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文・著作権 鈴木勝好(洋傘タイムズ)

Y O U G A S A * T I M E S * O N L I N E
戦争 あるいは 兵士と傘(その1)




◎ 傘はさせない自衛隊員


 おそらく10数年以上も前の古い話になるのだが、ある新聞に「若い自衛隊員の中に
は、雨の日に傘を使えるようにして欲しい」と希望する人が多いという、かなりのス
ペースを当てた記事が掲載されていた。その時、「自衛隊員は雨を防ぐのに傘を使え
ないだ」という事実を初めて知って、虚を衝かれた思いであった。


 そこで2〜3年前に現在の事情はどうなのか、自衛隊本部の広報担当部署に電話で
問い合わせてみた。役柄からなのか、担当者は武官のイメージとは違い、物柔らかな
言葉遣いで応じてくれた。

 返答を要約すると、「雨に対してはコートが各自支給されており、それを着用して
いる」、仮に公務(訓練など)でなく、私用で外出の場合でも「正服着用時は傘を使
用しない」とのことである。しかし、傘の使用禁止は法律ではなく、古くからの「内規」
あるいは「不文律」の慣行のようである。私服でデートする時などは、勿論「使って
も差し支えはない」ようである。

「恐らく世界のどの軍隊でも、傘は使わないと思いますよ。」と担当官。


 同じ正服組のお巡りさん(警察官)などはどうだろうかと、やはり電話で問い合わ
せてみたところ、内容は似たような返答であった。確かに、警察官が傘を差して犯人
を追いかけるような情景を想像すると、滑稽ではある。役務を十全に果たして貰うた
めにも、”傘使用不可”は止む得ないことであるようだ。



◎モンゴル帝国の権威を示す傘  今では傘が軍隊(戦場)と無縁の関係になっているものの、歴史上には様々なエピ ソードが散見できる。  古代ローマ時代の399年に、クラウディアンなる人物が「黄金の傘が太陽の鋭い光 線から防御してくれる」、「戦いの時は(その傘を)放棄している」という記述を 残している。これは、同時代の男たち(兵士)が日除け用の傘を戦場に携行したで あろうことを暗示させる。  また、戦場における指揮官(王侯など)たちは、二頭立て二輪馬車の御者、盾持ち、 傘(パラソル)持ち・・・・などを同伴させた。戦争ではなく、狩猟へ行く場合など も、傘持ちは常に随行員の一人に数えられていた。傘(パラソル)には長くて太い棒 (ポール)があり、傘持ちはそれを両手で掴み、運んだ。かなりの力仕事で、奴隷が 務めたりした。  1271年に故郷ヴェネツィアを出立し、同95年まで東洋を旅行、中国に滞在したマル コ・ポーロの『東方見聞録』(世界の記述)には、モンゴル帝国第五代皇帝のフビラ イ・ハン(在位1260〜94)が、大勢の兵士を指揮する重要な豪族たちに指導者たる特 権を表わす携行に手頃なものとして、銘板(記念額)と「小さい傘」を授与したとい う話が採録されている。  ※東方見聞録(世界の記述)は、1296年に帰郷したマルコ・ポーロが捕えられ、ジェ ノヴァの獄中で96〜98年に彼が後述したもおを同囚のルスチアノーノが記述し、99年 頃に完成。  その後、15〜16世紀のダヤン・ハン、アルタン・ハン(ダヤンの孫。在位1507〜82) の時代には、タタール(モンゴル系の部族)の兵士たちは、装備品の一つとして傘が 配給されたというわれる。先述した豪族たちに与えられた傘は権威の象徴であり、兵 士たちのはより実利的な用途としての傘であったと思われる。
  ◎ナポレオン戦争と士官たちの傘  ナポレオンの指揮するフランス軍がイタリアに侵攻した1796年から、ナポレオン軍 がウェリントン将軍の率いるイギリス軍を中心としたプロイセン、オランダの連合軍 に敗れた1815年までを一般に「ナポレオン戦争」と称している。この期間は、特にイ ギリス軍の士官を中心にして、戦いの場にも、しばしば傘を携帯することば行われて いたようだ。  ある戦いの後では、「地上が軍刀、肩掛け鞄そして傘で覆われていた」と形容され るほどであった。しかし、戦場で傘を用いることは公式には認められていなかったの である。それほどにも傘は兵士たちにとって有用性のあるものだったといえるであろう。 〔ナポレオン戦争・クリミア戦争(1853〜55年)〕、第一次世界大戦(1914〜18年)頃の 傘にまつわるいくつかのエピソードは、次回に予定〕
 《 日本との時代対応 》  (イ) 399年(古代ローマ時代)=倭の卑弥呼が魏へ使者を送ったのが239年。 4世紀末頃の古墳からは、蓋(きぬがさ)の立ち飾り(実物)や蓋の埴輪が出土している。  (ロ) フビライ・ハン=鎌倉時代に相当し、長柄傘(朱柄)を公家・武家・僧侶が 晴雨に両用。傘の製造や販売を職業とする姿も見られ、一般人も傘を差すようになる。  (ハ) ナポレオン戦争=江戸期の寛政から文化年間に当たる。傘の荷負い売りが出現。 蛇の目傘や紅葉傘に家号や家紋を入れることが流行。日傘の禁止令が出るほど。

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