株式会社シナジーカンパニージャパン 若松社長にインタビュー
株式会社シナジーカンパニー 若松英輔社長と弊社代表中川信男との対談をお届けします

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大事故から奇跡の復活。そしてヒーリングへ・・・

ミッチェルがピュアシナジーに込めた想いを
いま、日本中の人々に伝えます。


こころとからだをつなぎとめるシナジーの力
▼買い物かご

ヒーリングと言うと神秘的に聞こえますが、癒し、励まし、慰め、を促すことに他なりません。
そしてそのように人々を癒す力に恵まれた人のことを、シナジーカンパニーはヒーラーと呼んでいます。

ミッチェルが届けるものは、「誰もが自らの力で癒えることができる」という深い気づきです。

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「こころとからだをつなぎとめるシナジーの力」

ピュアシナジー ヴァイタシナジー ベリーベリープレミアム
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    こころとからだをつなぎとめるシナジーの力


ほんとうの健康、ほんとうの幸せとは、総合的な存在である自分を認識すること

中川
今回しっかりお伺いしたかったのは、『ピュアシナジーとはそもそも何なのか』ということです。これはユーザー様がいろいろなことをおっしゃいます。個人的なお客様の印象で言えば、「怒りにくくなった」とか、「気持ちが大きくなる」、「もしくは体の調子がすごく変わっていった」というような個人的な経験をたくさんお聞きするのですけれども、そもそもピュアシナジーを供給されているシナジーカンパニージャパンの若松社長としての『ピュアシナジーとはそもそも何なのか』というところをきょうはお聞きしていきたいと思います。

若松
まず、私たちは「ピュアシナジーとはなにか?」ということを、分かって売り始めたわけではないのだな、という、強い実感があります。もちろん、素材の安全性や文献上の働きなどは理解していました。しかし、今にち、お客様からいだたいているお声とくらべてみると、当時の自分たち、きっと今の自分たちもそうなのでしょうけれども、ピュアシナジーの実態を分かっていなかったと思うのです。
今、どのぐらいお客様にお使いくださっているのか分からないのですけれども、一人一人のお客様にお使いいただいて、お客様の声によって我々は理解を深めてきたというところがすごく強い実感としてあります。
 ピュアシナジーを販売して5年ぐらいになります。製品はお客様とともに成長する、本当にそう思います。現在は、5年前よりもその可能性は開花しているし、これからもますます開花していくだろうと思うのです。

 私の個人的な意見というより、お客様からの声を私どもなりにまとめさせていただいて申し上げるとすると、ピュアシナジーとは「人間の身体(からだ)と心をつなぎとめるもの」といえるかもしれません。
現代における不健康、つまり「健康ではない」状態というのは、やはり身体と心の分離というか、乖離(かいり)というか、本来ひとつであるものがすこしづつ、離れていく状態です。それをやはりもう一回統合していくということが、極めて重要なことだと思うのです。

 すこし奇異に感じるかもしれないのですが、病気がない、というだけで「健康」だとはいえない、ということになります。WHO(国際保健機構)に「健康」の定義というのがあります。健康とは、その人が「本当に幸福である状態なのだ」というのです。WHOの定義は、「人間にとって健康とは、身体的、精神的、社会的に幸福な状態をいうのであって、病気や障害がないことをいうのではない」というものです。だから、病気や障害がないということが健康なのではないのだと。人間の健康というのは、本当にその人間の心、体、そして社会的存在として幸福であることなのだというのです。

 今、WHOは、ここにさらに一歩踏み込んで、「身体的、精神的、社会的」、あともう一つ「霊的」、スピリチュアルという言葉を入れようしています。それは討議委員会を通過し、総会での決済を待っています。ここでいう「スピリチュアル」という言葉には、少し説明が必要です。
それは、幽霊や、フワフワした何かを意味するとか、そういうことではありません。まさに、人間の心と体と社会をつなぎとめるものです。人間は身体的にも社会的にも精神的にも、何かそこがばらばらに幸福であってもだめなのだということです。そこが統合して幸福な状態でなければ、人間の幸福というのは本当は実現できないのではないかということです。「体は健康だ、別に心にも最近そんなに大きなストレスはない、お金もある」・・・では、幸せなのか。そういうことではない。もうちょっと人生の意味というか、生きていく意味ということを見出さないと人間というのは幸福ではあり得ないということが何となく分かってきて、WHOの中には大変すぐれた人がいて定義を変えようとしているのだと思います。
こうした意見を言い始めたのはアフリカ諸国の人々です。経済、食糧、医療事情からいっても、先進国とはいえないエリアの人々が「健康」の定義に心と身体を包みこむものが必要なのではないか、といっているのは、私たちにとっても大変重要な問いかけだと思うのです。

