなるか?」というようなことを書いたりしてるんですね。そんな感じで同じオフィスにいるので、普段からいろいろな議論をしていますね。

石川:そうですね、早速本題にいくと、「プロフェッショナル 仕事の流儀」*1という番組がありますよね。あの番組のプロデューサーにお話を伺ったことがあります。この方は、日本で一番多くのプロフェッショナルを見てきている人だと思いますが、いろいろな人がいる中でも、「プロフェッショナルには3つの共通する要素がある」と仰っていたんです。1つ目は、何故かはわからないですが、全員が「とんでもなく高い目標を持つ」ということ。誰に頼まれたわけでもないのに、プロフェッショナルと呼ばれる人たちは、とにかく高い目標を持つ、と。2つ目は、「不安を一緒に乗り越えてくれる友達がいる」ということ。目標が高い分、やはり現実とのギャップが激しいため、「あれ?俺って、まだこんなところにいるんだ。目標は遠いな...」というように、日々、不安の中を進んでいくことも多いわけです。その不安と戦う術として、身近にそうした存在がいることが重要だ、と。そして、3つ目が、「根拠なき自信がある」ということ。「不安もあるけれど、まぁ、いつかは目標に達することができるだろう」という、根拠なき自信が大事だということですね。そのプロデューサーの方は、こう仰っていましたね。「目標設定」という話で言うと、為末さんはどうお考えですか? 「目標は高ければ高い方が良い」と思いますか?

為末:「どんな目標設定がいいのか」という話ですよね。スポーツの世界の目標設定で一番難しいのは「成功したアスリートになる」というものです。例えば、「高校野球で全国大会に出て、甲子園で1勝する」という目標設定は比較的簡単なんです。甲子園で1回勝てば達成できますから。ただ、「成功する」となると、勝ち続けないといけないんですね。「1回勝つこと」と「勝ち続けること」というのは質的にかなり異なっています。「あの角まで走ればいい」と言われた場合、人間というのは結構頑張れると思うんですが、その角が20回も30回も連続するとなると、途中でバタバタと倒れていってしまいますよね。

石川:「これは一体、どこまで続くのか?」って思いますよね。

為末:そうですよね。終わりがないんです。なので、「目標設定をして、その目標を達成する」ということを、これからずっと続けていかなければならない時に、どのようなやり方であれば「楽しく、健全に、ずっと自分を成長させながら、目標を達成し続けられるのか」というところが一番重要な部分じゃないかな、と僕は思いました。

石川:なるほどね。僕はダイエットに関する研究から、研究者人生を始めています。「勝つこと」と「勝ち続けること」の話で言うと、ダイエットというのは、「痩せる」と「痩せたままでいる」という2つのフェイズがあります。「痩せるフェイズ」では、とにかく頑張ればいいんですよ。「甲子園に行くぞ!」という感じで、とにかく食事を抜けばいい。ただ、その後の「痩せたままでいるフェイズ」が重要で、ほとんど成功する人がいないんですね。これは世界中の人が悩んでいる問題で、「痩せる人」は多いですが、その中で「痩せたままでいることができる人」は、2%にも満たないと言われているんですよ。

為末:「痩せた人」の中の2%の人しか、「痩せたまま」でいられないんですね。

石川:そうなんです。絶対にリバウンドしてしまうんです。だから、「1回勝った人」のうち、「ずっと勝ち続けられる人」というのも、同じくらいの割合しかいないんじゃないかなぁ、というのが僕の感覚ですね。

為末:そうですね。確かにそうかもしれませんね。

*1 2006年1月10日に放送が開始されたNHK総合テレビジョンの情報・ドキュメンタリー番組。「プロジェクトX 挑戦者たち」の後継番組として始まり、現在、第5期が放映されている。
http://www.nhk.or.jp/professional/index.html

人類がまだ慣れていない「目標」という概念
ほぼ達成できるだろうと考える人間、どうせ達成できないだろうと考える人間

為末:僕は今日お越しの皆さんの背景を、完全に把握しているわけではないのですが、皆さん、目標というのは設定されているのでしょうか? スポーツでは多くの場合、一年ごとに目標設定をしますが、一年ごとに目標設定をしているという方は、会場内でどのくらいいらっしゃるんでしょうかね?

