| アッピ |
「サングレゴリオさんのワインはイタリアの主要な空港の免税店にほとんど入っていて、営業力が強いんですね。いつも感心しています」 |
| ロビン |
「(笑いながら)ありがとうございます。国内での販売量は全体の7割と実に多いんです。世界的に名の通っているワイナリーでは珍しいことで、アンティノリなどは、半分が国内、半分は輸出と聞いています。国内の営業マンががんばっていますからね。私達はイタリアのキャンティやバローロなどに比べるとまだまだ弱いエリアなので、力をつけていかないとイタリアで売るのは難しいと思っています。」 |
| アッピ |
「ドゥブルについて聞きたいのですが、どうして、セロスさんと一緒にワインを造るということになったのでしょうか?経緯が知りたいのですが。」 |
| ロビン |
「もともとは、トスカーナのサングレゴリオの代理店がジャックセロスをイタリアに輸入していたんです。前経営者のエンツォは以前から土着品種でスプマンテを造りたいと言っていて、セロスをカンパーニャに招待した。カンパーニャに来たセロスが畑や施設を見て、テロワールのポテンシャルを感じ取ったんです。それが2003年のこと。
フェウディのスプマンテはイルピニア地方の再興を目指す。このことはワイナリーの気持ちの表れなんです。この地方は1980年に大規模な地震があり、人口は流出して、産業は荒廃していた。それをみていたエンツォは、なんとかイルピニアを立て直したいと思っていた。それが、そもそも、ワイナリーを立ち上げるきっかけとなりました。イルピニアの町を世界に知らしめようという想いです。セロスがドゥブルの話に乗ったのは、誰かの紹介などの人的なつながりなどではなく、畑を見て、素直にやりたいと思った。そういうことです。」 |
| アッピ |
「テロワールに惚れた。ということですよね。そのテロワールというものはいったい、セロスにとってどういうことなんですか?」 |
| ロビン |
「セロスは言っています『テロワールとは人である』と」 |
| アッピ |
「つまり、『テロワールとはエンツォさん?』」
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| ロビン |
「サングレゴリオにとって、『ワインを造るということはイルピニアといエリアを再興していくということ』なんです。だから、サングレゴリオは大学生を職場に受け入れたり、ワイナリーでイベントを開いたり、近くの家庭的に恵まれない子供たちを20人ほど受け入れてワイナリーの中で生活させたりしています。
セロスは『サングレゴリオを取り巻くプロジェクトに共感した』のです。セロスは世界を飛び回るワインメーカーではありません。世界的にも注目を浴びているが、すべて彼は断っている。サングレゴリオが唯一彼がコンサルタントを引き受けているワイナリーなんです。」 |
| アッピ |
「それにしても、地域のためにと言って、それだけの投資をしたりすごいことです。サングレゴリオさんは資金的にも豊富な中でそのような活動をされているのでしょうか?」 |
| ロビン |
「サングレゴリオは銀行の与信がとても高いんです。州や国からたくさんの融資を受けています。1980年のイルピニアの地震のあと、国から大きな援助を受けています。」 |
| アッピ |
「州や国もサングレゴリオの地域活動を理解して応援してくれているというわけですね。それにして、アンセルム・セロスさんがいて、コタレッラさんがいて、サングレゴリオ自身の経営者、そして、醸造家もいて。そのコーディネートはどのように行われたのでしょうか?」 |
| ロビン |
「まず、セロスがワイン像を50ページの紙に書き上げました。彼の哲学、フランスでのワイン造り、カンパーニャでのワイン造りについてまとめたんです。そして、コタレッラとサングレゴリオが集まり、1つの指針を作った。1年かけてそこをすり合わせたんです。主体はサングレゴリオにあり、実際に決め行っています。セロスもコタレッラもコンサルタントというスタンスでアドバイス与えてくれている。そして、初年度ファランギーナを18000本、グレコを20000本、アリアーニコを12000本トータル本数で50000本を作りました」 |
| アッピ |
「初年度からすごい本数ですね」 |
| ロビン |
「ジャックセロスの全生産本数も約50000本ですから、多いといえば多いのかもしれませんが、サングレゴリオから見ると少ないですよ。まだ、イタリア、日本、ドイツ、スイスの4カ国にしか案内できていない。アメリカにも紹介できないような状況です。取引先は全部で34カ国もありますからね。もっと紹介したいと思っています。」 |
| アッピ |
「私も大好きな白で、クティッツィやピエトラカルダについて教えて欲しいんですが」
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| ロビン |