 これは余談なのですけれども、WHOのその定義の変更に大きな関心をもって臨んだ日本人がいて、それは山口昌哉さんという数学者です。山口さんの先生というのは、久松真一という、20世紀日本を代表する思想家です。そういう思想家の考えが、健康の定義の中に含まれてくるというのが僕は大変面白いなと思っていて、本当に人間の生きていく意味を探していくということと人間の健康ということがすごく結びついてきているということです。これは何か、20世紀というか、21世紀というか、現代の喜ばしい方法だなと思っています。

19世紀には、「人間の体というのはモノである」という時代、それが20世紀には「モノだけではない、心もある」ということを発見した時代。それは心理学ですけれども、そういう時代から、21世紀になって体であること、そして心であること、そして、それの統合的存在であることというのが、今、問われ始めているのだと思います。
 ピュアシナジーというのは、まさにそこに働きかけている。そういう意味で、私たちはお客様の健康と幸福を実現する小さなお手伝いをさせていただければと願っています。

日々の小さな変化を積み重ねることで、奇跡よりも大切な幸福を実感することができる

中川
いきなり本質論になりましたが、普通の人が見たら、「ピュアシナジーというのは、オーガニックの素材が厳選された、非常に安全な、体の健康維持に効果があると思われる素材を非常にたくさん含んだもの、だから体にいいのだ」くらいにしかとらえられない方もいらっしゃると思います。実際にユーザーの方でも、さっきおっしゃった、体、心、精神、そして、ご自身の霊性な部分、スピリチュアルな部分まで変化を感じる人と、かたや、「それは体にどういいの? という話になってくると何だかよく分からないな」と実際におっしゃる方もいらっしゃると思います。こういう方たちにとってピュアシナジーの魅力というのは依然あり続けるのですか。


若松
あると思います。健康になるというのは、人間の身体がある、心がある、それをつなぎとめるものがある、という感覚を回復していくことです。
ですから、例えば、すごく分かりやすいのは、ピュアシナジーを飲んでいきますと、「あっ、ちょっと風邪ひきやすいな」というときや、疲れやすいとかいうのがすごく敏感に分かるようになります。バランスの調整が必要なタイミングがより実感できるということです。


中川
悪くなっていることを感覚で自覚できるのですね?


若松
それがすごく大事なのです。悪くなっていくことを事前に感覚できれば、手が打てるわけです。先手が打てるということが、健康への大きな進歩だと言っていいのです。健康感覚の回復です。それは心から見れば自信の回復、すなわち自分に対する信頼の回復だということになります。
人間には健康感覚というのがあるのだと思います。しかし、私たち、現代人はそれを忘れつつあります。現代人は、視力、聴力を昔の人のようにもってはいません。無いのではなくて、使わないので退化していったのです。
ピュアシナジーは、その健康感覚を繊細かつ鋭敏にしていくものです。実は私たちは今ここにいるだけでも自分の健康感覚というのを研ぎ澄ませています。
例えば「気配(けはい)」というのがあります。人間は、自分の気の合う人といるときはすごく幸せですけれども、嫌な人とはあまり一緒にいたくないし、あまり一緒にいないと思います。嫌な人と、2年、3年、ずっと一緒にいたりすると、精神だけではなくて、いろいろな意味で苦痛です。
健康感覚に鋭敏になってくると、無理しない、自分の性に合わないことはしない。だから、お金のためとか、名誉のためとか、例えば自分の社会的地位のためとか、何かそういうところで自分の性に合わないことをずっとやり続けるということは、自分の健康、すなわち幸福にとってよくないのだというようなことが、次第に分かってきます。

 ピュアシナジーを販売するということにおいても、私たちは年々、無理をしなくなりました。これは企業として大変大きな変化です。もちろん、一生懸命働いてはいます。懸命には働くけれども無理はしなくはなりました。
それは、事業体、人間の個的な生活の両方に言えて、「やりたいこと」というよりも、「やらなければいけないこと」のほうが優先になってくるのです。
健康というのは、やはり、「やりたいこと」だけをやってしまうとなかなか実現できないのです。たばこが吸いたい、お酒が飲みたい、甘いものが食べたい、肉が食べたい。
そこそこはやってもいいです。私は、お酒を飲んでもたばこを吸ってもいいと思います。でも、本当にそればかりをやってしまっているとだめですよね。「やらなければいけないこと」、例えば、人といい関係を持つこと、いいものを食べること、いい休みをとること、いい睡眠をとること、いいヴィジョンを持つこと。もう小さな積み重ねとしていっぱいあるわけです。そういうことのほうにやはり意識が向いてくるんです。

