私たちが本当に食すべき大地の恵み
幻の白いんげん「銀手亡(ぎんてぼう)」は、
大切にたいせつに育て上げられていました。
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無肥料で育ったとても貴重なお豆「銀手亡」 |
農業を通して自然との共生の意味を伝える秋場さん |
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帰りを待つ家族がなければ、おそらく京都にも戻らず北見に居着いてしまったでしょう(暴露!)。 でも、こんな感動の出会いが実現したのも弊社をご支持くださるみな様のおかげです。本当にありがとうございます!
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農薬不使用・無投入・無肥料26年 「自然農法 秋場農園(北海道北見市)」 3代目秋場和弥さん 北海道北見の大地で自然農法を始めて26年。私達は環境を守り、人の命と健康に資するという農家としての道義心の下、未来の子供達へ安全で美味しい物を提供する事が農業者の義務責任だと思っております。 一方で際限なき無限大。もう一方で現代科学にて未だ解明されない無限微の太陽を取り巻く様々なエネルギーの恩恵を受けて全生命の呼吸を許されているこの地球にあって、無から有を生み出せる生産の最前線にある農業者として、太陽(火)、空気(水)、土(土)の三大恩恵によって生産される作物が人々の健康を豊かに作り出し、その大地から発せられるエネルギーは地球環境の改善に、又人心のうるおいに寄与しうるのではいかという事を事実を以ってその型を示せるよう最善を尽す日々です。 2004.5.31 秋場さんより銀手亡の種まき完了のご報告をいただきました。こちらで全文ご紹介! |
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| 無肥料って何? 肥料をやらないで作物が出来るの・・?今もってある意味「変な奴」とか「うそだ」とか言われます。肥料をやると硝酸による、植物汚染、土壌汚染、地下水汚染、中国からの輸入肥料、残留抗生物質遺伝子組み換えなどなど、あらゆる意味で自然に適応していないことがわかります。そして汚染のない頂点が無肥料栽培です。 食べると、有機質を使ったような濃縮な味は出ませんが、純粋で、すーっと口から喉へ繋がってすっきりとして、体に同化していくような味わいが特徴です。 現在無肥料栽培を行っている方は全国で100人もおりません。今から20年以上前、今の有機栽培、自然食がマイナーだったころ「気違い」だとか「村八分」になったりとか、大変なご苦労の上で現在日の目を見ておりますが、今、無肥料というと、その20年前と同じ状況です。これからまもなく、有機の時代が終わり、無肥料、無投入の時代が来ると確信しています! |
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幻の白豆、銀手亡は北見にありました! |
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生産者は北海道北見の秋場農園秋場和弥さん。無投入・無肥料栽培の農家です。
昭和20年代から厳格に50年近く3代にわたりこの農法を続けており、今の秋場和弥さんは26年目です。24町歩の広大な面積にジャガイモ、ニンジンを主に栽培されています。 そして、平成12年から、どんな「痩せ地」でも栽培が可能で、土壌を豊かにしてくれる白いんげん「銀手亡」を知り栽培を始めました。 もちろん、農薬不使用・外部投入ゼロの無投入・無肥料栽培の、自然の威力を十二分に発揮する究極の自然農法による栽培です。 放任農法でない、手間と愛情をたっぷりと必要とする農法で育て上げられた、幻の白豆「銀手亡」は秋場親子3代の結晶の一品なのです!! ■ 銀手亡の特徴 銀手亡の特徴は、他の白いんげんにない「白銀」の世界を思わせる白さと調理のしやすさ。一晩つければ30分で煮え、煮こぼしも不要です。 煮ている時からとても香りがよく、甘みがあって、いやみが無く、無投入栽培の特徴で後味もすっきりしています。調理では、煮豆、餡、コロッケ、イタリア料理、サラダなど多岐に使用でき、和菓子の餡、パンの餡などでも最適です。 そして、知る限りでは銀手亡は世界中で秋場農園のみの生産という、とても貴重なものでもあります。 そのくせのない甘さから、高級和菓子店などで餡の原料として使用されています。 ■ 銀手亡の由来が明らかに!! 銀手亡は昭和46年十勝農業試験場で原種同士を掛け合わせ出来た品種です。 その十勝農業試験場に銀手亡の由来をご説明いただきました。 1. 「手亡」の名称の由来 大正時代の書物には、既に「手亡」の名称が使われており、はっきりした由来はよくわかりませんが、以下のように考えられています。 インゲンマメが北海道で栽培され始めた頃は、支柱が必要なつる性の品種もいろいろあったと考えられます。この中から、当初「新白」とも呼ばれていた「手亡」類は、半つる性で、支柱にする手竹(手)が不要であったことから、この名が付いたのではないかと思われます。 