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2月中旬、フィンランドはマイナス16℃。日本より9時間半とヨーロッパの街では一番近いこの街。機中より見下ろすとそこは一瞥してその寒さが伝わり、外へ出て絶句。(この渡航の少し前、知り合いのパティシエにマイナス20℃の冷凍庫へ入れていただいたが、コンプレッサーの音だけが耳に残り、寒いは寒いのだけれども、ここまで身にしみることは無かった。)近頃見かけなくなったスパイクタイヤで武装したタクシーにゆられ中心部へむかう。職人的芸当で雪道を操るドライバーの腕前にひたすら感嘆の道中。自動車ラリーで雪のステージにめっぽう強いのが北欧人であることは子供の頃から知ってはいたが、20数年後のこの日見事に腑に落ちたのであった。どうやら人々はこの気候での生活を経て、結果ラリーで速いという事のようだ。
この様に、早くも道中からブツブツと目に映る光景をあーでもない、こーでもないとやっていると、街中を縦横に走るトラム(路面電車)が雪の中から現れては消える。これがヘルシンキの街へ入ったことを意味するのだが、一国の首都としてはあまりに小さな町並みに、これまた驚くのである。
私達の宿となったのは中央駅にほど近いデザイナーズホテルで、その窓からは中央駅はおろか、中央郵便局、はては国会議事堂の屋根辺りまでは見渡せるといった具合だ。聞けば街のサイズは約2キロ四方。後はひたすら森と湖というから、人々が木を削ったり、布に絵を描いたり、ガラスや陶器をこねたりして生きてきたのが解る気がした。
予定している文章量からすると、完全にバランスを逸した長い前置きはこの辺として、この旅の目的は昨年大好評のうちに終了した「バードカフェ」のお礼と報告を兼ねたイッタラ詣でである。「楽しい鳥達を有り難う」「イッタラの食器ウチのカフェで愛用しています」の二言の為に、ベスト観光シーズンを大幅にハミ出し、凍てつくフィンランドまで行く事となったのだ。それだけ伝えるのならば、あらゆる手段が選べる今日。しかし、冷静に考えればフィン語も英文も超不得手につき、どちらにせよニヤニヤすることぐらいしか出来ないので、行くだけ行ってニヤニヤする。これが武士。サムライである。
本社・工場ともScope平山氏書き下ろしの正確かつスバラシイ出張記録と同じく、驚くばかりの手厚い歓迎と好待遇。重複するので大幅に割愛するとして、ここでは市内より北に位置するヌータヤルヴィ工場での出来事について少々。
バードを始め、数々のアートピース(ガラスの手作業製品)が造り出されるのがこの地ヌータヤルヴィ。隣接するのは冬季休業の博物館で、まずはここからご案内いただいた。複雑な国の成り立ちを踏まえ、この工場から送り出された数々のガラスに出迎えられる。処女作のバードもカルティオもここで出会える。
一同大いに盛り上がったところで核心の工場内へ、外とはうって変わって灼熱のガラス工房である。目に飛び込むのは、二つの3人編成のチームでのんびり造り出される「バード」。全世界に飛び立つバードが、この少人数でまかなわれていることを思うと、我が家の鳥達が何やら途方もない物に感じる。
おまけに作者オイヴァ・トイッカ氏にも出会うことが出来、目の前の出来事がDVDで観た状況と寸分の狂いもないことを思い知らされた。脚色ゼロは私が保証する次第である。とにかく正直に、黙々と、真摯に作業を続ける人々の姿は、日々デザインを生業とする私の目にはウロコであった。
ちなみに失敗作は愛なく「ガシャーン」とブッ壊され、「それほしいなぁー」と言うが早いか壊すが早いかの瞬時の出来事。廃ガラスは建材として再利用されるそうだが、廃ガラスとしてはあまりの美しさであったことを記憶している。
こうして「へー」とか、「ホー」とか「グッドジョブ!」と連日連発していると、あっという間に帰国をむかえてしまう。そして約束の「2000文字程度」もあっという間。
この貴重なページに文章を寄せることになったのは帰国してからなので、旅行者の目線となってしまったが、無理矢理総括へ突き進まなければならないので、ここらで「グイッ」とデザイナーの目線へ。

昨今の北欧ブーム。私とて仕事柄情報には事欠かないと思っていた。しかし、実際に私の見た街はズバ抜けてモダンでもなければ、ナチュラルづくしでも無かった。もっともアールト設計のレストランサヴォイ・フィンランディアホール・アカデミア書店等は街中に点在するものの、それを抱く街自体は歴史を重ねた古い町並みであった。日本で想う北欧と誤差を感じたのはこうした事由からであろう。但し、私達の手にするイッタラ、マリメッコ、アールトの家具等は文字通りの「モダン」である。悩みながらこれら二つの対象を結びつける手段として、導き出した回答はこうである。これらの商品というのは、ひょっとするとこの国の人々の願望の形なのではナイかと・・・。極東の私達が手にするものは皆、そうした願望を伝達し、私達がイメージ造り出来るだけの強さを備えていた。裏を返せば、デザインの的確さと精度なのである。人々の想いをデザインを用いて可視的なものにする。デザイナーにとっては夢のような話しである。
厚い雪にとざされ、隣国からの侵略にさらされ続けても、「伝えるべきこと」「かく在りたい」と思う願望・・・。話しがクドクドしてきたのでそろそろ結ぶが、
春を待ち望む人々が春色の食器で、春色のテーブルクロスで、温かい灯火で、この街に生きている。
外は寒いが何とも温かい話しである。
(この旅で、同行を快諾くださった日本代理店の最近偉くなった人。そしてイッタラ・アラビア本社の偉い人。通訳のトモコさん、工場長さん、不在中カフェを守ったウチのスタッフ達、同じく不在中、いつもより5倍ユルく仕事をこなしたスタジオグラッペリ竹内氏にこの場をお借りしてお礼致します。)
フォノンデザイン・フォノンカフェルーム
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