今申し上げた意味で「健康感覚」が変わるというのがピュアシナジーの説明として一番分かりやすいです。「ピュアシナジーを飲んだら生活が変わった」とおっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。そういうお話を聞くと、本当に光栄に思います。ありがたいなぁと思うのです。


中川
そういう変化が、結果的に体に無理をかけないで、心に無理をかけないで、精神に無理をかけないで楽しく、つまり、先ほど「幸福」という言葉がありましたけれども、幸福に生きていく真の健康の状態ということにつながるのですね。私たちはこれを「らくなちゅらる」な状態と呼んで啓蒙しようとしています。

 私の妻のことになります。公の話しでいえば、「妊娠中の方は健康食品の摂取は、医師の判断を受けてください」ということになるのですが、我が家では私たちの責任において、妊娠中も授乳中もピュアシナジーを飲ませているわけですけれども、私も含め彼女も健康感覚にはすごく敏感になります。「ピュアシナジーを飲みたくない」、これだけ安全でいいものが入っているはずなのに、頭のほうでは「飲まなくちゃ」と思っているのだけれども飲みたくないときがでてくるのです。私はいつも彼女に「飲みたくないのだったら、飲まなくてもいいじゃない、ピュアシナジーってそんなものじゃないかな」という話をするんです。こういう話を聞かれたときに、お客様は恐らく混乱されると思います。そんないいものが飲みたくないなんて何なの!と。実際にはそういうことがあるのがピュアシナジーのすごく面白いところだと思っているのですけれども、こういう経験について、どうお考えでしょうか。


若松
よく分かります。ピュアシナジーは、何と申しましょうか、ちょっとエンジンをかけるような作用があるんです。エンジンをかけるというのは、心身のトラブルが泥の“ぬかるみ”だとするとそこから脱出する、回復していく力を与えるものでもあるので、やはり「ちょっと頑張らなくちゃ」というときには頑張れるものでもあるんです。

奥様のように、例えば妊娠中の方は休むことそのものが仕事だったりします。すごくいい休養をとる、心身ともにいい休養をとるということです。あともう一つは、多分中川さんの奥さんでいらっしゃるので、日ごろ体にも心にもいい質のものを食べているというのがベースとしてあると思います。ベースとして、ある満たされた状態が実現されていて、そして十分休まなければいけないという状態ですと、普通の人よりもピュアシナジーをとる回数が少なくていい可能性が十分にあります。

 仕事でどうしてもやらなければいけないというときには、ピュアシナジーを飲むと頑張れてしまいますよね。別に添加物や合成された栄養剤の入ったドリンク剤とは違うので、心身に後で大きな負担が残るというわけではありませんが、しかし、人間というのは休みたいというときがあるわけです。やはり、無理をしないという生活をおすすめしたいと思います。


中川
つまり、休みたいときに休ませてくれることまで実現してしまうのですね。


若松
そうです。それがすごく重要なんです。ですから、ピュアシナジーを飲むとすごく眠くなる人がいます。


中川
たしかにいらっしゃいますね。特に飲み初めの方はそうですね。だから、これは体に合っていないと判断される方がいるのが、とてももったいないのです。


若松
もちろん、「それは寝なければ、もっと休まなければいけないよ」という、体や心が出している明確なサインなのです。


中川
皆さん、いいサプリメントを飲んだら目がシャッキリ覚めて、もっとエネルギッシュになる、病気知らずで、無限に活動できると思っている方がいるようで、特に体がモノでしかないというふうに考えたときには、いい要素を入れればもっと無理がきく、もっと頑張れる、もっと何かこう、肉体がエネルギーにあふれて「眠たくなんかない」という状態になると。これは錯覚なのでしょうか。


若松
錯覚というか、極めて危ない感覚です。それは解剖学的にいうと、交感神経がすごく優位な状態、副交感神経がほぼ働いていない状態で、臨戦態勢なんです。

「人生は戦いである」ということであるとしたらそういう状態がいいのだと思うのですけれども、「人生というのは長く歩く道のりである」ということだとしたら、もうそんな態度では絶対続かないです。100メーター全力ダッシュの走り方で、マラソンのような一生を終わることはできない。やはり我々の人生というのは、マラソンどころか、徒歩で歩いていかなければいけないので、そんなに臨戦態勢はまるで、ふさわしい状態ではないのです。
本当に疲れている時ほど、緩やかに回復していくことで、回復の糸口を見つけていくということが大事なんです。本当に回復したいと思ったら、時間をかけることが大事なのです。


