ContentsTOP職人百景革鞄で一番難しい、「意外な」工程

「革で鞄をつくるときに大変なことかい?……そうだなあ、やっぱり『型入れ』と『裁断』じゃないかなあ」

革鞄をつくる難しさについて鞄工房土屋主宰・土屋國男にたずねたところ、こんな答えが返ってきたが、これは一般の方にはちょっと意外な答えかもしれない。普通、鞄づくりで思い浮かぶ難しさといえばミシン掛けだったり、手縫いだったり、金具の取り付けだったりするのではないだろうか。職人の仕事のイメージも、これらのシーンなしでは考えられないに違いない。だが、実際に熟練職人・土屋の口から出てきたのは「型入れ」と「裁断」というちょっと聞き慣れない2つの言葉。これらはいったい、どんな作業なのだろうか。

■「型入れ」とは?

「型入れ」とは、型紙を革の適切な場所に置き、型紙の輪郭をなぞって裁断の目安にするものだ(写真TOP)。これだけの説明ではなんだかすごく簡単な作業のようだが、この「革の適切な場所」の判断が実に困難を極める。なぜならば、革はイレギュラーな要素が非常に多く、ビニールやナイロンなどの化学素材に較べ実に不均質な素材だからだ。そしてこの「型入れ」から革の裁断へと続く作業の上手下手が、製品のクオリティに大きく影響するのだという。

■革の見極めが型入れのポイント

ではその型入れの工程の巧拙を決めるポイントはなんだろうか。「それは革の見極めが的確にできるかどうかだね」と土屋がおしえてくれた。型入れという作業は、要は革の中で各パーツに相応しい部分を的確に判断し、いかに効率よくパーツ取りをするかということだ。だからそれにはなんといっても、革の品質を見抜く目がなくてはいけない。

まず革という素材は同じ個体からとれた一頭分のものでも、身体のどの部位かによってきめの細かさや固さなどの性質が異なる。多くの場合、バッグに使うことができるのは肩から腰までの間の、背中から横腹くらいまでの範囲で、首やお尻、背骨の上やお腹の部分の革は使うことができない。これらの部分はきめが非常に粗かったり、しわやたるみが大きかったりするのだ。だからまず、一枚の革の中でどの部分が何のパーツに使えるのかを判断しなければいけないが、これには経験の長さがものをいう。


■革につきものの「付録」を考慮する


かといって、それ以外の革の部分がまんべんなく使えることは、まずない。なぜならば、その動物が元々持っていた天然の傷やしわ・たるみ、虫食いや血管の通った痕跡、染色のムラなどが、必ず、一枚の革の中でランダムに散らばりながら存在するからだ。これらのうち強度的・品質的な問題がなく、またあまり外観を損なわないものは革の特徴や個性として人気があるので上手く取り入れて使うことも多い。だが、裂けているなど明らかに実際上の問題があるものはどんなに些細なものでも除けなければいけないし、見た目が特別悪いものも当然つかわない。

■「型入れ」とセットになる「裁断」

こうして革を見極め、型紙を効率のよく配置し目印を革につけて初めて「型入れ」が完了する。「型入れ」が完了すればいよいよ「裁断」の工程に入る。裁断の工程には、革に型紙を置き、革包丁を使って手作業でパーツをひとつひとつ切りとっていく「裁ち」と、型紙をもとに製作された金型(抜き型)を革の上におき、それをプレス機で抜いていく方法とがある。通常は後者の方法で裁断が行われ、その際「型入れ」で目印をつけた部分に合わせて金型がセットされるので、「型入れ」の工程は非常に重要な作業だ。この「型入れ」から「裁断」までの一連の工程が、バッグの品質のかなりの部分を決めてしまうといっても、決して言い過ぎではない。

一方、手裁ちの方はオーダーメードなどの1品製作の際に行われることが多いが、こちらは個人的な技量が勝負である。革を型紙通り、正確に手作業で裁断するためには革包丁を的確な角度で革に入れることや革質によって臨機応変に変えることのできる力加減、集中力、そして包丁を研ぐ技術などが要求される。ちなみに、熟練職人が手裁ちをした革は、金型を使うよりも美しく抜かれる。

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■だから革の鞄づくりは難しい

不規則この上ない革という素材を一枚一枚吟味し、その微妙な違いを的確に判断して型紙の置き方を適宜変更するなど革の条件に合わせ臨機応変の対応ができるのは、やはり長年の経験で鍛え抜かれた鋭い感性の賜物だ。職人のように一枚一枚の革を見極め、それに応じて対応することは機械ではできない。それをやってのける存在、それが職人たちだ。彼らの指先ひとつひとつが高感度センサーであり、二つの目が分析装置である。彼らの頭の中にある灰色のハードディスクには膨大な量のデータが保存されていて、それが作業の間に絶え間なくアップデートされていく。革というとてつもなく変幻を帯びた素材から得られる数多のファジーな情報から、彼らは瞬時に、いや時折り黙考に沈みながら最も適切と思われる回答を導き出すのだ。

「この工程ばっかりは、機械じゃできないんだよ」そういって土屋國男は笑いながら、しかし確信に満ちた口調で最後に語った。「だからきっと100年後も、革のカバンは人間がつくっているだろうね」。