−桑原さんは江崎グリコでサプリメント事業部をゼロから立ち上げたと伺っています。そのきっかけは何だったのでしょうか?
皆さんはご存知ないかもしれませんが、江崎グリコのキャッチフレーズは「おいしさと健康」なんです。食品メーカーですから、このおいしさという企業理念は当然なのですが、何故、健康という理念に見合う食品がないのだろう?と思ったのが最初のきっかけですね。
その後、この健康に対する価値観を見つめ直すきっかけがあったんです。
−どういった事ですか?
私は29歳の時に大病を患い生死の間を彷徨った経験があるんです。
今思えば、その時の経験が自分の心の軸になっています。
ーいつ頃、またどういった病気だったのですか?
| 私が29歳の時です。当時、私は関西生産性本部が主催する起業家研修に会社から参加させて頂いていて、神戸市の研修センターに2ヶ月間泊まり込んで新しいビジネスを始める為の模擬実習やマーケティングなどを学んでいたんです。 |
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ところが朝起きてネクタイを締めようとしたら左ののどのあたりが凄く膨らんでいて、慌てて近くの病院に駆け込んだのを覚えています。
検査を受けると病名はリンパ芽球性のリンパ節線症。担当医師からは「即入院して下さい。最悪の場合、生命が二週間もつかどうか・・・放置すると白血病に なる可能性が高い」と告げられました。
結果的に半年間の闘病生活になったのですが、入院期間中はいつ退院できるかが全く判りませんでしたのでもの凄く不安でした。 私だけベッドにもカルテにも退院する日が書かれていない・・・そんな状況でした。 出口のないトンネルを走っているような感覚で凄く気が滅入りました。 加えて、放射線治療で髪の毛は抜け落ちて、トイレにいくときですら、筋力が衰えて立っているのがやっとだったんです。
私の人生が終わった・・と本気で考えてましたね(笑)それくらい体力も気力も衰えていました。20代最後の年を無菌室のベットで過ごす自分が凄く惨めでした。
−それが人生におけるターニングポイントだったのでしょうか?
そうですね。無菌室の温かい病床から、ぼーっと外を眺めていると、通勤しいてる人の姿が見えるですね。ちょうど冬だったので、コートの襟を立てながら、寒そうにそして辛そうな顔をして会社に向う人の列が見えたんです。
その時にどうして、健康で会社にいけるのにそんなに辛そうなんだろうか・・と心の底から思いました。
自分はしたい事が沢山あるのにこのビニールのカーテンから出る事さえもできない・・その気持ちが今思うと一番印象的です。
改めて、健康に対する価値観が変わりました。ところが幸いにも病気も完治し、職場にも半年後には復帰する事ができたんです。
−大病を乗り越えて現場復帰したときの気持ちはどうでしたか?
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今日からまた会社行けるという喜びもあって、頭にバンダナを巻いてスーツを着て会社に行くんですけど、言葉とは裏腹に身体がどんどんだるくなって5分ももたないのです。しばらくは早退する毎日でしたね(笑)
気力はあるけど体力が続かない・・・。そんな状態が職場復帰してからも暫くは続きました。
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やはりこの病気の体験が人生の価値観を変えました。
健康でいることがどれだけ大切で、どれだけ幸せな事だろうと思える様になったんです。
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