中川
よく、シナジーを飲んでおられる方のお声を聞くと「何かよくわからないけれど、とにかくなにかいい」とおっしゃいます。以前から非常に多いのは、「明確には分からないけれども、すごくいいね」と。普通、健康食品の広告、サプリメントの広告であれば、陰に「○○病が治った」とか、「奇跡的な何々からの生還」「これではじめて生き返った」みたいな話というのがすごくアピールされるのですけれども、私は、そういうのは、長続きしないという状態なのではないかなと思っています。「なんかいい」と言われるのはすごくうれしいですね。でも、なんとなくだけれど、日々の状態がいい、ということで続けていただける方と、「なんかいい」ぐらいだったら、別に無理して飲まなくてもいいかなという人がいらっしゃると思うのですけれども。


若松
そこは私たちが最も強調したいところなのですけれども、なんとなく健康だという状態は、健康から見ると「平凡な毎日」あるいは「平凡な今」とも言えるかと思います。
しかし、「平凡な今」を守っていくということ以上に生きる意味は無いと強く申し上げたいと思います。ここに幸福の源泉があるのです。私たちが慣れてその実在を忘れてしまうような状態が、幸福の湧水(わきみず)がふつふつと出ているところなのです。
例えばすごく大病をしたとします。すると、まず「前のように戻りたい」とみんな言います。「昔に戻りたい」と。それで昔のように戻るとします。そうすると、「奇跡だ!」と言うわけです。
そうではなくて、前の平凡な状態そのものがすでに、奇跡の連続なのです。毎日毎日、奇跡が起こっているわけです。毎日毎日、奇跡が起こっているのだけれども、それが実感できていない。それが一回、ドーンと下がって、もとに戻るのを経験すると「奇跡」だという。それはそれで大きな出来事でしょうけれど、私たちが毎日接している「奇跡」に比べたら、小さなことかもしれません。
今、私たちがいる「平凡な日常を本当に大事にしなければだめだ」ということです。ただ、そこにいること自体が幸福なんです。それは本当に壊れやすいもので、繊細に守っていかなければいけません。何か悪いことから復活することを求めるのではなくて、「平凡な今」というのを日々、大事にすることがカギなのだと思います。

この問題は人間の身体だけではなくて、人生にも言えます。例えば、自分の人生がつまらないという人がいます。「今までの人生はつまらなかった」と言う人がいます。本当に幸福を願うなら、自分の過去も本当に愛さなくてはならないと思うのです。愛するというのは善悪の基準を超えるということです。いい、悪い、成功、失敗という視点からではなく、そこには人生の秘密を告げ知らせる大切な鍵が潜んでいると思うことです。
そうすると自然に、だんだんその意味が明らかになってきます。そうすると、ああ、今までの自分の過去というのは、自分がバカだ、あんまり面白くないと思っていたけれども、本当に意味深いものだったのだなと後で必ず分かります。ここに例外はありません。意味なき生などないのです。
申し上げたいのは、「今」を誠心誠意、大事にしていくということです。ピュアシナジーは、その毎日毎日の小さな積み重ねに対して、大変大きな働きをする。「きょうと同じあした」ということを生きるために、小さいけれどお役には立てているのではないかと思います。


中川
平凡さというのは実はとてつもなく素晴らしい、というお話でしたけれども、多くの方がお金を出すのなら「平凡ではない特別な何か」を求めてしまうんですよね。大きな病気をしたことがある方とか、命に限りがあると宣告された人は「平凡さの奇跡」ということに気づくのですけれども、まだ大きな病気になったことがないとか、人生においてそれほど辛いことがない状態の方で、お金を出してサプリメントを買うとか、ピュアシナジーを買う、その他の健康にいいと言われているものを買うというときに、何かこう、やっぱり劇的な変化を求めてしまうというのはもったいないと私も思うのですが、何かそういう皆さんにヒントになる考え方ってあるのでしょうか。


若松
繰り返しになるのかもしれないのですが、そうした「奇跡」が不要だということが、実は大変幸福なことなのです。私たちは奇跡よりも幸福に貢献したいと強く思います。
身体的な働き以外に、人間というのが何であるかを分かる、何かを深く理解する、何かを深く認識する、人生が変わるということがあります。
しかし、「今、この幸福な状態というのがいかに意味深く、いかに繊細で、いかに希有な状態か」ということが分かるということ、これはすごく劇的なことだといえます。毎日を生きるということは、本当にかけがえのないことなのだということを深く実感する、これ以上の劇的な出来事はおそらくないのではないかと思います。
ピュアシナジーによって、何事か劇的なことが起きるとすれば、こうした意識の変化です。ピュアシナジーはこの意味で人間の意識に作用するともいえると思います。

