墨のお話
墨の歴史

墨は中国で生まれました。
漢時代の古墳からは、墨書きされた木簡・竹簡が多数発見されており、さらい文献「東宮故事」には、墨について記述が見え、墨の紀元が相当古い事が伺えます。
日本では「日本書紀」に始めて中国の墨について記された部分があり、奈良時代に国産の墨が製造されたことを「大宝律令」が伝えています。
奈良時代に造られた墨は松煙墨で、その後鎌倉時代に南部油煙墨、いわゆる奈良墨の製造が始まりました。
江戸時代に入り各地で製造されるようになりましたが、実績のある奈良に優秀な職人が集まった為、奈良の伝統産業として受け継がれ、今日に至っています。

墨の成長

墨は古いほど良いとされています。確かに墨は古くなるほど良くなります。
人の成長と同じように、幼年、少年、青年、壮年、老年期と成長し、変化して行きます。
この成長過程も墨の大小、厚み、保管場所によって違いが生まれます。
保管の仕方によっては、成長が止まってしまうこともあります。

墨の保存方法

墨は日々の気候条件により絶えず変化しています。墨は生きているのです。
湿気の多い日は水分を取り入れ、乾燥し晴れた日には水分を放出し、自然環境に順応して墨は生き続け成長しています。
しかし温度、湿度の急激な変化のある所、直射日光、湿気の多い所、冷暖房機前等は好みません。
四季の影響の少ない所、例えば土蔵のような所が良いのですが、すべての家庭に有るとは限りません。
従って、よく似た所は、引き出しの中、箪笥の中で直射日光、湿気の少ない所が良い出しょう。

油煙墨と松煙墨の違い

油煙墨と松煙墨はともに材料の”すす”は植物性の炭素ですが、その”すす”の生い立ちは油煙の方は油(主に菜種油)を、松煙の方は松の木片を燃焼させて採取しますので墨の質もおのずから異なります。
従来和墨では油煙墨が最高で松煙墨はその次であるという事がいつの頃からか定説になっていました。
これはおそらく昔は油煙の方が高く、松煙の方が安かったので、高い油煙で造った墨の方が良いとされたものだと思います。
実際書作上から見て墨色を考えると、むしろ松煙墨の方が重厚さがあり、年代がふるくなるにつれて墨色も変化し、濃淡潤乾による墨色の変化もあって、かえって油煙墨よりおもしろいのではないかと思います。

墨の出来るまで

墨造りは、膠と松煙、油煙などの煤煙を練り合わせ、香料を加え、型に入れて成型し、乾燥させる工程を経ます。
墨は生き物です。良墨は毎日毎日成長し、長い年月のうちに熟成を遂げます。
厳しい原材料選びと、これらの工程でひとつひとつ丹念な仕上げを受けた墨だけが良墨の資格を得、使うごとに滑らかなのびと、墨色に深みを増すといえます。

膠(ニカワ)

これは獣類、魚類などといろいろな動物のコラーゲンという物質を含んでいる骨、健、結合組織、うろこ、浮袋などの部分から取り出されたゼラチンを主成分とするタンパク質の類です。
ニカワはススと練る事によりスス粒子、粒子群の間に入って良く知られているその接着性によってこれらをくっつけ合わせ、墨としてあの形を作らせる役目があります。
次に、その形を作ったものを乾燥させると、ニカワ液の中の水分はほとんどすべて取り除かれもとの乾いた状態に近いニカワガ残ることになります。
この状態になったニカワはススを良く接着して普通に見られるあの硬い墨の形を保たせる役目があります。

墨液

昔から墨汁という製品がありました。
膠を原料に多量の塩分を使って造られていましたので洋紙には向くのですが、和紙には向かず乾燥も遅い表具も出来ないものでした。
この欠点を改良し、塩分を一切使用しない、乾燥の速い表具の出来る液体墨として開発したのが「墨液」です。
「墨液」とは、合成糊剤を原料とし固型墨と同等以上の表具性を備えた、一切塩分を使用しない液体墨です。
合成糊剤を原料とした液体墨は、加水分解されにくいので5年以上の寿命があります。

淡墨は必ず濃墨から

淡墨の作り方は色々あり、先生方それぞれのノウハウになっているようです。良く洗った硯で墨を濃く練り、これを薄めて淡墨にした方が墨の分散も良く墨色も優れているようです。
薄める時の注意点は少しずつ水を加え、良く混ぜてからさらに水を加えるという手順が大切です。

漢字用と仮名用の墨の違い

一般的に仮名用(細字)・写経用は伸びが良い墨が好まれます。そのため仮名用は、粒子の細かい植物性油煙を原料します。
粒子が細かく成ればなる程煤の表面積が大きくなり、それだけ膠の必要量も多くなりますので、流れは良くなりますが黒味は弱くなります。
漢字用は黒味を大切にししますので、一般的には仮名用ほど細かい煤は使いません。
現在の墨造りは、仮名用も漢字用も良く分散するように出来ています。
仮名用の硯は小型の物が多いので墨の使い勝手の良いように小型の物を造ります。
作品造りの上で黒味を強く出したい時には漢字用で、黒味を抑えて品良く表現したい時には仮名用を使うと良いと思います。

新墨と古墨

製造後間もない墨は、水分の含有量が多く次のような特徴があります。
粘度が強く、のび悪く、墨色も生生しい感じで芯とニジミの区別も判然としません。
墨が緻密に造られれば造られるほど、完全に乾燥するまで時間がかかります。
こうして古くなった墨は次のような特徴があります。
墨色に厚みが出る。伸びが良い。芯とニジミの調和が美しい。
枯淡で上品な深みの有る墨色になる。
濃淡潤渇、筆致(筆圧の強弱、運筆の緩急)により墨色の変化が出来る。
どのような墨でも古くなれば古墨になりますが、上記の特徴を持つ本当の意味での古墨に成るとは限りません。
墨としての条件を備えさせ、良い保存状態の下で長年保存された墨のみが本当の意味での古墨になると思います。