石川:「目標」というのが、わかりにくいのかもしれないですね。「一年間の売上目標を毎年設定し続けている」という方は、どのくらいいらっしゃいますかね?(会場内の約2割程度が挙手) あぁ、意外と少ないんですね。為末さんご自身はどうですか?

為末:現役時代は目標タイムを設定していましたね。

石川:現役引退された現在はどうですか?

為末:今は小さな会社を経営していて、今年4年目を迎えますが、ようやく来年の目標設定をしたところですね。その意味でいうと、確かに目標設定をしなくても「会社は回ることは回る」という気はしますね。目標設定をした方がいいという気もありつつ、しなくても問題ないとも思います。そのあたりは分かりませんね。

石川:僕はダイエットの研究がきっかけで、「目標設定」というものにすごく興味を持ちまして、そもそも、人類の歴史の中で、「目標」という概念はいつ頃から現れてきたんだろうと思って調べたことがあるんです。すると、「目標」という概念が登場するのは20世紀に入ってからで、実はすごく最近なんですよ。20世紀以前の人類というのは、「目標」を設定し、その「目標」に向かって頑張るというよりは、「ムラ(共同体)のルール」の方が重要だったんですね。小さなムラ社会に住んでいたので、「目標」というものがなかったんです。例えば、徳川幕府の時代だと、水田で米を作っていましたが、「これだけ穫るぞ!」という目標を立てたとしても、自然条件の影響次第で、実際はどれだけ穫れるかは分からないじゃないですか。そうすると、とにかく一生懸命に、日々、頑張るしかない。そして穫れた米の一定割合を役人が年貢として徴収する仕組みだったので、「目標」という概念はあまりなかったみたいですね。

為末:目標がないということは、「夢」や「努力」という概念もなかったっていうことですか?

石川:そうですね。なかったんですよ。18世紀後半から19世紀にかけて、イギリスで産業革命が起きて、多くの人が工場で働くようになった時に、初めて「目標」という概念が登場し、それに向かって努力するという考え方が生まれてきたんですね。「目標」という概念が生まれたのは、本当に最近のことなんです。その意味では、人類はまだ、「目標」という概念と「うまくお友達になれていない」という可能性がありますよね。長い歴史の中では、「目標」を設定して、そこに向かって頑張るというよりも、どちらかと言えば「日々起こるいろいろなことに対応する」という生き方をしてきた人の方が多いと思います。これまでの人類は、そのように生きるのが自然だったということですね。

為末:人類史で言えば、「起こることに対応する」という時間の方が、ずっと長かったということですもんね。

石川:そうですね。「なるほどなぁ」と思ったのは、人類史の中には「成長」と「成熟」という2つの異なる概念があったんですね。「成長」というのは、かつてのバブル景気の時代のように、毎年、毎年、右肩上がりで規模が拡大していくという状態ですね。一方で「成熟」というのは、上がることも、下がることもなく、現在の状態が継続していくという状態で、人類史のほとんどの期間は、実は「成熟状態」にあったんですね。だから、「成長する」という感覚が生まれてきたのも、ごく最近のことなんです。僕らは「毎年、前年比10%増」のようなことが当たり前のように思ってしまいますが、これまではそんなことはなかったんですよね。米なんて、どれだけ頑張ったって、毎年10%増で収穫できるわけなんてありませんからね。何が言いたいのかというと、「成長」を念頭に置いた「目標設定」なのか、「成熟」を念頭に置いた「目標設定」なのかで、結構違ってくるということです。言い換えると、「勝つ」というのが「成長」で、「勝ち続ける」というのが「成熟」というイメージがありますね。

為末:僕は小さな会社を経営していて、関係者の中には元アスリートの人間もいるんですね。その中で強く感じることは、競技経験の中で目標を設定し、その目標を追いかけて、限界を乗り越えてブレイクスルーを起こしたという体験を一度でもしている人間は、根本の部分で「目標は達成できるものだ」と信じているということなんです。

石川:最初に出てきた「根拠なき自信」のような感じですか?