身体的な変化ばかりに注目していると、自分の人生が、意識として深まってくる、認識として深まってくるということが見えにくいことがあります。認識の深まりということは、やはり注意深く見ていないと分からないものです。「10歳のときよりも20歳のときのほうが人生は深まっているのだろうか、今の自分よりあしたの自分のほうが深まっているのだろうか」というふうに問いかけていないと、なかなか分からない。
人間は、心身が統合された状態がよくなってくると、その人の人生というか、その人の認識というのもまた、深まってきます。昔の人は、それを「知恵」と呼びましたけれども、ギリシャ語の「エピステーメ」というのは、「認識」と「知恵」の両方を意味しています。あるいはその結合を意味した言葉です。それは人間は認識が深まってくると知恵が豊かになるということを示しているのだろうと思います。
お客様からの「声」を拝見していると、ピュアシナジーは、認識を豊か、また、知恵を豊かにしていく、知恵を生み出していくというような働きがあるのだと思います。無理してはならないというのは一つの人生における知恵です。
たとえば私は中川さんにはなれない。中川さんになれないのに、中川さんのようになりたい。中川さんに瓜二つのようなビジネスマンとして私が思い、それを仮に実現したとしても、恐らく私がその状態を維持していくことはできない。「自分らしく生きなければならない、自分は一人で生きていくことはできない」というのは、もう歴然たる事実です。しかし、自分以外の誰かになろうとする人が本当に多いように思います。


植物の持つ力を熟知したミッチェルが設計する、日本人のためのピュアシナジー

中川
しかし、世間では成功法則を学ぶ多くの人が、成功者の伝記に学ぶとか、モデリングと呼ばれる、真似することでその人のような状態が得られるのだとかたく信じて疑わない人たちがいます。そういう人たちが社会のリーダーになっていく危険もあるので、その人が、ただその人らしく存在しているだけで評価される時代ではなくなっているというむきもあります。

 日本人というのは、平々凡々であることがいいことだった時代がずいぶん前に終わって、次は、すごく個性を出していくんだ、ばりばり稼ぐんだ、ばりばり世の中へリーダーシップを発揮していくのだとイケイケドンドンの時代があり、今度はまたそれが崩れつつある時代だと思います。その時代に、やはりピュアシナジーを飲んでいる人たちが、おのおのの場所で希望なのか、もしくはその周りの人たちにとって光なのか分かりませんけれども、元気に幸せに生きていかれるだけでも十二分なのではないかなと思います。

非常に大きな話になったのですが、どうしてピュアシナジーは今おっしゃっていたようなことが可能だとお思いになりますか? 植物の複合体でしかないとあえて言いますけれども、植物の複合体でしかないピュアシナジーが、どうしてこれだけ大きな変容――いや、大きな変容ではないのかもしれないですね、なぜ、平々凡々さを作り出すことができるのか、どうお考えになりますか。


若松
大変いい質問だと思います。この問題を考える時、植物はもともと、人間を深く癒すものであるという原点に立ち戻るべきだろうと思うのです。だた、現代人は忘れてしまったのだと思います。
植物というのはもともと人間の心と体をつなぎとめるものです。それを現代の科学が、化学的に分析をし、栄養素という要素に還元してしまったわけです。この植物の有効成分は何であるということに還元してしまい、それを信じた私たちが真実を見失ったのであって、実は植物にはもともとそういう力があるんです。
というのは、これはもう古今東西問わないのですけれども、植物の医学的活用が、ほぼ寺院、教会といった宗教的基盤から出てきたことが証明しています。病院はかつて教会と一体でした。例えば日本でも、製薬院というのは、昔はお寺にあるわけです。イスラームの大哲学者は同時に医学史に名前を残すような医師でもありました。それはもちろん中国においてもそうです。中国においても道教と健康法とは極めて密接に結びついています。人間の精神的なものと植物というのはもともと古くから結びついているんです。それを分離してしまったのが現代であるだけなんですね。


中川
区分された動物、植物、鉱物などの中の、「ただの植物でしかない」という認識のことですね。


若松
そういうことです。ピュアな植物があって、それを熟知した人間がいて、それを集めてきてブレンドすれば、ピュアシナジーではなくても恐らくそういうことが起こるんだと思うんです。ただ、それだけピュアな植物が今、本当に少ないということです。また、それを熟知して選び取れる人間もこれまた、すごく少ないのです。選び取ってきた植物をいい状態で、本当に純粋な状態で育てたものを、熟知した人間が作って、それを加工するにふさわしい状況を整えるという、これはもう、大変なことです。
偶然なのですが、シナジーカンパニージャパンは、日本で最初期にハーブサプリメントを開発した二人が創業メンバーとなって始められました。私たちは国内外の工場も随分と見ましたが、そうした人間が客観的に見てもシナジーカンパニーは、この点において極めて高度な状態にある企業だと思います。製薬会社さんのような猛スピードで動く機械があるわけでもないのですけれども、ただ、ピュアシナジーを作るには十分な、清潔で、適切に設計された設備と、十分に習熟したスタッフを揃えている状態を実現できています。


