職人の手仕事によって、革製品をつくる土屋鞄。分野は同じでなくとも、ものをつくることや製品に対する想いに対して共感することに、日々たくさん出会います。ものづくりにまつわる日本各地の出来事や、古くから伝わる日本の美意識、お話をうかがってみたいと心惹かれる方についてなど。今日のコラムでは、土屋鞄のスタッフが共感し、多くの方と共有したい話題についてお届けします。

今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。

温泉街を泳ぐ鯉のぼり。地元住民のさまざまな想い。


TUESDAY, 21 April 2015

毎年4月初旬から開催される、熊本県・杖立温泉の「鯉のぼり祭り」。今年で36回を迎え、全国各地で開催される鯉のぼり祭りの発祥の地といわれています。杖立温泉街を流れる杖立川を泳ぐ、約3,500匹の鯉のぼり。色とりどりの鯉のぼりが一斉に泳ぐ様子は、圧巻です。3月下旬に行われた準備の日に、現地を訪れました。

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朝8時過ぎ、気温2度。手がかじかむ寒さのなか、準備は始まりました。女性たちが鯉のぼりが付いたロープをほぐして、張る用意を進めています。川幅は場所によって違いますが、広いところで約50m。まずは両岸をつなぐロープの端に鯉のぼりが何匹も付いたロープをくくりつける。鯉のぼりを反対岸まで送るために、そのロープを引っ張って鯉のぼりをたぐり寄せます。これがかなり力のいる作業で、男性が担当。ときどき、たぐり寄せる途中で川の勢いにもっていかれて、鯉のぼりが川下へ流されてしまうことも。ロープを引っ張る際、両岸でタイミングをあわせる必要がありますが、川の流れで声が届きにくい。そこは、毎年の経験でうまく身振りで伝えたりしながらこなしていきます。

「あと一匹付けてー!」
川幅がまちまちのため、昨年と取り付ける位置が異なると、川幅に対して鯉のぼりの数が足りないところも出てきます。すかさず、女性陣が鯉のぼりを付け足す。「鯉のぼりを一匹追加」という言葉は普段の生活ではでてこないので、なんだか新鮮でおかしくもありました。

下から鯉のぼりを見上げてばかりいましたが、橋の上から眺めると、川や通路に鯉のぼりの影が。影がゆらめく様子は、黒い鯉が一緒に泳いでいるようにも見えました。

今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


準備を行っているのは、おもに杖立に住む住民。温泉街で商売をしている・いないに関わらず、参加しています。1軒につきひとりは参加する決まりとのこと。作業は集落ごとにわかれてそれぞれ決まった持ち場を担当するため、参加者が少ないと同じ集落の方にも影響がでてしまう。参加している方をみると、年齢層は全体的に高め。

「杖立は高齢化が進んで、若手がいないんですよ。学生の間はいるけれど、学校を卒業すると熊本市内にいく子も多い。それで帰ってこない。お年寄りの方は、この準備には出てこられないでしょ。だから作業するひとは、毎年減る一方なんです」

平成26年10月の調査では、杖立温泉のある熊本県小国町の高齢化率は37.5%。同時期の国の総人口における高齢化率は25.9%のため、かなり高いといえる状況。地元の方の心配は、今後もこのイベントの準備が住民の手によってできるか、ということに向いていました。この日の準備には、次世代を担うような年齢の方は数人。鯉のぼりをわたす作業は、簡単なようでいて積み重ねが必要な作業。できるひとが減っていくことに不安を感じるとのこと。いまは県内外から集まってくれるボランティアの方が、大きな力になっているそうです。
また、準備は温泉街に訪れるお客さんが少ない平日に行われるため、仕事を休んで参加する方もいます。地元の方にお話をうかがっていると、「たしかに負担ではあるけれどこの温泉にとって大事なイベントだし、毎年楽しみにしている県外の方もいるから」という気持ちが交錯しているように感じました。
「集落の連帯感がでるのは、もうこれだけになってしまったんよ」

今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。
今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


杖立で生まれ育ち、ずっとこの地で暮らす70歳を超える方が、昔の杖立温泉のことを話してくださいました。杖立温泉は昭和30年代には修学旅行生も多く、たいそうなにぎわいをみせていたそうです。
「そこの川辺に屋台がずらっと並んでいてね。宿泊客の下駄がずっとカランコロンとなっていた。ここらに住んどる子は小さいころはみんな川で泳いで、寒くなったら温泉風呂に入って遊んでいたんですよ」

現在の杖立温泉は、華やかな温泉街とはいえません。廃業して時間の止まった旅館やホテルがそのまま残り、どこか物悲しげでもあります。川沿いの通りから一歩奥へ進むと、「背戸屋(せどや)」と呼ばれる複雑に建物が絡み合う路地裏が。昭和を感じる姿がいまもなお残り、静かに広がります。活力あふれるたくさんの鯉のぼりと、時代とともに移り変わる街の様子が生み出す二面性。その何ともいえないバランスが、この地に来て肌で感じた「なんだか惹きつけられる」要因のひとつかもしれないと思いました。

いまも昔も、川を上るように泳ぐ鯉のぼりの清々しい姿は変わりません。今年も連休中に、たくさんのお客さんを楽しませてくれることでしょう。そして来年も変わらず、鯉のぼりが泳ぐことを願って。

今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


今日のコラム/温泉街を泳ぐ鯉のぼり。


もし平日に杖立温泉に行ったなら、ぜひ温泉街のなかにある杖立郵便局へ。杖立郵便局の風景印には、鯉のぼりが描かれています。杖立で感じたことをしたためて、ここから手紙を送ってみてはいかがでしょうか。風景印を押してもらいたい場合は、郵便局の窓口で風景印押印希望を伝えると、押していただけます(ポストに投函すると、通常の消印となります)。なお52円以上の切手が貼ってあれば、持ち帰り用のはがき等にも押してもらえます。

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鯉のぼり祭り

開催:2015年5月6日(水)まで (19時~22時頃までライトアップあり)
場所:熊本県阿蘇郡小国町 杖立温泉
連絡先: 杖立温泉観光協会 TEL 0947-48-0206



取材時期:2015年3月
掲載:2015年4月21日

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