農家は継がないと決心して東京へ
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翌朝はホテルにて軽く朝食をとった後、秋場さんのお迎えを待つ。本日の予定は秋場さんと伊藤さんの圃場見学。午後2時前には北見のバスターミナルに戻らないといけない。まだまだお話を聞き足りないし、農場も見ていないので気ばかり焦っているところへ秋場さんがにこにこ顔で到着。「今日は真夏並に気温が上がるようですよ。」半袖のTシャツにしておいてよかった...。
とりあえずは伊藤さんのお宅に向かいましょうということになった。移動中も秋場さんのお話をたくさん聞ける。秋場さんのお話を聞くと、ココロがどんどん浄化されていくのと同時に、自分を含む人類が依然繰り返す過ちに胸が痛くなる。このあたりがとても複雑だ。
秋場さんは高校卒業と同時に東京の大学で経済学を学ぶために北海道を後にした。二度と戻らないつもりでの上京だったという。授業料を払うためにアルバイトに明け暮れたが、ふとそんな学生生活に疑問を持ち、2年がすぎたところで突然休学。アルバイトでためたお金を握り、飛び立った先はヨーロッパ。スイスの山奥での農作業のお手伝いを数ヶ月して得たお給料を資金にヨーロッパを鉄道でまわった。当時の旅先での経験が秋場さんの決心を変えたらしい。大学卒業後は家業の農園の経営を手伝うべく、大学で知り合った現在の奥様を連れて実家に戻ることにしたのだそうだ。
当時は、広大な秋場農園の一部で秋場家が自宅で消費する分だけに限定して試験的に取り入れていた無肥料無投入の自然農法。その農法に完全に切り替える決断をしたのは秋場和弥さん自身だった。農園の一部ならまだしも、広大な土地すべてにおいて自然農法を採用するとなると、おそらく並大抵の決断と苦労ではなかったろうと思う。それでも、「肥料はなくとも農作物は育つ」という事実を知っている秋場さんは、「未来の子供達へ安全で美味しいものを提供するのが農家の定め」だと自分自身や家族に言い聞かせ、みごと24ヘクタールの圃場すべてで完全無肥料栽培を実現するに至った。
「草を見るのもイヤだと思う時期がありましたよ。」毎日毎日続く除草作業に、心底雑草を恨んだこともあるという。そんな中、偶然にも隣町で同じ農法をしている伊藤さんの存在を知る。今からわずか3年前のことだ。伊藤さんは元々有機栽培をしていたが、秋場さんと知り合う2年前から無肥料栽培に切り替えていた。真面目に取り組むが故に肉体的・精神的に追い込まれていた秋場さんは、当時草をまったく抜かずにいる伊藤さんの農法に愕然とする。「秋場さんはアリさんで、僕はキリギリスさんですからね。」という伊藤さんだが、そんな伊藤さんの存在が、確実に秋場さんの心の支えとなっていった。そしてその頃から秋場さんもまた、農地に生える草を雑草と呼ばず役草と呼ぶようになった。
「とはいってもやはりなかなか直接あっていろいろな話をする暇はなくてね。今回の山下さんの訪問のおかげで伊藤さんともゆっくり話ができてよかった。」といってくださる秋場さん。種まきの時期で、間違いなく多忙だというのにも関わらず、こちらの都合で勝手に訪問予定を告げ、強引に承諾を得てしまったようで後ろめたさを感じていた私に、なにげないひと言をかけてくださる。実に心の優しい、素敵な方だ。そんな優しい秋場さんの愛情を浴びるように育った農作物は、それは立派に実りを迎えるに決まっている。
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にこにこ笑顔の秋場さんと。

広大な秋場農園(の、ほんの一部)

