岡山県倉敷にある帆布工場岡山県倉敷にある帆布工場岡山県倉敷にある帆布工場

多くの身近なアイテムに使われていて親しみやすさのある、キャンバス(帆布)。現在国内の織物業はどんどん衰退し、海外での生産が主流となってきている。そんななか限定製品(※2015年7月に販売を終了しました)に使う良質な国産キャンバスを求め、岡山県倉敷にある創業80年を超える老舗の帆布工場へ。この工場では、独特の風合いを出すために旧式の力織機で生産を続けている。今回デザイナーが求めていたのは、しっかりとした質感ながらも柔らかさが楽しめるキャンバス。力織機で織ると希望に近い風合いが表現できると知り、この工場にたどり着いた。

織るのは機械だが、品質を保つ要はやはり職人の感覚や経験。感覚を研ぎ澄ませて、織機の音や湿度の違いから生まれる変化を察知する。こういう職人が質の高いものづくりを支えているのだと、あらためて実感した。

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キャンバスを織る糸は、原糸を複数本合わせ、それを機械で撚(よ)ってから使用する。撚り合わせの数は2~8本とさまざま。撚った本数によって、キャンバスの厚みに違いを出すことができる。糸を撚る機械の回転は、目にもとまらぬ速さ。うっかり手を触れると、けがをしてしまうとのこと。たくさん並ぶ機械からは弦楽器の高い音が何重にも重なり合っているような、不思議な音を発している。

岡山県倉敷にある帆布工場


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こちらは、力織機にセットするためにたくさんの糸をドラムに巻き取って整える「整経」という工程の様子。
「湿度が低かったら、糸のすべりが悪くなります。糸のハリ具合の変化は、天候によるところが大きいですね。“今日は違うな”とすぐわかりますよ」とのこと。日々同じ作業のなかにも変化がある。撚った糸は、こうした大がかりな機械とひとの手の感覚を伝って、徐々に織りの工程へと近づいていく。

岡山県倉敷にある帆布工場


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経糸を力織機にセットするために、3つの部品にそれぞれ1本ずつ糸を通す必要がある。この経通し(へとおし)と呼ばれる工程、本当に手作業でやるのかと目を疑うような根気のいる作業だ。織る品物によって、糸の通し方が違うという。キャリア20年の女性職人が、ひとりで黙々と行う。経通しを行う作業場ではラジオがかかっていたが、1本でも間違えるといけないから集中していて、作業中は聴こえないんですよ、と教えてくれた。

岡山県倉敷にある帆布工場
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約60台の力織機がいっせいに稼働する工場内は、ひとの声が通らないほど大きな音が響いている。緯(よこ)糸を通すためのシャトル(上写真の赤い上着の方が手にしている、長細い道具)が一定のリズムで左右に移動し、一段一段織られていく。織りのペースは、8時間で50~70m。緯糸に合わせて経糸が動くと、高いカシャカシャという音が響き渡る。そして織機の裏にまわると、また違った重音が。
力織機は各部品がむき出しで激しく動いており、勢いよく動く様子がダイレクトに目に飛び込んでくる。その動きがなんだか人間味のある動きというか、一段一段力を込めて織っているように見えた。

岡山県倉敷にある帆布工場


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これらすべての織機を見守りメンテナンスするのは、2名の保全係。1台1台の力織機と対話するように音を聞きながら、くまなくチェック。異音がすると、触って振動を確認する。
「音を聞いただけで変化がわかります。ねじをちょっと締め直すだけで、調子が戻って音が正常になるんですよ」
織機のメンテナンスは昔は5名で担当していたが、技術の伝承が難しく現在は2名となった。現在担当している方は、ともに勤続50年を超えるベテラン。これからを担う次世代の人材をどう育てていくか、大きな課題のひとつでもある。

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工場の片隅には、古びた機械が静かに佇む。廃業した日本各地の織物工場などから引き取ったものだという。力織機は昭和40年代にすでに廃番となっており、予備の部品を簡単には調達することができない。そのため現在稼働している織機が壊れてしまった際に、ここから部品を取り出して再利用する。一度はすでに役目を終えた機械たちだが、この工場では未来を担う大事な役割を担った塊でもある。
「これらはひとから見れば鉄くずだけど、我々にとっては鉄くずじゃない。大事な部品です。保全係は機械を熟知しているから、この機械をばらしてももう一度組み立てることができるんですよ」

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現在キャンバスを織るときに使われるのは、革新織機と呼ばれるハイテク織機が主流。昔ながらの旧式の力織機は生産効率がよくないため、いまではほとんど使われていない。古い機械のため、メンテナンスも必要なため手がかかる。それでもこの工場で力織機を使っているのは、力織機にしかだせない風合いを求めているから。織機の構造上、力織機は経糸の屈伸幅が革新織機よりも広いため、同じ密度の生地でも革新織機よりもふんわりとした独特の手触りに。そして、端(耳)まで美しく均一に織ることができるのだ。

古い技術と新しい技術、それぞれに良さがある。時代に合わない古いものの多くは次第に淘汰されていく。しかしそれでもそこに価値を感じて、ものづくりを続ける方たちがいることはとても心強い。こういった素材の選択肢があることで、ものづくりの幅がいっそう広がる。
良質の素材を生み出したい。その良さを生かして製品をデザインし、仕立てたい。ひとつの製品には、たくさんの「良いものをつくりたい」という想いが込められている。素材がつくられる現場でお話をうかがい、さらにそう感じることができた。



取材時期:2015年4月