◆素振りで傘が手元から抜け飛ぶ
最近ではあまり見かけなくなったようだが、男性がたたんだ長傘を野球のバット
やゴルフのクラブがわりに見立てて、素振りなどする姿がよく見受けられたものだ。
勿論、こんな行動は周囲の人に危険を及ぼすことにもなるので、厳に慎んでほしい。
とはいえ、目的以外の使用方法による事故や傷害事件などがメディアの話題になっ
たりするのは、悲しくも残念なことであろう。
横浜市内の某私立高校で、素振りの傘が抜け飛び男子生徒の目に刺さり、大量出
血脳挫傷などで意識不明になるという事故があり、新聞・テレビ等で報道された。
事故は午後三時五十分頃、教室内で2年生の男子生徒がビニール傘で素振りをし
ていたところ、傘(中棒)が手元(ハンドル)からぬけて数メーター飛び、その部分が
他の男子生徒の目を直撃したというもの。
◆加害者の生徒も被害者
この事故を報じた某テレビ局は、洋傘店主などに関連取材。当該店主はビニール
傘(輸入品)の一般的な手元の取り付け方法(を解説)では抜け易いことと説明をし、
自店での作業方法で取り付けたものは『相当な力でも抜け難い』とコメント。
手元の取り付け方法に一定の作業基準は無いとしても、素振り程度(傘を素振り
するのはマナー違反ではあるが)で抜けてしまうようでは、欠陥商品に近いとい
えるのではないだろうか。
素振りした男子生徒は、心ならずも加害者になってしまったのだが、一方で彼は
商品による被害者であるのかもしれない。そうだとすれば、このような商品を
製造・販売した側にも、一半の社会的責任といったものが問われることにならな
いのであろうか。
◆手元の取り付け強度は?
さて手元(ハンドル)と中棒(シャフト)の取り付け強度については、学童用傘の
安全に関する認定基準(SG基準・昭和54年制定)というものがある。これは
いわいる「安全な製品である」との認定を得るための基準といえよう。
そのSG基準では「手元と中棒の組付け強度は、65キログラム以上であるこ
と」と規定されている。学童が傘を乱暴に扱った場合でも、これぐらいの取り付
け強度があれば危険は生じないと想定しての数値であろう。
また平成6年10月に制定された「洋傘の日本工業規格(JIS S 4020)」に依れば
「中棒と手元の取り付け強度」は、長傘の場合でみると、手開き式では55キロ
グラム、ジャンプ式では61キログラムと定められていた。これらの規定から推
して、手元と中棒の取付け強度は50〜60キログラム以上ならば、一応安心し
て使えるといえそうだ。
今回事例となったビニール傘の取付け強度がどれ位だったのか不明だが、素
振りで抜けるようであれば、少し強い風の中で使用した場合の負荷にも耐えら
れない可能性は充分にあろう。
傘であって、傘に非ず?されど、ビニール傘でも、傘は傘である。
◆尖った石突きが凶器になる
傘が介在した事故・事件に関しては、昭和57年(1982)の「石突による殺傷」
事例にからむ同年五月〜九月にかけての報道と業界対応の慌しい動きが思
い出される。
問題の発端は、前年12月に東京で開かれた第66次日本法医学会総会で、
慶応大学医学部法医学教室の栗原克由助手が発表した「洋傘による損傷6例」
にあった。
6例のうち4例は、洋傘先端部(石突き)が頭部に刺入、他の2例は骨が刺入
したものであった。6例の被害者は18〜50歳の男性で、いずれも酒に
酔って歩行中か電車内で起きている。
学会での報告概要は57年5月に新聞で紹介され、「男性用コウモリ 殺傷
具に変身」「グサリ脳に貫通」「怖い!男の洋傘」「予期せぬ殺人続発」
といった挑発的(?)な見出しが躍った。
栗原助手からは「他大学でも同様の症例が報告されており……さらに検討
のうえ、石突きの改定を提唱したい」とのコメントが出たり、新聞へ消費者
からの投書が載ったり、前後して傘による殺傷事件が発生するなどし、洋傘
業界への取材攻勢が続けられた。
この騒動は、同年7月26日に名古屋市内で開かれた日本洋傘振興協議会
総会で、洋傘の品質基準に「石突は、先端がほぼ平面であり、その表面積が
20平方ミリメートル以上で、その周辺が鋭利でないこと」を付加すること
を決め、収束する。
NHK総合テレビは同年8月30日の15分番組で「凶器になった洋傘」
同年9月1日の朝日新聞は「業界、製品基準を改める」のタイトルで
一連の経過・結果を統括したものだった。
※なお、洋傘の品質・性能・強度等に関するテストは、
財団法人日本洋傘検査協会
(大阪府大阪市中央区森ノ宮中央1丁目18-13 06-6942-2988)
で実施している。
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