伊藤農園のかかし、伊藤さんそっくり。 |
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植物と共存する伊藤さんご夫妻
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伊藤さんのご自宅に到着。「ちょうどね、この辺りですよね。」と秋場さんが裸の土が見えているだけでなにも植えられていない一角を指さす。そういえば昨日、もうひとつ興味深いお話を聞いていた。なんでも、この土地を背にデジカメでお子さんの写真を撮られた際、なにも植えられていないはずの土地に花が咲いている写真が撮れたのだそうだ。その写真は伊藤さんのご自宅の居間に飾られていた。確かに背景はお花畑だ。さらにお話を聞くと、まさしくこの年の春から、無肥料栽培へ農法を切り替えられたのだという。写真を撮ったのは7月だから、伊藤さんの新しい試みを大地が喜んで受け入れてくれたとでも説明すればよいのだろうか...。
伊藤さんのご自宅の居間に、植木鉢の中に大きく育った2本のトマトの木があった。まだ実はなっていない。これもまた驚いたことに、その隣に置いてある植木鉢の土にある日突然芽を出したのだそうだ。勿論種をまいた覚えなどない。なにかの偶然に違いないと思っていたら、今度は同じ鉢にタマネギが生えてきたのだという。「蒔かない種が生えたんですよね〜。」と笑い話にされる伊藤さんと、「伊藤さんのお宅に来る楽しみのひとつなんですよ」とその生長を興味深く観察される秋場さん。本当に絶妙のコンビネーションだ。
で、トマトの木はというと大地に植えていないため根が育たず、心なしか弱々しい。しかし伊藤さんが室内に置いているのには訳があるのだろう。答えに検討がつくからあえて聞かなかったが、察するにこのトマトの木がこの場所を選んだのに違いない。
現代の科学では認められていないが、エネルギーの大きな大地では、元素転換はしょっちゅう行われていると伊藤さんは説明する。「蒔かない種が生えた」ことは確かにめずらしいのであるが、品種が突然変わったなどと言うことはしょっちゅう体験されているらしい。通常元素転換は高圧高温でしかできないと言われているのだが、結局今の社会の中で常識だと思われていることはすべて、必ずしも事実であるとはは限らないのだ。
「うちのかみさんは、時々植物と同調して気持ちが乗り移ってしまうんです。」と伊藤さんは奥様を見る。
人類も植物もみんな生きているものなのだから、無駄なものはひとつもないのだということを身をもって感じていらっしゃるのが伊藤さんの奥様、喜代美さん。土の中にいる微生物は、人の心の動きも敏感に掴み取るから、荒れた気持ちで農作業に出てもろくな事はない。愛と感謝の気持ちを持たなくては作物は育たない。それが、喜代美さんがこれまでの経験から理解したことだ。
喜代美さんは昨年体調を崩された。その後、畑のトマトがみるみる弱っていく。弱っていくトマトとは反対に喜代美さんは元気を取り戻していったのだそうだ。トマトが身代わりになってくれているのを感じたとおっしゃる喜代美さんもまた、植物の声を聞き、常に植物に敬意を払われている。「ありがとう、と感謝の気持ちをもって、いつも声をかけながら植物のお世話をすると、植物がそれに答えてくれて元気に育つのですよ。植物を育てるというよりは、育つお手伝いをしているのです。」とおっしゃる喜代美さん。他の畑で、農薬・肥料を浴びてハウス栽培されている植物たちはというと、もはや自分たちの力で生きているという自覚がない。人間によって生かされている植物は、当然ながらエネルギーなど持ち得ないから、人の心や体調の変化など知るよしもないのだ。
喜代美さんのお話を聞いているうちに、どんどん自分が小さく思えてくる。「自然は本当に偉大なんですね。私は本当になんにもわかってないです。」私の情けない言葉に、「そんな風に、自分を責める必要はないんですよ。」と優しくおっしゃる喜代美さん。思わず目頭が熱くなった。「こうでなくちゃいけない。という凝り固まった考えはよくないんです。最低限のところで、マイナスを取り除く努力をまずはしていくことから始めていけばよいんです。」と喜代美さんはいう。
伊藤さんご夫妻にしてみても、もともとは他の農業を営む人々と比べて、ほんのちょっとした意識の違いがあったにすぎない。しかし、そのちょっとした意識がきっかけで現在の農法にたどり着き、そしてその農法を通して、いまや植物や大地の気持ちがわかるまでになった。人類が自然界の力を享受できる体制は整いつつあるが、気がつかないでやり過ごしていることもあるだろうから、もしかするとまだまだ植物たちが求める状態のいくらにも到達していないのかもしれない。「それでも、かろうじてレールには乗っかったかな」とおっしゃる秋場さん、そして「ここ数年でこの違いですから、これから10年先だったらいったいどんなことになってるのか、自分自身でも楽しみで仕方ないですね。」と言われる伊藤さんの笑顔が、とてもまぶしく見えた。
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伊藤さんと、奥様の喜代美さん。

