ふるさと女川



さぁ、女川と未来へ。篇

このCMに使用している楽曲『我は海の子』は2016年3月27日(女川町復幸祭2016翌日)に女川町内の音楽スタジオでレコーディングされました。
そして4月14日夜、熊本市内で樋口さんがこの曲の編集作業をしている最中にあの熊本地震が発生しました。

スタジオの機材も雪崩を起こして作業続行不可能となり、その時点でできていた素材を被災直後の状況でネット回線を何とか確保し送っていただいた素材でCMが完成しました。

樋口さんは水曜どうでしょうディレクター藤村さん嬉野さんとともに毎年のように女川町復幸祭にご出演していただいているご縁があります。
そのご縁があり楽曲のオファーをしたのですが、結果として東日本大震災と熊本地震を繋ぐものとなりました。

これから復興していく女川と熊本。2つを結ぶ弊社CMを、製作の経緯を知った上でご覧いただき、皆様に今一度災害というものを考えてみる機会となれば幸いです。

CMソング「われは海の子」を歌っていただいた樋口了一さんについて

樋口 長一 RYOUITI HIGUTHI

1993年「いまでも」でメジャーデビューしたシンガーソングライター。

人気バラエティ番組「水曜どうでしょう」のテーマソング「1/6の夢旅人2002」を歌い活躍する一方、様々なアーティストに楽曲を提供。

現在は2008年10月に発売された「手紙~親愛なる子供たちへ~」が話題となるロングヒット中。

樋口了一









ふるさとは生きている。篇

仙台広告協会と河北新報社など新聞、TV、ラジオ民放6社共催による第42回「仙台広告賞」が開催され、蒲鉾本舗高政『ふるさとは生きている。篇』が金賞に選ばれました。

※「仙台広告賞」は、宮城県内に本社や事業所がある企業、団体が企画・制作した広告のうち、昨年1年間に新聞、ラジオ、テレビで掲載、放送された作品の中から選ばれます。

第42回では、新聞部門58、ラジオ部門42、テレビ部門64、計164点の応募がありました。

CMソング「われは海の子」を歌っていただいた中川敬さんについて

中川敬 NAKAGAWA TAKASHI

ロック・バンド「ソウル・フラワー・ユニオン」のヴォーカル、ギター、三線。

前身バンド「ニューエスト・モデル」に始まり、並行活動中の「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」や「ソウル・フラワー・アコースティック・パルチザン」など、多岐にわたるバンドのフロント・マンとして、作品やライヴを通じて多くの人々を魅了している。
トラッド、ソウル、ジャズ、パンク、レゲエ、ラテン、民謡、チンドン、ロックンロールなど、あらゆる音楽を精力的に雑食・具現化する、これらのバンドの音楽性をまとめあげる才能をして、ソング・ライター、プロデューサーとしての評価も高い。

また、阪神淡路大震災の際、民謡や戦前流行歌などをレパートリーに、避難所、仮設住宅、復興住宅などで二百回を越える出前ライヴを行ない、このたびの東日本大震災においても、宮城、岩手、福島の各地の避難所などでライヴを敢行している。

女川町にも数多く足を運び、女川町総合体育館を会場に二度にわたって開催された「笹かま付き被災地出前ライヴ」は大盛況となった。
ソウルフラワー震災基金2011からは女川町の為にとケース付き新品ギターを20本、女川さいがいFMに中古車と生活支援物資を送り、音楽のみならず物資面でも多大な支援をしている。

2011年6月、初めてになるソロ名義作品『街道筋の着地しないブルース』をリリースした。

中川敬