また、戦前は、粒の大きさによって大、中、小の3種類の銘柄がありましたが、「中手亡」、「小手亡」は戦後自然に淘汰されて、現在は「大手亡」銘柄のみが残っています。 2. 銀手亡の名前の由来 命名した際の資料が既に無いので、これもはっきりしませんが、おそらく従来の手亡類に比べ色が白くて見栄えが良いので「銀手亡」という名にしたのだと思います。(一面の雪を白銀とか銀世界というように。) 3. 銀手亡が誕生するまで 銀手亡は、大手亡と大手亡の掛け合わせで出来きました。 北海道のインゲンマメのほとんどは、明治時代に北海道で栽培可能な作物として、馬鈴薯などとともに、主にアメリカから導入されたものが広まったと考えられています。 このとき、品種の選定や栽培を主導したのが、当時の北海道庁や北海道大学です。 インゲンマメは、子実の色や斑紋の有無、斑紋の種類、つるあり、つるなしなど、植物としてのバリエーションが豊富なので、実に様々な種類が栽培され始めたことでしょう。 また、熱心な農家は、異なった品種同士を自分で交配して、優れた品種を生み出した方もいます。 そのうち、加工業者や流通業者の意向を反映して、「手亡」、「金時」、「中長鶉」、「大福」などの流通銘柄ができたのだと思います。 農家の栽培するインゲンマメも、各々の銘柄の規格に沿う種類へと次第に収斂していきました。 「大手亡」銘柄もその内の一つです。 ただし、昔は品種という概念がほとんど無かったので、「大手亡」銘柄で売れるインゲンマメはいずれも「大手亡」という名前で栽培されていました。ですから、当時北海道の各地で栽培されていた「大手亡」は、名前は一緒でも、粒の大きさや、粒揃い、収穫時期などが異なる品種が多数ありました。 そこで、十勝農業試験場では、北海道内各地から、在来種を集めて品種選定を行い、その中から、昭和2年に「大手亡」という名前を付けた品種を出して、栽培を促進しました。 一方、「銀手亡」は、昭和46年に十勝農業試験場が出した品種です。 先述の通り、両親はどちらも「大手亡」という名前ですが、片方は網走の農家が栽培していた在来の「大手亡」で、もう一方は十勝の清水町の農家が栽培していた在来種の「大手亡」です。 同じ名前ですが、粒の大きさや、収量性、収穫時期などが異なり、全く別の品種なのです。もちろん昭和2年に出した「大手亡」とも違います。 4. 一年経つと色がついてくる理由 総じてインゲンマメ類は、長期間放置すると、色があせたり、くすんだりします。 手亡のような白系のインゲンは、赤系や他の色のインゲンに比べて、むしろ変色しにくい方です。しかし、気になるようでしたら、日の当たる場所を避けて、冷蔵庫のような冷暗所に保存するのが良いでしょう。色もそうですが、品質も変化しにくいと思われます。 |
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無肥料栽培はまぎれもない究極の栽培法です! |
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■ 『自然農法』ってどんな農法? 農薬や化学肥料はもとより、有機質肥料さえもー切使用せずに作物を育てる無肥料(無施肥)栽培法のことです。 自然農法を行うには、自然をつぶさに観察し、植物たちと語り合い、たっぶりと愛情をかけて作物を育てなければなりません。自然に順応し、自然を師と仰ぎ、常に自然を尊重する‥そうした日々の積み重ねにより、研ぎ澄まされた感性を培った農家だけを、ほんとうの意味で自然農法家と呼ぶことができます。 無肥料栽培は、大自然(太陽・水・土)の偉大な力を最大限に取り入れ、畑の使命を全うさせようとするところから始ります。「肥料をやらなければ作物は出来ない」というのは、ひとつの固定観念であり、迷信ともいえます。あらゆる農法のなかで、究極の栽培法ともいえるのがこの無肥料栽培です。 ■ 地球環境と健康への貢献 化学肥料を使った慣行栽培に比べ、環境に優しいといわれてきた有機栽培ですが、そこには思わぬ落とし穴がありました。それは、使用する有機質肥料のほとんどが、遺伝子組換による穀物を工サとして与えられ、抗生物質やホルモン剤などを投与された家畜の糞であること。そして肥料の量が多すぎると言う事です。 結果として、地下水の汚染が進んでおり、さらに、過剰な肥料を消化しきれなかった農産物を食べると、体内でニトロソアミンという発がん性物質が発生することも解ってきています。そこで、肥料をいかに減らすかというのが有機栽培の課題となっています。 その問題をも乗り越えた栽培法が、無肥料栽培です。現在、環境と健康をめぐるさまざまな問題に対して、この『自然農法』への期待が高まっています。
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秋場さんご推薦!コシうまみがほどよくとても美味しい『須賀さんのうどん』 |
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プレマスタッフの突撃レポート! |
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