トマトとタマネギが芽を出した鉢。

伊藤さんお手製の郵便ポスト。 |
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汚染のすすむ北の大地
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伊藤さんのお宅でまたまたいろいろと興味深いお話を伺った後、圃場に向かう。途中は右も左も果てしなく広がる農場だ。私のように都会(と秋場さんに言われて照れた滋賀県民山下)から来た者にしてみれば、一見するとただただ雄大で、工場なども見あたらないし、こんな広々とした大地で採れる農作物はどれもさぞかし美味しくて体によいものだろうと信じて疑わないのだが、実際はというと、過剰施肥などによる地下水汚染が進み、この辺りの地下水は、飲用として許可されていないという。その汚染の進み具合は尋常ではなく、井戸水よりも塩素処理された水道水の方が安全だという現実を、「水飲み百姓どころか、もはや水も飲めない百姓状態だね」と秋場さん達は嘆く。すでに子孫に残せない土地になっているというのに、それでも農家は現実から目をそらす。それがどうしようもない現実なのだ。
この一見限りなく美しいと思える北海道の大地が、そんなふうに汚染されているとは...。中国産の農薬問題が取り沙汰された直後、やたら国内産がもてはやされるようになったが、一体消費者は、なにを持って国内産の安全性を信じるのか。国内産であればだいじょうぶという安直な考えの根拠など、どこにも存在しないのだ。
蛇は、有精卵か無精卵かを遠くからでも見分ける。生命力のあるものはある種のオーラを発しているのだ。オーラが見える蛇は、当然有精卵に飛びつく。ところが不幸なことに、私たちの多くは(私も含めて)、オーラは見えない。見て判断ができないのだから、正しい知識を持って、正しい情報を頼りに正しい選択をしていかなくてはならないのだ。
夏になると、近隣の水田などでまかれている除草剤などのニオイが辺りに漂う。気化した物質はどんどん上昇し、大気をも確実に汚染する。
「すごくよい環境で、いいですね〜。」という言葉がつい出そうになる景色なのだが、実はそうではない。なんとも複雑な気持ちで車中から外の景色をながめた。
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伊藤さんのお宅でお昼をご馳走になる。食卓に上がる食べ物はすべて大地のエネルギーに満ち溢れている。 |
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大地のエネルギー溢れる秋場農園・伊藤農園
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秋場さんと、伊藤さんそれぞれの圃場を拝見。いずれもとにかく広い。まさかこの広い農地で除草剤なしに作物を作っているとは...。「草を見るのもいやだった」時期があっても当然だと大いに納得してしまった。毎日作業に出るが、あまりの広さに3,4日足を運べない圃場も当然あるらしい。
種まきが終わってちょうど芽が出だした時期だったので、まだ青々とした畑はみることができなかったが、地面から顔を出した芽はどれも、小さいながらもとても力強くたくましく思えた。
秋場さんの圃場に着いたとき、ちょうど奥様と息子さんが作業中だった。種まきのあと降った雨で土が固くなり地中の芽が顔を出せずにいるらしく、手作業で一ヶ所ずつ丁寧に土を掘りおこしていた。この辺りの土は粘土を多く含み、雨が降ると固まりやすいのだそうで、心配になって見に来てみたらやはり芽が出ていなかったらしい。今日やってしまわないと全部だめになる。会話には険しいものはなかったが、内容的にはどうやら大変な状況だったように思えた。(本当にお忙しい時期にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした!)
秋場さん達は自分の畑で育った作物から種を取り、冬の間に春の種まきの準備をする。自家採種・無肥料だから、自分の畑には外部から一切のものを持ち込まれない。それでも形状が規格外だと、それだけで流通からはじかれてしまう秋場農園・伊藤農園の野菜達。その傍らで北海道の特産物だと言われているジャガイモやタマネギ、ビートなどは農薬や化学肥料を大量に浴びて化け物のようになって全国に運ばれていくのだ。
経済的な安定を最優先している農家が自発的に改革の道を歩むことはまずあり得ない現状、かくなる上は、実際に農作物を口にする、また口にする農作物を選ぶ権利を持っている消費者がこれらの事実と向き合い、正しい選択をしていただくしか道はない。「急がばまわれ」というのが正しい表現なのかわからないが、直接農家に理解を求めるよりも、消費者が生産者を選ぶようになれば、各農家も目を覚まさざるを得ない日がいつかやってくるだろう。生産者任せでなく、消費者が自然との調和の意味をしっかりと理解していくことで、万物の霊長としての威厳をなんとしても取り戻さなくてはいけない。さもなくば、人類はこの先どこまでも落ちこぼれていくしかないのだから。
「私たちのように、ギリギリでも(自然農法を)やっている農民が全国にわずかでもいれば、自然界の中に存在する、健康で安全で美味しい作物を作るエネルギーをきっと検証してもらえるでしょう。その指標農場として、貧乏でもやっていきなさいという天職使命なのかなという思いでいます。」という秋場さん。カッコウが鳴いたら種をまいてもよいというらしいが、今年はカッコウが鳴くのを待たずして種まきをした。そして種まきをした翌日にカッコウは鳴いたのだという。自然の声と大地のエネルギーを体で感じ取る秋場さん、伊藤さんは、本来の農業をただ実践するだけでなく、その先にあるものを見つめ、地球環境の浄化、そして人々の心の浄化を常に追求し続ける。
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雨の後土が固まって芽が出てこない。

自家採種による種芋。

伊藤さんのご自宅の前にて。 |