【平安の物語】安倍晴明の眼力、聖を見出す。 むかし三井寺の智興上人は、聖(ひじり)とあがめられていた僧侶でした。
あるとき上人は重い病にかかり、弟子の中でも位の高い高僧たちが
嘆きながら連日連夜、祈祷をしましたが、一向に良くなりません。
そこで稀代の陰陽師・安倍晴明の力を借りることになりました。
晴明は「太山府君(たいざんぶくん)」という、
人の生死をつかさどる神を動かして智興上人の快癒を祈りましたが──。
◇晴明「これほどの重病では、太山府君に祈ろうとたやすく叶いませぬ。
ただ、誰か身代わりになってくれる僧が一人いれば、
その者の命と引き替えに上人の生を長らえることができましょう」
晴明がそう言って一同を睨み渡すと、今まで嘆いていた上人の高弟たちは
みな目をそむけ、誰一人身代わりに立とうとする者はありません。
そもそも上人が亡くなれば、その地位を受け継ぐはずの者たちです。
◆男 「私が身代わりになりましょう!」
沈黙の一座の中から不意に声をあげたのは、風采のあがらぬ初老の男でした。
智興上人の弟子には違いありませんが、煌びやかな衣裳の高弟とは異なり、
ぼろ一枚を身にまとっただけの、見るからに貧しい男でした。
◆男 「私めは身分も低く、貧しく、どうせこの先長く生きられはしません。
上人からかつて親しくお声をかけていただいたこともなく、
身よりもないゆえ死んだところで誰も悲しみませぬ」
「では」と言って晴明は、男を身代わりにする呪文を唱えました。
するとみるみる上人の血色は良くなり、病はたちまち癒えてしまいました。
逆に、身代わりになった男の顔は青ざめて、今にも消えそうな虫の息でした。
□智興「おお……。お前がわしの身代わりになってくれたとは……。
これまでお前の心根に気づかなかったのは、わしの不徳じゃ」
上人は男のかたわらに座り、一昼夜念仏を唱えつづけました。
霊験あらたかな法力をもって尊崇されている上人だけに、
男は息が絶え絶えになりながらも、ついに落命せず朝を迎えました。
◇晴明「さすがは智興上人のご法力!見事お弟子の命を救いましたな。
なれど上人よ、仏道修行もよいが、あなた様の場合は
真に人の正邪を見抜くご眼力を備えるのが先決かも知れませぬな」
この一件で師の絶大な信頼を得た男はのちに「証空(しょうくう)」と号し、
世に「西山上人」と尊ばれ、師を超える名僧となります。
もちろん晴明にははじめからすべてがお見通しだったのでしょう。
脚色 江幡店長 出典『今昔物語集』
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