陶房 眞喜屋
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ハイタイ!(こんにちは!)

今日は、「琉球焼古陶」と言われる陶器をつくっている 眞喜屋 修さんの工房「陶房 眞喜屋」にやってまいりました!
少し緊張気味で取材に挑んだ島袋であります。

工房外観2
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対談風景1
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とても急な、工房訪問にも笑顔で迎えてくれた眞喜屋 修さん。
とっても穏やかで優しい雰囲気を持った方なんですよ。

眞喜屋さんアップ4
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だから島袋は眞喜屋さんの笑顔が大好きです♪

1969年沖縄県生まれ
1994年沖縄県立芸術大学卒業
    読谷山焼 大嶺工房にて修行
2001年「陶房 眞喜屋」を首里にて設立

工房外観2
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首里の赤マルソウ通りという小さな通り。
工房の建物はお父さんが営んでいた小さな商店を改装しているそうです。

だからすこし雰囲気が懐かしく可愛らしい♪

ディスプレイ2
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当店・琉球の宝物でも、眞喜屋さんの作品を好んで手に取るお客さまが沢山いらしゃいます。
そういう私も好きで、新入社員時代はいつも手にとって「ほぅっ」とため息。
眞喜屋さんの作品は可愛い「宝物」が多いのですよ。

陶房 眞喜屋の「宝物」は、主に「古陶」といわれる琉球王朝時代の焼き物。
現在沖縄県の伝統工芸品に指定されている「壷屋焼」よりも、更に前の「湧田焼」やもっと昔の「○○焼」という物では無かった頃の古い陶器を再現された物です。

眞喜屋 修さんのお師匠さまにあたる、大嶺 實清さんの師事のもと、
「古き良き時代の形でも、新しいものでも、とにかく「良い」と思うものを作りなさいと言われてきています。

実際、島袋も一度だけ大嶺 實清さんにお会いしたことがあるんですよ!
もう、島袋の中にある琉球の焼物の域を超えているように思い、途中知らない私の不甲斐なさに涙ぐんだくらいでした。

そんなお師匠さんの考えや、眞喜屋さん本人の考えを表したとも言えるのが今の眞喜屋さんの作品たちです。

ディスプレイ1
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眞喜屋さんの作品の多くは「唐草」や「水玉(点打ち)」、「灰釉」や「白化粧に土見せ」などが多いのですが、中でも島袋が好き好んで「琉球の宝物」として選んでいるのが、
「唐草」と「水玉」です。

可愛いからという理由もあるんですが、実は、ちゃんとした理由があるのです!!

店内ディスプレイ1
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店内ディスプレイ2
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島袋調べでございますが……。

「唐草」は、遠いエジプトから伝わったとされている模様です。
「永遠」「縁続」など“続く”といういう意味合いを持っています。

「水玉」は、いつからある模様なのか、日本では江戸時代から着物や手拭いなどの模様にも使われている、少しポップな可愛らしい伝統模様でもあります。

「琉球の宝物」で宝物を購入するお客様も やはりこの2種類に目がいくんですよね〜♪

お椀
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「灰釉」というのは、灰から作った釉薬で、名前の通り「灰色」をしています。
「白化粧」は絵付けをする前に陶器にお化粧させて白くさせるんです。
「土見せ」は、白化粧を半分施し、土の部分をそのまま活かして焼締めに状態ものです。
この技法は、特に湧田焼などで見られた技法です。

このように様々な焼物の技術を使っている眞喜屋さんの作品たち。

小皿
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花鉢
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島袋は眞喜屋さんに聞きました。

「どんなこだわりを持って製作しているんでしょうか?」

「使っていて楽しく、料理を盛り付けるときのイメージとか、特に綺麗な形を作るように心がけている」

と一言おっしゃった後に……

「並んでいて、『コレを使いたい!』と思ってもらいたい」

この一言は「はっ!!」としました。
私も、何か自分の気に入った物を買うときはそうだから。
「自分が使う」というイメージを最初に思い描くのがいいものなんです。

だから、眞喜屋さんは 使うときの“楽しさをイメージ”する器を目指しているんだとか!

眞喜屋さんアップ3
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眞喜屋さんは続けて沢山の事を話してくれました。

「いつも考えているのは、何がいいものなのか?
 それを知る為に、昔使われていた器から学んでいる。
 それは物自体の良さ、つまり 使っていて『コレはいいものだ』という良さ。
 表面的なものより、内面的なものの良さを追求していきたい」

工房全景
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「壷屋焼」というものを考えるときは、やはり、歴史的観点から物を作っているという眞喜屋さん。
このようにも話しておりました。

(以下、少し島袋的にまとめたもの)
「1842年の琉球王朝の陶器窯元壷屋への統合で「壷屋焼き」が出来た。
それ以前の琉球の焼物には、やはり、使っている人の「良さ」があった。
それに習い、現代でも出来るものもあるのだ」

と、眞喜屋さんは教えてくれました。

整形待ち
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また、作る側への「良さ」を、先人たちは現代までに伝えているものもあるのだとか。
その一つに「重ね焼」という技法があります。

沢山の製品を作るときに、一枚ずつ窯に入れると、作る量が少ない、それを、化粧掛け(白い釉を掛ける)のときに 少し手間を掛け、何枚にも重ねて焼ける技法を生み出していったのです。

効率良く、沢山作ることができ、沢山の人に使ってもらう技法だと感じる。

ろくろで整形4
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ろくろで整形1
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ディスプレイ3
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琉球の焼物について熱く語る眞喜屋さんは、最後にこう言いました。

「作る人が、どこに“美”を求めるか」

眞喜屋 修さんは、とても琉球の焼物が好きなのだと感じる一言ですね!

私も、「うん!うん!」と大きく縦に首を振っていました。

ツーショット
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昔の焼物や歴史が好きな私にとっては この話は歴史を垣間見たように思います。

沖縄には沢山の歴史があり、沢山の工芸品が生まれてきました。
その工芸品を知ることも、「琉球の宝物」を見ていく上でのヒントにもなるんです!!

自分の生活にある歴史的「宝物」を持っていることに幸せを感じる島袋。

いつか夢見た「作り手」の方たちとのツーショット!嬉しさ倍増です!!!

眞喜屋 修さん、とてもとても忙しい中、取材に答えてくださってありがとうございます!

書き手:琉球の宝物・店長 島袋優香(2009.11.26)