今日のコラム/県立神奈川近代文学館

本を手に取る読者と著者をつなぐ、装幀。
作品の本質をとらえた、本づくりの信念を感じさせる装幀家の展覧会へ。


本の表紙デザインや本文がどう組まれているかということは、本を読み進めるにあたって、とても重要な役割を果たします。本をどう演出するのか。それをかたちにするのが、装幀家の仕事です。装幀に関して、いろんな制約があるなかで「ものをつくる」ことへの信念を感じ、ぐっときた展覧会に出会いました。単に「目立たせるためのデザイン」ではなく、その作品の本質を「本」というかたちでいかにして語るか。本を探す方に、「読みたい」という衝動をいかにして起こしてもらえるかを考える。今回は、そんなものづくりへのこだわりを感じる展覧会を、ご紹介します。

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現在、横浜市にある県立神奈川近代文学館で、装幀(本全体の体裁を整える作業)にまつわる展覧会が開催されています。展覧会の主役は、装幀家・菊地信義氏。会場には、菊地氏がこれまでに手がけた本のなかから50名の著者を厳選して、約300点の本を紹介。その50名の作家は、こちらです。いろんなジャンルの著者の本を手がけているのがわかります。

埴谷雄高/遠藤周作/吉本隆明/宮尾登美子/井上光晴/辻井 喬/粟津則雄/澁澤龍彦/津本 陽/加賀乙彦/入沢康夫/谷川俊太郎/後藤明生/大江健三郎/富岡多恵子/古井由吉/黒田杏子/吉増剛造/唐十郎/村松友視/柄谷行人/干刈あがた/椎名 誠/宮城谷昌光/村田喜代子/辻原 登/中野 翠/中上健次/北方謙三/立松和平/増田みず子/稲川方人/奥坂まや/平出 隆/リービ英雄/南木佳士/浅田次郎/安部龍太郎/伊藤比呂美/山田詠美/中沢けい/島田雅彦/俵 万智/古川日出男/柳 美里/田中慎也/蜂飼 耳/平野啓一郎/金原ひとみ/野口あやこ
(敬称略・県立神奈川近代文学館webサイトより引用)

今日のコラム/県立神奈川近代文学館


今日のコラム/県立神奈川近代文学館


菊地氏は、どのような方なのでしょうか。
菊地氏がこれまでに手がけた本は、およそ12,000点。1970年代前半に装幀家としてデビューして以来、いまもなお第一線で活躍する装幀家です。もしかしたら、皆さんの本棚にも菊地氏が装幀した本があるかもしれません。

5月31日(土)に開催されたオープニングイベント「装幀ライブ『ページ=本』の誕生」で、自身の装幀に対する考え方について、このように述べていました。
「本文の組をつくるときには、作品の解釈はいたしません。あくまでも詩の形、ことばの姿を徹底的に誰よりも見ます。つまり、どんな漢字が使われているのか、非常に簡単な字面の漢字なのか、画数の多い難しい漢字なのか。ひらがなとカタカナと漢字の混じり具合はどんな状態なのかを、徹底的に見ます。見抜くのは、持っていることばの姿です」
作品がもつ文字の表情、この作品はどんな色なのか、どんな材質感なのか、ということを考えるとのこと。このお話をうかがったあとに展示をみると、菊地氏の「ことばの解釈」の意味が、より直感的にわかりました。

今日のコラム/県立神奈川近代文学館


会場ではウィンドウでの展示のほかに、70冊近くの本を実際に手に取って閲覧できます。手元で本を開いたときにどういう印象を受けるのか、紙の質感がどう作用するのか。ぜひ体感していただきたいです。
また、今回展示されている著者がこれまで発表した本等のなかで、菊地氏や装幀について述べている文のパネル展示も興味深い内容でした。著者と菊地氏の関係性、菊地氏との仕事がどのような影響を与えたのかなど、さまざまなことを知ることができます。なかでも、中上健次氏が菊地氏に抱いた一言が印象的でした。

今日のコラム/県立神奈川近代文学館
今日のコラム/県立神奈川近代文学館


もちろん、つくり手の意図を知らなくても、本は楽しめます。自分なりの解釈を考えてみるのも、楽しみのひとつです。そして、どんな背景があってこのデザインやつくりになったかを知ると、また違った視点で本を楽しめるかもしれません。
多くの著者から信頼され、装幀家として長く活躍する方の頭のなかを、少しのぞけるような展示。こんなところまで考えているんだということが、垣間見えました。これから書店で本を手に取るとき、おもわず注目してしまうポイントが増えるかもしれません。紙の本ならではの魅力を再発見できる展覧会です。

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オープニングイベント後の会場入口にて。右が菊地信義氏。左は、詩人の稲川方人氏。おふたりとも、快く撮影に応じてくださいました。


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「装幀=菊地信義とある『著者50人の本』展」

場所:県立神奈川近代文学館
会期:2014年7月27日(日)まで
料金:一般400円、65歳以上・20歳未満及び学生200円、高校生100円、中学生以下は無料
(開館時間や休館日、団体料金等の詳細は、下記webサイトを参照)
http://www.kanabun.or.jp/



掲載:2014年6月27日

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