為末:そうですね。「根拠なき自信」ではあるんですが、言い換えると「所詮、人間は思い込みでできているから、本当に信じ込めば、多くの人は信じていない分、自分だけは達成できるんだ、という感覚」に近い気がするんです。世の中の全ての人が「目標は達成できる」と信じていて、全ての人が本当の力を発揮できるのであれば、今よりも「能力の差」で勝負が決まる気がしますが、そんなことはありませんよね。実際に社会に出て思うのは、「狂気の沙汰」で生きている人間なんて、あまりいないということです。だから、本気で「モードに入る」ことができれば、かなり頑張れるんじゃないかという気がしているんです。同じアスリートでもいろいろとタイプがいますが、アスリートがビジネスシーンで「強み」を見せることがあるとすれば、「目標は達成できるものだ」と信じている様子が、知らず知らずのうちに滲み出てくることかもしれないですね。これはアスリートの性質として、「強み」になる気がするんですよね。だから、きっちりと設定した目標について「ほぼ達成できそうだ」と思っているのか、なんとなく決めた目標について「2割くらい達成できればいいかな」と思っているのかでは、結果がかなり違ってくる気がするんですよね。

石川:面白いですね。そうかもしれないですね。

自信を持つには「とにかく1回成功してみること」
成功シーンを体験することが自己暗示につながる

石川:ベンジャミン・ブルーム*2という心理学者が面白い研究をしています。それまで、「人間の成功を決定するものは才能である」という考え方が支配的だったんですね。スポーツの世界ではある程度当てはまると思うんですが、芸術やビジネスなどの世界では、「才能」や「知能指数」だけでは人の成功をうまく説明できない、とブルームは考えました。「才能」以外のどんな要因が大きな成功につながるんだろうか、ということを真剣に調べた最初の一人がブルームなんです。彼は多くの芸術家やビジネスマン、学者らにインタビューしました。それぞれに言うことが違いましたが、その中で1つの共通要因を見つけました。それは、「幼い頃に、とてつもない愛情で見守ってくれた両親以外の第三者がいた」ということでした。いわば「先生」のような存在ですよね。小学生や中学生の頃に「お前はできる!」と信じて、とてつもない愛情で包んでくれた人がいると、成長してから成功する可能性が高いということなんですね。これも「根拠なき自信」を持つということだと思います。

為末:なるほど。でも難しいですよね、今更そう言われても(笑)。

石川:そうですよね(笑)。今更言われても困りますよね。

為末:でも、納得はできますね。それが条件だったんですね。

石川:逆に言うと、そういうことでもないと、「根拠なき自信」って持ちにくいですよね?

為末:世の中にある多くのものは、実はバーチャルだったりするじゃないですか。楽天市場のようにインターネット上に「仮想商店街」があるという前提で作られたシステムが、これほどしっかりと機能しているということだって、不思議な気分がしませんか? 「仮想通貨」にしても、多くの人が信じるようになれば、本当の通貨になって行くわけですよね。世の中の人が思い込んでいくと、現実になっていくんですよね。だから、かなりのことが実は「思い込み」や「幻」でできているので、「オレはこの幻を現実にするんだ!」とより強く信じた人が、現実にして行くんだろうなぁと思いますね。楽観的に考えると。「幻は現実にできる」と信じることの難しさは確かにあると思いますが、そのために「根拠のない自信」が必要になるような気もします。体験し、徐々にやっていくことで、自分を信じられるようになる気がしますね。

以前、元・ラグビー日本代表監督のエディ・ジョーンズ*3さんにインタビューしたことがあったんですね。エディさんはこう言っていました。「日本代表監督になった時、選手たちに『勝ちたいか?』と聞いたら、みんな『勝ちたい!』と答えたんだ。同じように、『喉が渇いたか?』と聞けば、みんな『喉が渇いた!』と答えるよね。でも、いま、ここで発する『喉が渇いた!』と、3日間、砂漠を彷徨った後で発する『喉が渇いた!』、そのどちらも人間は『喉が渇いた!』としか言えないんだ。お前たちが言っているのは、どっちの『喉が渇いた!』なのか、自分でわかってるのか、ということを話したんだ。同じように、選手たちはどっちの気持ちで『勝ちたい!』と言っているのか、自分たちでもわかってないんだ」ということを話していましたね。

