昔ながらの麹甘酒|甘酒にまつわるいろんなお話 |
今回は近場で、京都の清水寺のふもと、八坂の塔のすぐそばある、甘酒が名物の茶屋を訪れました。 「文の助茶屋 本店」「ここにいたら、面白い話いっぱいあるよ〜」と笑うおかみさんは、本当にこの茶屋で、たくさんの人々と触れ合ってこられたのでしょう。まあ、まずは何も入れずにそのまま飲んでください。
しょうがをいれて、さらに一口。 文の助茶屋の始まりは、明治末期。人情ばなしの落語家、「曽呂利新左衛門」の門弟二代目「桂文之助」が、境内に長年愛用した扇子を納めた扇塚を建てたのが所以。初代が「落語を引退したら甘酒屋をやりたい」と言っていた、その思いを引き継ぎ、甘酒茶屋を始め、甘酒一筋に生きた。その後、人呼びで「文の助茶屋」となり、東山界隈を散策する旅人で賑わったそうです。 甘酒屋はその当時、近隣だけでも数10軒あったとか。今では、冬の飲み物というイメージが強いが、夏はお腹が冷えるので、という理由で、当時は温かい甘酒を夏に飲んだとか。今では夏は“冷やし甘酒“を出しているそうです。 観光客がメインだが、市内に住む方も親戚の方を紹介し、つれてきてくださることもしばしば。 昔は女の人はお酒があまり飲めなかった。尼さんでも飲める酒ということで、「尼酒」→「甘酒」になったとう説も。 10年程前に、扇塚のある創業地にほど近い、現在の八坂の塔の東側に移ってきたということだが、お店をじっくり見させていただいても、新しいと気づかないほど、歴史を感じさせる佇まいに驚いた。というのも、今のおかみさんが、「初代の心を大切にしよう」ということで、佇まいも昔を再現したのだとか。
余談ですが、文の助茶屋の代表といえば「甘酒」。ですが、わらびもちも名物のひとつ。 甘酒をつかったちょっと変わった食べ方としては昔は甘酒ぷりんというのを作っていたそう。甘酒を寒天で固めるのだとか。夏に、子どもたちへの安心安全なおやつとして、最適だと思った。
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