- ジャックとの出会い
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そのような状況の中、彼を救ったのはジャック・グレイというひとりの男性でした。ジャックはUCLAの医学部で当時行われていた、パラサイコロジー(超心理学)の研究プロジェクトに参加していた、著名なヒーラーでした。
彼は音、色、声、手、意識などを用い、世界中の伝統的なヒーリングの技法を使って、ミッチェルを癒しました。全身の痛みをとり、感染症の原因を突き止め、そして事故後約1年で、ついにはミッチェルが歩けるまでに導いたのです。ミッチェルはジャックが亡くなるまでの7年間、彼の弟子として過ごしました。
*UCLA=カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校
- 食事と健康についての調査 〜 ピュアシナジーへと続く道1 〜
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食事と健康についてミッチェルが関心を持ち始めたのは、この事故以前にさかのぼります。彼はまだ10代の頃、ひとりでヒッチハイクをしながら旅を続けていました。そしてテネシー州の、あるコミュニティーにたどり着きました。そこでは1,000人以上の人びとが暮らし、安全で、環境持続性のある農業への変革を求めて、有機農法を実践していました。メンバーはみな、ビーガンと呼ばれる厳密なベジタリアンでした。
ちょうどその頃、国立衛生研究所(NIH)が菜食主義者を対象にした大規模な調査を希望していました。NIHは、ビタミンB12の欠乏と健康状態について研究していました。ベジタリアンは、動物性の食物に多く含まれるビタミンB12がどうしても欠乏しがちです。そこで彼らは、老若男女のベジタリアンが含まれるそのコミュニティーに興味を示し、ミッチェルが調査活動のサポートをすることになりました。ビタミンB12は、肉体と精神をつなぐ通路(神経)をアクティブにしてくれる重要な栄養素です。知性、感性、理性、人間の感覚すべて、そして生命力に直接関与しているのがこのビタミンです。そのコミュニティーのなかにも、さまざまな心身の問題を抱えているひとが多くいました。
ミッチェルはそこで、微量な栄養素が人間の健康や思考に多大な影響を及ぼすことを知り、興味を持ちました。彼は、ひとびとに適切な栄養摂取を促すことによって、世界の健康によい影響を及ぼすことが出来るのではないか、と考えていました。
- 植物についての本格的な研究 〜 ピュアシナジーへと続く道2 〜
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ミッチェルは先の損傷からの回復の過程で、UCLAの実験室において、ジャックの指導のもと、あるプロダクト(現在のピュアシナジーの原型)の研究に参加します。研究者たちは、ひとびとの健康に真に役立つ「本物」を常に求め、日々研究をつづけていました。
「本物」とは、化学物質にさらされ、水も空気も汚染される以前、自然が有していた真実の状態のことです。それらを見つけ、その状態を保持できる製法を見つけなければならない。さらには、最適な配合を見つけなければならない、と彼らは思いました。
本当に必要な栄養素とはビタミン・ミネラルだけではありません。それらはとても微細な成分で、科学はまだ、その全貌を明らかにはできていません。
ミッチェルたちは、その微細な栄養素の多くが植物の色素の中にあることに気づきました。植物色素は太陽とその他の自然界のものが交流することによって誕生します。植物は栄養素の保管庫であると同時に、太陽からのエネルギーを取り入れる格納庫でもあるのです。そのエネルギーは体内に取り込まれると、自ずと働き始めます。
ジャックの貢献に加え、中国医学・漢方の専門家、アーユルベーダのマスター、ハーバリストなど、多くの専門家たちの知恵と経験を取り入れながら、ピュアシナジーの原型は完成に近づいていきました。
*アーユルベーダ=インドの伝承医学。アーユルは長寿、ベーダは知識という意味で、生命(健康)の科学である。
- ヒーラーからの転換
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その製品は「グリーン」と呼ばれ、試作後、調整を繰り返しつつ、約12年間、研究者や医師や知人・友人などに無料で提供されていました。彼らからは、エネルギー、明晰さ、活力(バイタリティー)、健康感が増大したなど、数え切れないほどの素晴らしい反応がありました。
この頃、ジャックはすでに亡くなっていて、ミッチェルは、ジャックの遺志を継ぎ、患者たちにヒーリングを行っていました。ある時、彼は二つのことに気がつきました。
一つ目は、患者の多くは適切な栄養を摂取できていない。もし彼らが十分な栄養を取って、自分自身をもっとケアしていれば、病気を未然に防ぐことが出来たのではないか、ということ。
二つ目は、自分自身の限界です。身体は一つしかなく、一日20時間働いても、診ることが出来る患者さんは15名が限界。それでも多くの人が会いたいと希望し、ウェイティングリストは2年先まで一杯でした。彼は自分自身の特別な経験を、より日常的で、多くの人がその恩恵を享受できる形に「翻訳」する必要があると強く感じました。その思いをかたちにしたのが「ピュアシナジー」です。
- シナジーカンパニー創立〜現在、そしてこれから
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彼はヒーリングワークをやめて、キャッスルヴァレーという大自然に導かれ、そこで2年間キャンプ生活をしたのち、自らの手で、完全環境循環型の家を建てました。水はすべて雨水をろ過して使い、電力は自ら設計した太陽光発電のパネルを利用、木材も山で倒れている木を運んで来ました。
その間も、近所のひとや、知人、友人には無料でピュアシナジーを配り続けていました。彼らはミッチェルに、ピュアシナジーをより多くの人に提供することを勧めました。はじめは戸惑っていたミッチェルでしたが、良いビジネスをすることで、プラスのエネルギーを世界に広めていけるのではないか、ビジネスの影響力を正しい形で使うことによって、多くのひとの役に立つことができるのではないかと考えました。
1992年、彼は正式にシナジーカンパニーを立ち上げました。その7年後には自社工場を建設。100%風力発電で操業する、環境循環型の工場として、米国内でも高い評価を受けています。また、オーガニック認証団体の認定も受けています。
ピュアシナジー、ヴァイタシナジーをはじめとする、さまざまな製品はすべて自社工場内で製造されます。現在、ピュアシナジーは世界11カ国で販売され、多くの方たちに愛されています。
ミッチェルは、ピュアシナジーをはじめとした、植物の力を凝縮した製品を提供することで、多くの人を癒したいと考えています。その思いはジャックの遺志を継いだ活動です。
ミッチェルは言います。「ジャックは、彼が与えてくれたすべてのことの中に生きています。今も。私の人生というのは、彼が私に与えてくれたこと、その教えが指し示すことを明らかにする試みです。今の私があるのはすべて彼のお陰です。」
- 最後に・・・「ヒーリング」とは何か
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ジャックがミッチェルに行ったこと、それは単に身体の機能を回復させたことだけにとどまりません。むしろ、怪我が治癒していったのは、現象のほんの一部でした。ヒーリングとは、神秘的に捉えられがちですが、癒し、励まし、慰め、を促すことに他なりません。そしてその力に恵まれたひとをヒーラーと呼びます。
小さな子供にとって、一番身近で頼りになるヒーラーはお母さんでしょう。転んだとき、「痛いの痛いの飛んでいけー」と優しい手で触れて貰うと、少し痛みが治まり、何より落ち着いた、安心した気持ちになります。真のヒーラーは、このような現象を、自分の家族以外のひとであっても促せるひとなのです。
本当の癒しに触れるとき、ひとは、真実の自分に出会えるのではないでしょうか?そして自ら癒えていくことができる、シナジーカンパニーはそう考えています。