石川:「本当に、死ぬほど勝ちたいのか?」っていうことですよね。

為末:そうですね。で、エディさんが何をやったかというと、「兆しを見せた」と言うんです。単に、いきなり「信じろ!」と言っても選手は俄かには信じられないので、「ウェールズ相手でも、南アフリカ相手でも、こうやれば通用する!」というプレーを伝えて、それをちょっとでもいいので試合で実現させてみる。そうすると、「あれ?エディが言ってたこと本当かもしれないぞ?」と思い、錐(キリ)で穴が開いたようになって、「この穴を広げていけば、本当に勝てるんじゃないの?」と選手たちが信じ始めたっていうんです。このケースは「自己暗示の入り口」を演出したんだと思うんですが、こうしたやり方でも、人は信じることができるんじゃないかと思うんですよね。

石川:その話につながると思うのですが、先ほど紹介したデイヴィッド・ブルームの研究以降、アメリカでは「自信が大事なんだ」という話になったんですよ。そこで、1970年代から1980年代にかけて、子どもたちをとにかく褒めまくったんですね。「お前たちはできる!」「素晴らしい!」って。

為末:そういう理屈ですよね。「親以外の第三者が褒めるのが大切」ということですもんね。

石川:そうです。子どもたちをものすごく褒めたんですね。その結果、何が起きたかと言うと、自信だけが膨れ上がった大変な子どもたちが育っちゃったんですよ。「自分が失敗しても全部他人のせいにする」「自信を崩されたくないから全くチャレンジしない」「それでも自尊心だけは持っている」という子どもたちばかりになってしまったんです。それで、1980年代終盤ごろから「ちょっと待て!落ち着こう!」という感じで反省したんです。「自信があるから、成果が出るのか」、それとも「成果が出たから、自信がつくのか」、どちらが正解なのかを調べてみると、「成果が出たから、自信がつく」ということがわかったんですね。先程のエディ・ジョーンズさんの事例と同じです。まぐれでもいいから何かしらの成功体験を得た人、成果を出した人というのは自信がつくので、ある成功が次の成功を呼びやすいんですね。だから、最近では「まぐれでもいいから、まず1回、成果を出してしまおう」と、よく言われていますね。

為末:成果を出すまでの「プロセス」も重要ですよね。「仮説を立てる」「その通りに実行する」「実際に勝つ・成果が出る」というのがセットになると、さらに自信が深まりますよね。

石川:そうですよね。エディ・ジョーンズさんのケースで言えば、「学び」と「成果」というものがあった時に、「まずは選手に学んでもらった」わけですよね。「成果」が出るかどうかはわからない中で。

為末:そうですね。エディさんというのは、とても厳しい人らしいんです。監督に就任した当初は、選手たちにしても、全員が「エディ最高!」と言っていたわけではなく、「彼の指導方針は嫌だけど、成果は出るからね...」という感じで指導を受けていたようです。成果が出るまでは、「こんなやり方、通用しないよ!」と、エディさんの指導を信じていなかったと思いますね。

*2 1913年、アメリカ・ペンシルヴェニア州ランズフォードに生まれた教育心理学者。教育目標の分類化と完全習得学習の理論を提唱したことで知られている。ペンシルヴェニア州立大学とシカゴ大学で学び、「卓越した人材の育成」をテーマとした研究チームを組織・統括した。1999年没。

*3 オーストラリア・タスマニア州出身のラグビーユニオンの元選手 / 指導者。2012年4月に日本代表ヘッドコーチに就任すると6月にウェールズ代表から初勝利を上げる。2015年にイングランドで開催されたワールドカップでは前回優勝の南アフリカ代表に逆転勝利。24年ぶりのワールドカップ2勝目を飾った。日本代表ヘッドコーチとして通算44戦29勝15負、勝率66%を記録。現在、イングランド代表監督を務める。