ContentsTOPベテラン職人の素顔石川 浩司
 


工房の作業台で、まるでお医者さんのようにランドセルの診断をする職人がいる。工房の職人は、少しでも丈夫に元気に使って貰えるようにと想いを込めてランドセルを作る。それでも6年間ほぼ毎日、雨や風や校庭の砂埃に負けずに登校するランドセルだからこそ、時には治療が必要となってしまうこともあるのだ。

石川 浩司(70歳)。54年の経験を持つ工房一のベテラン職人だ。実に半世紀の月日を職人として生きてきた。現在、そのベテラン職人石川さんは、ランドセルの治療を一手に引き受けるランドセルのお医者さんだ。ランドセル一つ一つをゆっくりと眺め、傷んだ箇所を確認し治療を始める。

「ランドセルの壊れ方は本当にいろいろだよ。でも、元気な子なんだなぁとか転んじゃったのかなぁとか、使っている子供たちのことを考えながら直すと、とっても優しい気持ちになれるんだよ」
そう言って小さく微笑む石川さんは、最後に処方せんを出すようにランドセルに保湿クリームを塗りランドセルの細かい部分までピカピカに磨いて送りだす。


今から54年前の暖かいある春の日、16歳の石川さんは東京の荒川区の工房で住み込み修行を始めた。中学校の卒業式からわずかに3日後のことだったそうだ。「小さい頃から手先が器用でね。履いているズボンに穴が開いていると、おふくろが直してくれるんだけど、その縫い方が汚いからって自分でやり直ししていたんだ。だから家族みんなに、おまえは縫製関係の仕事が向いているっていわれてね。それで工房へ弟子入りすることになったんだよ」

石川さんが弟子入りした工房は、当時のキャノンやリコーなどのカメラケースを専門に作っている工房で、同じようなデッチが20名もいたそうだ。その工房で3年の修行を積んだ石川さんは、その後さまざまな工房で職人としての腕を磨いていった。

「俺は、まるで流れ職人みたいだった。包丁一本で流れていく板前さんのようにね。革切り包丁一本ってわけにはいかないけど、点々としながら、ハンドバッグも小物も鞄も何でも作ってきたんだよ」

そう言うように石川さんは何でも作れる。ある程度は得意分野の分かれる職人の世界で、どんな種類でも作れる職人はそう多くはないだろう。また、20年近くに渡ってサンプル職人をしていた石川さんは、図面から型を起こし鞄を立体的に生み出すことが得意だ。このサンプル職人は誰もがなれる訳ではない。独自の感覚とたくさんの経験とオリジナルの工夫が必要となる。デザイナーが描いたイメージを現実の鞄として立体にしていく大切な仕事なのだ。

「デザイナーさんは形を想い描く人で、僕ら職人はそれを現実のものにする人。できる事とできない事は職人の側からアドバイスしてあげるべきなんだ。いろいろと提案をして一緒に一つの鞄を生み出していくんだよ」と石川さんは話してくれた。


その後、様々な工房で経験を磨き25歳で独立した石川さんは、洋裁の資格を持つ奥様に助けられながらたくさんの鞄を作ったそうだ。そして縁合って工房主宰の土屋と出会い、70歳の今もランドセル職人として頑張っている。

「振り返るとあっという間の時間だったけれども、俺には職人しかできなかったなぁ。この仕事で良かったと思うよ。ランドセルを修理した子ども達から届く可愛い手紙を読んでいると、本当にそう思う。ああいう手紙は嬉しいねぇ。ランドセル職人だからこそ味わえるあったかい気持ちだよねぇ」

工房にはランドセルを使ってくれている子どもたちや修理を受けた子どもたちからたくさんの手紙が届いている。かわいいイラストが入っていたり折り紙が折ってあったり読んでいるだけで心が温まる。職人にとってもスタッフにとってもこの手紙を読む時が一番幸せな時間になっている。

「おぉ、また元気に使ったなぁ。こりゃあ、修理に時間がかかるぞー」と微笑みながら、石川さんは今日もランドセルの治療に力を注いでいる。

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文/渋谷 志帆


 
それいけデッチ 繋がる職人の姿 副店長山添の革コーナー