中川
そのなかなかできないことを実現した結果がピュアシナジーであって、それを作り出しているのが米国のユタにあるシナジーカンパニー、そして若松社長は日本法人の代表でいらっしゃるわけですけれども、そのキーマンとしては、シナジーカンパニーの創立者であるミッチェル・メイ氏というところに行き着くと思うのです。若松さん自身はミッチェル・メイ氏に常にお会いになっていて、私も何度かお会いさせていただいて、もう私にとってはビジネス上の、そして人間としてのメンターとなっています。私にとって、直接のフィジカルな関わりは少ないですが、彼の本質を常にイメージしています。より密接にかかわっておられる若松社長にとって、ミッチェル・メイ氏というのは何なのでしょうか。


若松
それは何か難しいですね。何と申し上げたらよろしいでしょうか、ミッチェル・メイというのは僕にとって何かというのはちょっとうまく言えません。昔はもっと彼のことをフォローしたかったのです。自分になることよりも彼を真似することにもっとエネルギーを注いでいて、ごく身近な人に言われたことがあるんです。「あなたは、あなたになりなさい」と。やっぱりそれは僕にとってすごく大きいことであって、ああいうある影響力を持った人のそばにいると、何かその人を真似したくなってくる、それはすごく危険なことです。
もちろん彼のことは好きですし、尊敬もしていますし、ある意味で目標とするビジネスマンでもあるのですけれども、そういう表現では言い尽くせない何かがあるんです。まず、すごく強い縁を感じます。彼が僕にとって何であるかということはちょっと容易に表現できないのですけれども、僕は、なぜ彼に会ったのかということを考えるようになりました。それは、今のビジネス、シナジーカンパニージャパンであることと不可分なのです。僕は、このビジネスのミッション(使命)を実現することでしか彼となぜ会ったのかは分からない、ということは、最近分かり始めてきました。

それは彼を見るのではなく、彼とヴィジョンを共有するということなのです。彼がアメリカで実践していることをなぞるのではなく、その深みを日本で実現することなのです。やはり我々はビジネスをする上でも日本流にやっていくということがすごく大事です。それは、ミッチェルをどう理解するかということとも密接に関係があって、シナジーカンパニー本体の真似は、私たちにはできないのです。
私たちは、そのスピリッツを継承しなくてはならない。だから、引き継げるところは引き継ぐ。だけれども、我々は日本人のお客様が求められているように、シナジーカンパニージャパンという会社を運営していくということです。企業というのは、やはりお客様にどう求められているかということによって変化していかなくてはいけないのだと思います。
たとえば、アメリカのピュアシナジーと日本のピュアシナジーは、設計理念は同じなのですが、ブレンドの中身と摂取量の基準は全く違います。日本版のピュアシナジーの開発には、2年半の時間が費やされています。この時期が一番大変でした。
アメリカのピュアシナジーは、アメリカで生活するアメリカ人を基準に作っています。日本のこのライフスタイル、食生活、我々の日本人のDNA、それを前提としている方は、やっぱり日本版が最適だと思います。これは、販売者としての意見ではなくて、アメリカ版、日本版を飲み比べたお客様の反応から見てもそうです。よくたとえるのですけど、アメリカの車はアメリカ人に、日本車は日本人の身体に合わせて設計されています。車ですらそうですから、ピュアシナジーのようなものはなおさらです。


中川
ミッチェルさんが日本に来たときに、私がよく聞いたのは「日本というのは、あるべきところにあるべきものがある」と。私は、この言葉をすごく気に入っていて、特にうちの奥さんなんかは、ミッチェルさんが「ホテルに置いてある植木の位置が何かちょっとずれているから、この向きを直しなさい」というようなことを言っているのを直接聞いたみたいで、その感覚って本当にすごいなというか、ある意味すごく日本人的なんですね。先般、京都に来ていただいたときも庭を楽しんでいただいたりしたのですが、ミッチェル氏ほど日本人的な人は日本人でもいなくなったというか、それを強く感じる方でもあるし、その彼が、肉食中心で、ジャンクなものもかなり食べている米国人向けと日本人向けを大きく作りかえたということは非常に大きな意味があると思いますから、ぜひお選びになるときには日本人の体のあるべきところにあるべきものが入っていくように設計されたピュアシナジーを飲んでいただきたいなと思います。


