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『山陰農道物語〜いつも出雲から』
[畑班現場耕作員の仕様書(プロフィール)]
山内誠二、満35才、おとめ座、B型
【略歴】:スポーツ少年(サッカー、武道など)
食品系大学卒→水産系食品会社セールスマン
当社農園で末席に加わる→半農半セールス人(現在百姓化進む)
【座右の銘】:播いた種しか刈取れない、返す刀で友を切る
【仕事評価】:少々情緒的だが割と気が利く 7点
【社内タレコミ情報】:目と調子がよく、よくしゃべり、よく食い、よく飲む。
【忘れてしまいたいこと】草刈、草取り、いろんな提出書類
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まだまだこれから・・・
わたくしの農業生活も足掛け6年目に突入しました。6年というと結構長くやっているようにも聞こえますが、農業として考えたときは6回戦の思考錯誤を行っただけで、土づくりなどの観点からは5〜10年くらいの成果スパンでみるようです。その間、水害、干害、台風被害、人害などに挫けず精進し、少し顔が黒くなり、外見は農業者として成熟(老化ともいう)しましたが、知識や技術はまだ青瓜の域です。
深刻な自然環境の変化・・・
最近生意気にも思う事は環境の悪化が体感できるようになった気がします。偏った環境保護論を唱えるつもりは毛頭ございませんが、前述でも触れました顔が黒くなる原因のひとつとして、夏場の気温がやたら高いのと、紫外線の量が多くなっていることを強く感じます。わたくしが子供の頃(30年前)より日焼けのし方が明らかにきつくなってきているように思います(年のせいもあるが)。今まであまり無頓着でしたが温暖化の進み具合はかなり強烈かもしれません。また、近隣のビニールハウスの被害(汚れが早く、光の通りがすぐ悪くなる、恐らく酸性雨)として、数年前は透明度が5年くらいもっていたのが2、3年しかもたない話をよく聞きます。車の塗装などにもかなり影響があるみたいです。
モロヘイヤ直売センター いづも屋 畑責任者 山内誠二

>>モロヘイヤ直売センターいづも屋の農場日記をお届けします
会いはひょんなことがきっかけでした。
先代社長が知人から珍しい野菜の種を譲り受け
国が進める減反の代替作物として導入できないかと考えたのが昭和の時代。
「モロヘイヤ」なるものすごい栄養価を持つ最高の野菜に出会ったのは
偶然と呼ぶにはあまりにも不思議な出雲の神の縁結びでした。
農協と協力し、神々が集う出雲平野にモロヘイヤを広めると
出雲ブランドのモロヘイヤは関西の市場で人気を集めました。
それは、日本国内でモロヘイヤブームが起きるずっと前の話。
国産モロヘイヤを作り広めた先駆けなのです。
 りしも、景気の絶頂期。
食生活の変化は日本人の健康を脅かすほど社会問題になっていました。
事態を憂慮した先代社長は高栄養野菜「モロヘイヤ」を忙しい現代人向けに加工することはできないだろうかと考えたのです。
その後、農業の高齢化が進み無農薬モロヘイヤの栽培が難しくなると
農協の契約栽培を断念し、自社栽培に切り替えざるを得なかったのです。
して現在、お客様に健康でいて欲しい!
と考える私たちは、無農薬・無化学肥料でモロヘイヤを育てています。
その実績が認められ、現在、島根県より島根県エコロジー農産物推奨委員会の審査を経て、
「環境に配慮した持続可能な農業生産者」=エコファーマーとして認定されています。
そして、私達が栽培するモロヘイヤは島根県知事より
「島根県エコロジー農産物」 として推奨されています。
さらに2005年秋には有機JAS認証を取得いたしました。
かし、私たちの挑戦は続きます。
お客様の体に摂り入れるものだから
安全なモロヘイヤをお届けするために次のことをお約束します。
・農薬は一切使いません
・化学肥料は一切使いません
・目の届く管理体制で栽培します
ロヘイヤの歴史はなんと、約7000年前に遡ります。
約7000年前の古代エジプト。そこはモロヘイヤの発祥地。
その古代エジプトの伝説に、モロヘイヤの歴史がしっかりと刻まれています。
古代エジプトのある王様が病気になり、どんな薬やお医者さんもその病気を
治すことができませんでした。どうしても治らないと皆が困っていた時、
一つの野菜が王様の病気を治してしまいました。
の野菜こそが、モロヘイヤだったのです。
「モロヘイヤ」という風変わりな名前は、「王様のもの」を
意味する「ムルキーヤ」が語源となっています。
モロヘイヤは、王様も食べていたほどすごい野菜だったのです。
(当時の庶民の間でも食べられていた)
そして、時は約4550年前。
エジプト最大のピラミッドである、クフ王のピラミッドが建設されました。
ピラミッドの一辺の長さは230m、高さは137m、
使われた石は、なんと、1個2.5tの石が300万個!
歴史に残る超巨大な建造物です。
以前は、奴隷の犠牲の元に造られたと考えられていたのですが、
1980年以降、ピラミッド建設もナイル川の氾濫期に行われた
公共事業だったとの考え方に考古学の世界でも変わってきました。
その報酬が対価であったか、物品であったかは別として、
この事業が想像を絶する過酷な労働であったことは間違いありません。
あの砂漠の灼熱の太陽の下、何百万個の石を運ぶ・・その労働の源には、
脅威の野菜モロヘイヤがあったという風に想像してもあながち間違っていない気がし
ます。
そして、パワーがでるだけがモロヘイヤの栄養素ではありません。
昔から美容と健康と言えばモロヘイヤといわれるように、豊富な栄養素の中には、
たっぷりのミネラルが含まれています。
世界3大美女の一人、エジプトのクレオパトラも好んで食べたと
言われています。
ロヘイヤは、約7000年前の遠い昔から現在に至るまでエジプトの
人々の間で最も親しまれ続けている野菜です。
モロヘイヤが日本にやってきたのは、1980年代とまだ歴史が浅いのですが、
その驚くべき栄養素が明らかになるとたちまち
引っ張りだこの人気野菜となりました。(栄養価の詳細はこちら⇒モロヘイヤ脅威の栄養素と働き)
時代も場所も人も関係なく愛され続けているモロヘイヤ。まさに脅威の野菜です。
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