「クティッツィはアヴェリーノの方言で「栽培できない」の意味。なぜかというと火山灰質土壌の特徴押して各層の密度が違い、また、クティッツィは急な斜面にあるために、土が滑り落ちてしまうので、耕すことができないということになったわけです。クティッツィの畑は一番標高の高いところにある畑で全部で25ヘクタール。年間18000本を生産しています。
クティッツィはグレコ種から造られるわけですが、密植率が高い方がふくよかなブドウができるんです。私達は畑に最も投資していますが、利益が還元されるのはずっとずっと先です。それから、このクティッツィの標高の高さ(700m)に加えて、水はけがよく、枯れた土という点はブルゴーニュとよく似た条件になっています。この畑は全イタリアのDOCの中で最高に高い畑なんです」 |
| アッピ |
「ということは、収穫なんかも遅い?」 |
| ロビン |
「年によっても違いますが、2007年のグレコの収穫はネッビオーロよりも遅かったんです。イルピニアがイタリアでもっとも収穫時期の遅いエリアです。アリアーニコの収穫なんて雪の中ですることもあるんですよ。ドゥブルのグレコもこのクティッツィと同じ畑のエリアものです。ちょっとクティッツィの下あたりの畑です。ドゥブルで酸を少し表現したかったので、クティッツィよりもドゥブルの収穫がちょっと早いんです。」 |
| アッピ |
「ピエトラカルダはどうでしょう?」
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| ロビン |
「ピエトラカルダは『熱い石』という意味で、フィアノ種から造られるワインですが、フィアノディアヴェリーノの土壌は粘土質だけれども、砂利を多く含み排水性が高い土壌で、ピエトラカルダの畑は南向き斜面にあります。土の中の砂利が熱せられて土が温かいというわけです。標高は450m。
ピエトラカルダの周りには、栗やヘーゼルナッツの木が植えてあり、ワインに、ヘーゼルナッツのニュアンスがあると良く言われています。このワインは若いときは桃のようなニュアンスがあり、熟成してくるとヘーゼルナッツのニュアンスが出てきます。また、熱いエリアなので、トロピカルな感じもあります。フィアーノディアヴェッリーノの畑は30ヘクタールほどありますが、このピエトラカルダは2ヘクタールの畑で栽培されています。」 |
| アッピ |
「ロビンさんはクティッツィとピエトラカルダどっちが好きですか?」 |
| ロビン |
「う〜〜ん。比べることは出来ないほどどっちも好きなんだけど、どっちかといえば、ちょっと、クティッツィのほうが多く好きかな?でも、品種的にはピエトラカルダの方が好きで。フィアーノを熟成させると複雑さが出てきて、とても面白い品種なんです。」 |
| アッピ |
「うんうん。確かに熟成すると、変わる変わる。どのくらい熟成できるんでしょうか?ね。」 |
| ロビン |
「自分的には4〜5年と思っているんですが、10年もつとも言われています。本当に複雑な味わいになります。僕としてはフィアーノはもっと熟成させた方が面白いと思っていて、コレこそイタリア人のワインのコンセプトを変えていかないといけないと思っています。クティッツィ、ピエトラカルダ、カンパナーロはそういう考えを覆すポテンシャルのあるワインで、きちんと熟成し、うまいといわせることのできるワインです。」 |
| アッピ |
「最後に、ちょっと個人的な質問をしてもいいですか?ロビンさんは生まれも育ちもアメリカ人じゃないですか?なぜ、サングレゴリオに辿り着いたんですか?」 |
| ロビン |
「大学がリスボンだったんです。経営学を勉強したんですが、ポルトガルのトリガナショナルという土着品種がそれはおいしくて。僕の故郷はナパなんですが、ナパで栽培されているぶどうはほとんど国際品種じゃないですか。僕はポルトガルで、土着品種に目覚めたんです。『これからは土着品種だ〜』と。そういわけで、土着品種を極めていったらサングレゴリオに辿り着いた。門をたたいたんです。畑仕事でもなんでもするから雇ってくれと。そしたら、最初の年が無給でもいいんなら使ってやるといわれて。最初は畑に出ていて、だんだんに、醸造を手伝ったり。今ではエキスポートマネージャーになりました。」 |
| アッピ |
「でも、ロビンさん、アメリカとイタリアは本当に違うよね。カルチャーショックはなかったの?」 |
| ロビン |
「今ではアメリカに行くとカルチャーショックを受けるくらいで。本当は経営とかに興味があったんだけど、ハツカネズミみたいに、競争して働いている生活や、物質主義的なアメリカはちょっとどうかなと思ってね。イタリアでは全然違う生活だから、ある意味人間らしくくらしているよ。でも、僕も本来はアメリカ人だから、東京はもちろん大好きだし、イタリアに24時間営業のお店はないから、夜に食べに行くこともできなくて、愕然とすることもあるよ。今でもイタリアで慣れないのはそれだけだよ。24時間営業の店がない!」 |