若松
それとさきほどの話に追加すると、何といっても欧米人と日本人は精神性が違います。


中川
なるほど。


若松
それは、やっぱり日本人のメンタリティさらにスピリチュアリティというか、日本人のものの考え方、価値観、人生の生き方というのが全然違うわけです。平々凡々の言い方をすればライフスタイルということになってしまうのですけれども、人生のどこに意味を置くか、人生とは何かということも、日本人とアメリカ人では違います。ですので、ピュアシナジーが本当に人間の心と体をつなぎとめるものだとしたら、そこは違ってこなくてはいけないのです。
また、ピュアシナジーはもっと進化していく、やはり進化していかなくてはいけない。というのは、やはり現代社会というのはそれだけ危険に満ちている、危険が増大しているということなんです。
昨日、たまたまニュースで見たのですが、ある国で、流通している食用油のほとんどが工業油のリサイクル油だというのです。工場で使ったオイルをろ過しただけのものが食卓に上るということです。そこにはもう発がん性物質を始め、毒物を多量に含んでいる。この事実を単にその国が未発達だといって終わりにしてはいけない。そこまで公になっている情報は少ないのかもしれないけれども、現代社会というのは物的ストレス、精神的ストレスの両方において、大変いろいろな意味で危機に瀕しているのだと思います。そういう意味で、ピュアシナジーというのはその時代に合わせて進化していかなくてはいけないというふうに思います。ピュアシナジーのブレンドは、決まっているところは決まっている、だけれども可変的な部分もあるんです。変わっていかなくてはいけないと思います。


中川
では、それはこれからさらに変化し成長していくと。


若松
そうですね。だから、急に、明日変わります、ということはないのですけれども、やはり常に、準備はしています。


中川
逆に言えば、お客様から、この話を読んでいただいて、ぜひご自身の身体感覚、そして精神、心の変化を感じていただいて、それがどうなのかというお声を一つでもたくさんいただけると、さらによいシナジーが生み出されるということですので、ぜひ皆さんもきょうの話の焦点でいろいろ感じたことを我々にお伝えいただければありがたいと思います。きょうは、どうもありがとうございました。


若松
ありがとうございました。




    大切な人の真の幸せのためにできること


大切な人の真の幸せのためにできること
シナジーカンパニージャパンの理念

株式会社シナジーカンパニージャパン(THE SYNERGY COMPANY JAPAN)は、米国シナジーカンパニーの日本法人として設立されました。
最先端の科学と伝統的な植物療法を融合し、本当の意味における心身の健康に寄与する食品を供給し続けること、それが私たちシナジーカンパニーの使命です。
シナジーカンパニージャパンは、米国本社の精神を引き継ぎながら、特に日本人により適合した製品の提供と、日本に合致した企業活動を行うことを目的としています。

私たちの仕事は、原材料となる植物の種(たね)の選択からはじまります。植物の原種を選ぶだけでなく、できる限りオーガニック(有機栽培)の植物を選択しています。最適な栽培方法と的確な収穫時期の決定、そして、製品の加工に至るまで、自然・環境に配慮しながら、持続性のある、循環型事業をより強固に構築したいと考えています。
また、より広く、多くの方々に安心してお使いいただくために、研究開発・販売においても、これまでどおり「信頼と安全」を基盤に、日夜努力を重ねて参りたいと考えています。

株式会社シナジーカンパニージャパン 若松社長

シナジーカンパニー商品の総輸入元としてピュアシナジーなどを日本に紹介してきた有限会社ディオスコリデスは、2008年4月、米国シナジーカンパニー社の日本法人として生まれ変わりました。今回は代表の若松英輔氏に、ピュアシナジーとの出会いから、株式会社シナジーカンパニージャパンとして再出発するまでの軌跡をご紹介いただきます!

当時、日本有数の育児用品メーカーの子会社社長という地位を得ていた私は、手がけるオーガニック商品もよく売れ、ビジネスマンとして成功するという目標を達成できたつもりでいました。ですが常に自分の目標だけに向いていたその間、お客様にエネルギーが向くことはありませんでした。

そして、そんな目標には意味がなかったことに気づかされる事件は起こりました。品質的に決して悪いものではない自社のサプリメントでしたが、身内が大病にかかったとき、自信をもって勧めることが出来ないことに気がついたのです。このとき初めて、自分はお客様と真剣に向き合っていなかったことに気がつきました。この仕事に携わる者としては、決定的に失格だと思った私は、その会社を辞めて一から出直す決意をしました。

自伝的な本が出ている今、シナジーカンパニーの社長、ミッチェル・メイが特異な人物であることをご存知な方もいらっしゃるかもしれません。彼を初めて知ったのは2001年8月、実際に会ったのは2002年3月です。今では世界七カ国でその製品を販売するシナジーカンパニーも、当時は米国・欧州のみで事業展開する企業でした。

自分たちのことを正直に紹介しているホームページが印象的で、ミッチェルの人間性も興味深く紹介されていました。いい原材料はいい人のところにあるものです。なぜならいい原材料を作るには手間がかかり、忍耐力を必要とするからです。誠実であって、決して刹那的に動かない。こういう人と一緒に仕事がしたいと思いました。しかし、アメリカまで出向いて「安全な商品を作りたい」と訴えたにも関わらず、私は手ぶらで追い返されてしまいました。同じ事はもう一度起こったのです。それでも懲りずに三回目の訪問をしたとき、ミッチェルは私を事務所から連れ出し、彼自身が自分の手で作った小さな自宅に連れて行きました。

彼は大切な仕事をするとき、きまってそこで仕事をしていたのです。彼はいいました。「世の中には、私をヒーラーや予言者と呼ぶ人もいる。でもね、ぼくはそうしたことには全く興味がないんだ。それは、『ぼく』にそうした力があるからじゃないからなんだ。ぼくは通路に過ぎない。」そして、続けます。「英輔、君もまさか、ぼくを見ているんじゃないだろうね?君が私を見ているうちは、君はお客様を見ていない。わかるだろ?それで、君は何をしたい?」と私に問いかけてきたのです。

「自分が一番大切にしている人に安心して使ってもらえるものを作りたいんです…」、全く咄嗟の発言でした。当時の自分が、本当にそう思っていたのかどうか、今でも疑問です。しかし、思わず口走ったことが人生を決定することがあります。自分の発言を一番よく聞いているのは、誰でもない自分だからです。そしてその時の言葉は今では確信になっています。

事務所に戻るとデスクに契約書が置かれていました。それは、私が大切な真実に気づいたらサインをしようと、前日からミッチェルが準備していたものでした。

最も大切なことに気づいた若松社長に対し、ついにミッチェルは契約書を差し出しました。しかしこれはゴールではなく、スタート地点。この先シナジーカンパニージャパンとして日本法人を設立するまでにも、若松社長の内面にはさらなる大きな変化がありました。

当時は資金も僅かで従業員もお客もゼロ。何故自分がピュアシナジーを販売できたのか、それは今でも良く分かりません。しかし、本社の会議に参加するうち、ピュアシナジーという城の住人はお客様で、自分は城の門番だと気づきました。お客様がいなければピュアシナジーを作る必要はないし作ることもできません。つまり、「シナジーカンパニー」という企業もは私やミッチェルに所属するのではなく、お客様から「委託」されたものなのです。

当初は、自分こそがこのすばらしい商品を日本に持ってきた人間だ!という自負もどこかにありました。今ならはっきり「そうではない」と言い切れます。以前は、自分がピュアシナジーを語るべきだと思っていましたが、実は自分が伝えるべきことは多くなく、大切な事はすでにお客様の中にあるのです。むしろ私はそれを聞き漏らさない事に注力するべきだと思うようになりました。ミッチェルから預かった52種類のハーブパウダーがいったい何なのかを教えてくれたのはお客様です。私は、その稀有な「存在」の管理人に過ぎません。

マンションでもおせっかいな管理人は嫌われます。日頃は朝夕の挨拶を交わす程度だけど、何かあれば頼れて安心。求められているのは親密な関係ではなく、深い信頼関係です。ミッチェルはちょうど、管理人組合の委員長といったところです。彼は最初からピュアシナジーを「自分のもの」だと思っていません。彼はそれを使ってくださるお客様がいなければ、自分は無用な人間であることを熟知しています。

あまりに大きな敬意のため、あるときまで、彼にむかって自分自身の考えを率直に発言することができないことがありました。躊躇していた頃は、むしろ彼に信頼されてはいなかったと今では思います。実は当初からシナジーカンパニージャパンの設立を望みましたが、あっさり断られました。それから2年、日本法人になったというのは「お前もまあまあの管理人だな。お前に任せておけばこのマンション長持ちしそうだな」とチャンスをもらえたということでしょう。

管理人は所有者ではありません。しかし、愛情において所有者に劣る事があってはいけません。それをいつまでも忘れずにいたいと思います。

米国本社で働く人々はみな、自分の仕事がどんな意味を持ち、誰に向かっているかをしっかり意識していてます。シナジーは人々の健康だけでなく組織の健康にも貢献するようです。 日本法人もまた、私たちが望む方向に進むのではなくお客様と向き合うことが重要。「どう呼び込むのかではなく、私たちがお客様の元に赴けるか」を深く考えるようになりました。
らくなちゅらる通信vol.12、13
『突撃隊長が行く!』より